06 心音くんを飼いたいと言われましても



 残りの講義も順調に終わり、本日の大学が終了。

 レジュメを配ってもらっても、外行き用のちっちゃい鞄だったから入れるの大変だった。ボールペンは購買で買ったからなんとか板書はできたけどさ……。


「で、再び。ここですか」


 一回、家に帰ろうかと思ったけど、意味もわからない連投のせいで未読のメッセージが限界値に達してる。──LONE(999+)──こんな数字みたことないぞ。

 スマホにもSNSの運営会社にも申し訳ないので、帰り際に寄った。


「一応、言質は取られてるワケだし……」


 見上げてみると、こんなにでかかったのかマンション。

 何階建てですか。ひーふーみぃ……見えん。クビが痛くなってきた。

 小説家って稼げれるのか? あんまりそういうイメージないんだけど。実はここも高層なだけで家賃はそんなに……でも、ここ結構利便性いいからなぁ。


「で、えーと……ここから出てきた、よな」


 こういうマンションの入口ってよくわからないのだ。

 えーと? どうしたらいいの? 二枚構造の扉だから、一回中に入って……で、番号を押すところがあって……何号室だよ。


「……電話する?」


 もちろん蒼央さんの連絡先は一番上にいる。ありえないほどのメッセージを引っさげて堂々たる出で立ち。アイコンはなんだそれ。猫? 黒猫かな。猫好きなのか。


 ──♪(ガチャ。


「え、着信音が鳴ったと同時に」


『心音くんきた!?』


「はい。来ましたけど……」


『待ってて!! いま、降りる!! うわっ、あーーゴンッガシャーン!!……ちょっと、まってね!?』


 絶対転けたな今。

 しばらくすると『あの日にみた蒼央さん』になりかけの状態で降りてきた。目が合うやいなやクロックスを履いたまま小走りでやってきて、扉をあけて、手をグイグイ引っ張ってきた。


「あの、蒼央さん」


「部屋に上がってから!!!」


「あ、はい」


 ぼさぼさの髪の毛を直しながらエレベーターにのって、到着したのは4階。

 向かうのは401号室なのね。覚えた覚えた。鍵をスマホで開けると、そのままグイと部屋に押し込むように入れて、扉を締めた。


「ようこそ!! わたしのお家へ!!」


「なんで家の中に入るとなんか縮むんですか」


「気が抜けるからだねー……。外は、危険がいっぱい……オーケー? こんな姿を誰かに見られたら、社会的に終わるのだ」


 靴を脱ぎっぱなしで玄関を抜けて、ピタと止まった。

 こっちに戻ってきて、入口横の扉を開けるとそこからスリッパを取り出した。


「さささ。どうぞ、こちらを。来客用のスリッパですので」


「もこもこしてる」


「初めて使ったんだけどね、えっへへ」


 来客数0。こんな部屋だから招き入れるのも憚れるのだろう。

 とりあえずお邪魔します。部屋数は三つ? で、奥にある大きな居間があって、奥にキッチン……こんな部屋だったのか。広いなぁ……。なんでこんなところに一人暮らしを。


「そっちはまだ全然掃除できてないから、こっち! 私の部屋!」


 入り口入って横にあった部屋に連れ込まれた。

 うん。朝に目覚めた部屋だ。ゴミを蹴っ飛ばして、場所を確保するとどこから引っ張ってきたのかクッションを床に置いて、座ってくださいとジェスチャー。


「そういえば、これ。蒼央さんに」


「ん? なにそのコンビニ袋」


「近くでコーヒー買ってきました。なんか、コーヒーが好きってのは覚えてたので」


「うわわわ。ありがと〜、え、いくらだった? 払うよ?」


「いや、奢ってもらったみたいですし」


 その後にお持ち帰りされちゃったけど。

 人の家に上がるにはなんか手土産を持っていくようにと言われて育ってきたから、まぁ、他人の家に自分の好きな飲物がある確率はそんなに高くないし。


「わぁ、いいのに。……でも、その格好ってことは大学もその格好で?」


「あの時計、遅れてますよ」


「えっ。あー……いつもスマホかパソコンで確認してるから……てへ」


「……」


 気持ちは分かるけど。だったら、外してもいいんじゃ……いや、部屋がこの状態になってる人にとやかく言うのは野暮か。

 まぁ、それはこれから解決する内容だ。


「あ、でさ! 今日来てもらったのはさっそく──」


「その前に」


 手を前に出した。ストップ。何かをする前にやりたいことがある。


「部屋が汚いので、掃除します」


「へ」


「なので、手伝ってください。話はそれからで」


「えっ、えっ、でも、掃除道具とか……そんな満足には」


「最低限は買ってきました。この調子なら、長居させられそうだったので」


 掃除機とかはあるだろうからと用意したのはコロコロとウェットシートとホコリ取り、ゴミ袋、Mサイズの手袋。マスク。全部が100円均一で買えるものばかりだ。こちらはちゃんと請求するつもりである。


「人を招くなら、最低限の部屋があります。せっかくいいところに住んでるんですから、キレイにしますよ。ほら、蒼央さんも」


「えっ、で、でも〜……そんなに困ることじゃあ」


 スチャとマスクを付けて、手袋を装着。まずはゴミを捨てるところからだ。

 

「わぁ……可愛い女の子が掃除しに来てくれたみたい……」


「男の子です」


「そ、そうだよね! 男の娘だもんね! よしっ、じゃあお姉さんも頑張っちゃうぞぉ〜!!」


 そうして掃除に取り掛かった。


 結果、それだけでも太陽が没むくらいまでかかった。この時間から洗濯機を回したり、掃除機をかけることに躊躇したが「このマンションは音漏れぜんっぜんしないから、がんがんやっちゃって」と言われたのでガンガンやってやった。


 結果、ゴミ袋が六袋。

 洗濯機が一回では回しきれずに二回。

 掃除機のゴミは何回捨てたか分からない。

 ウェットシートは全部なくなったし。

 風呂場とトイレと水場なんて最悪だった。思い出したくもない。


「持ってきた道具で足りないとは思わなかった」


「でもキレイになった!! ぱんぱかぱーん!」

 

 まだやり残したところはあるが……仕方ない。これは次があれば、その時にしよう。フローリングのワイパーとか、中性洗剤とか、マイクロファイバーも可能なら欲しい。が、今日のところはここまで。


 そして、蒼央さんの自室に戻ってきたところで、話が本題へと移ったのだが。


「わたしは、心音くんを飼いたいと思ってます」


 この人には倫理観がないのかと思った。

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