第29話 生前、推し死す

「なんだ追ってこないのね」

「追ってこなくていいんだよ! いや、助かった。あのままだと3時間は硬かった」


 素直に謝った俺を珍獣でも見ているかのように冷めた目で見返してきた。


「あなた、本当に面白いわ」

「その顔で言われてもうれしくないんだけど。何が面白かったのかさっぱりわからん」

「いいわ。あなたのヒーローになれたから。で、どこに行こうとしてたの? 女子寮?」

「んなわけあるかぁ!」


 俺の行き先が保健室であると告げると、保健室の方へすたすたと歩いていく。


「ちょっと待てって! 頭が追いついてないんだけど!?」

「何? 行くんじゃないの?」

「その前にだ! あの白い熊、もしかして『鏡獣』か?」


 シナリオ中でもたびたび登場していたリーナのスキル『鏡獣』。

 光魔法で生成された獣を自由自在に使役するスキルで、リーナはよくシリウス家のシンボルである熊を出現させていた。


 閃光による錯乱にレーザー化した前足での攻撃とマルチに活躍できるスキルだ。


「そうよ。ただの脅しだけど」


 そう言ってまたスタスタと歩いて行ってしまう。


 あいつ何がしたいんだよ。俺に付き添うかと思ったら一人で歩いて行っちゃうし。


 肩でドアを開け保健室に入ると、すました顔で患者用のいすに腰掛けるリーナを止める小さな影があった。


「ほら、来たわよ」

「そうですけどぉー、そこは患者さんのいすなんですよぉ。どいてくださぁい」


 リーナをどけようと、小学生くらいの身長の少女がリーナの手を一生懸命引っ張っているがびくともしていない。


 あ、転んだ。かわいいかよ。


「あのー手当てしてもらいたいんですけど」

「はいはーい! じゃあ患部を見せてくださいねーゆっくりでいいですよお」


 幼女がもってきたもう一つの椅子に座る。


「ここに来るのは初めてですね? あたちは保険医のリノ・アスクレピオスですぅ。よろしくお願いしますね?」


 そう、この幼女、医者なのである。

 シナリオでは主人公の体力を回復する拠点として保健室があったため、よく顔を見ていた。


 そして、よく他のヒロインとの保健室プレイに遭遇してしまうラッキースケベ体質。


 そんな彼女との仲を深めるルートが新設された当時はロリコンどもが狂喜乱舞していたのを覚えている。


 でもこいつロリババアだぞ。


「何か変なこと考えてませんかぁ? あんまりいやらしいこと考えていると注射しますよぉ?」

「いやいやいや! こんなに小さいのにすごいなって」

「身長のことは言わないでください気にしてるので!! もうなんで伸びなかったのかなぁミルク毎日飲んでるのにぃ」


 悲し気にため息をつきながらパタパタと治療の準備をする彼女の視線と座っている俺の目線はほぼ同じだ。というより、俺の方が少し高い。


 でも、この人ありえないくらい優秀なんだよなぁ。


「ちょっと中も見せてもらいますねぇ『血気脈』っと」


 俺の腕に触れるリノの小さな手が輝き、俺の体内に魔力を流し込んでくる。


 彼女のスキル『血気脈』は自身の魔力を対象の体内に流すことで各種パラメータの測定ができる。

 まさに医療に特化したスキルだが、「応用すれば自衛手段になるんですよぉ」とは彼女の談。


「いつ見ても優秀なスキルね。王家に引き抜きたいくらいよ」

「王家にはもっとすごいお医者様がいるじゃないですかぁ。わたしは学園の保険医くらいがちょうどいいんですよ」


 いつになくほれぼれとした顔のリーナを諭すようにリノは言う。


 俺の検査が終わったのか、リノは椅子から飛び降りると保健室の奥に向かっていってしまった。


「あなた、これからあの先生にはお世話になりっぱなしかもね」

「やめろ縁起でもない。そうならないように強くなるだけだ」

「そういうとこ、好きよ」


 ふふっと笑いながらリーナは顔を近づけてくる。


 女の子特有の甘いにおいに頭がくらくらしてくる。

 なんとなく伝わってくる体温や肌にあたる息遣いもくすぐったい。


「一応言っておく。煩悩がヤバい」

「ふーん、案外落ち着いてるのね。つまんない」


 涼しい顔を保つ俺に不満があるのか少しふくれながら戻っていく。


 椅子にドサッと座ると長い足を組み、王女の風格を漂わせながらこちらを見つめて来た。


「私と結婚しない」

「はぁ!? ちょ、何言って……はぁ!?」


 いやいやいや、俺がシュヴァリエと婚約してるの知ってるよね!? 王族の権力使ってNTRは嫌なんだけど!?


 タイミングがいいのか悪いのか、戻ってきたリノと目が合う。


「ちょっと、何言っているんですかリーナさん。レグルスさんには婚約者がいるじゃないですかぁ。それにそんなこと言ってるとまた逃げられますよ」

「そうね。でももうテミスみたいにはならないわ。王族の血に誓って」


 実際数秒間、俺は微動だにしなかった。いやできなかった。


 急に推しの名前が出てくるんだもん限界突破して処理落ちするよね……


「テミスって、あのテミス・アンドロメダ?」

「そうよ」

「マジで!? この学園にいるのか!?」


 だったら、今すぐにでも本人をこの目に焼き付けて永久保存版にしに行くんだけど!!


「いいえ。いないわ」


 この時、俺は早々に気づくべきだった。リノもリーナも顔が曇り始めていたことに。


「彼女は死んだの。1年前にね」


──────────────────────────────────────


【あとがき】


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