05 あぶらそばとイオさんと
「へー、ミオは東京住み、東京育ちなんズルルルルルルルルル」
「食べながら喋るの凄いね……」
いきなりあだ名ときたか。ミオトだからミオか。
陽キャ怖い。距離の詰め方が全力疾走だ。石橋とかスキップで渡るんだろうなぁ。
「ちゅるっ。んっ、まぃ……わたしは岡山〜。東京に出てきた。人多いね〜やっぱ。どこがオススメなん?」
「あんまし外行かないからわかんない」
「そっかぁ。ま、コンクリートジャングルアッチィもんな〜」
「えーと、伊尾さんは」
「”さん”なんてつけんなって。奢ってんだから。金欠な中、奢ったんだから!」
油そば:300円に目を落とす。
「……」
いや、奢られてぼくはなに金額を頭に浮かべてんだ。最低か?
それも陽キャに奢られてるのに。変な態度を取ったら殺される。バーベキューにされる。
「いお……は、岡山なんだ……」
「おう。といっても、ど田舎出身な。川と森に囲まれて育った訳よ」
「おかやまって……どこにあるっけ?」
「え”っ”」
「あ”っ”」
あ、おわった。口が滑った。
「…………ミオ。それ、マジで言ってんのか?」
「ご、ごめっ」
焼かれる。まずい。どうしよう。
あ、手を握られた。逃げられない。しまいだ。
「一緒じゃねぇか!! アッハッハッッハ! だよなぁ。他の県の場所なんてわっかんねぇよなぁ!!」
「…………え?」
「岡山に住んでてもさ。中国地方ってとこにあんだけど。あれぇ〜? 中国地方っていくつあったっけ〜とか、四国地方って愛知だっけとか思うわけよ。九州も分からんだろ。で、兵庫から右も分からんわけよ。あの〜、琵琶湖とかあるとこから右に行ったら新潟とか、ディズニーランドとか、名古屋とかもさ」
「名古屋は愛知だよ?」
「名古屋って県じゃないの!?」
「はあ〜……?」
どうやってこの大学入ってきたの??
ここって、東京の中じゃ、まぁまぁ……その、なんだ。頑張ってる方の大学だったと思うんだけど……。あれ、ぼくの認識が違った?
「なんだぁ、そっかあ……ってことは名古屋は四国に……」
「ちなみに、四国にあるのは愛媛だよ」
「あ、みかんのとこか」
そこは分かるんかい。
「じゃあ、愛媛があるところが愛知だから……長野県の下か」
どういう覚え方?
「なんか勉強になった。よかった〜。恥かく前にしれてよかったぁ」
「いや、まぁ、うん。そうだね。よかった(?)」
やばい。陽キャの生態わかんない。どういうテンションで接したらいいの? ぼくが知らないだけで、実は愛知県から名古屋は独立したのか?
ポケットからスマホを取り出した。ちょっと気まずい雰囲気をごまかすための小休止みたいなもん……。
『蒼央)今日!! 大学終わりに!! 待ってるから!!』
「…………」
見るんじゃなかった……。
その後に送られてきた『ツーショット』の写真を見て、かおを顰めた。
これ警察に突き出したら勝てる案件じゃないか? あ、エレベーターの動画も送られてきた。
「オイ。食事中にスマホ見んなよ」
「あ、ごめん」
ぴっ、と箸で指された。申し訳ない。
「いまは私と会話してんだしよ。やめとけ〜? あと、箸が止まってんぞ。ほれ」
「あ、油そばってさ……後半が一気に重たくなるから、ちょっと気合を」
「あね。理解した。ご飯を別に購入してぶち込んでる奴いるけど、あそこまでジャンキーにはなれんよなぁ」
「えっ、そんな人いたの?」
「いたいた。やっべーっしょ」
やっべーしょ……。
そうおもえば伊尾さんの口調はところどころ気になるところがある。
「……伊尾さんはさ。結構、喋り方が特徴的だよね。岡山の人ってそうなの?」
「ン? これ、東京の人の真似してんだけど。違うのか?」
「東京の人は標準語しか喋らないよ……?」
「えっ。じゃあ、今までの私のアレなに?」
「わかんない……」
「わかんないのかよ〜。なんだそれ。東京の方のインタビューに映る人ってこんな人ばっかりじゃなかった? なんか、やっべーやっべー、マジマジ? みたいな。違うの?」
「あーー……あれは、ちょっと特殊だね。東京の人が全員そういう訳じゃなくて」
って、これ一々説明しないといけないのか?
「……地方から出てきた人って東京にどういうイメージ持ってるの? 普通の場所だよ? ただ、人が多いだけの場所」
「いや、東京はやばい場所だって聞いた。勉強したから。雑誌で」
「雑誌で……。えっとね……何から説明したらいいのかな」
とりあえず持ち得る知識を持ち出して伊尾さんに説明をしていった。
東京といっても、変な人がいっぱいいる場所ではないということ。
ただ、人が集まるからそういう人が多く見えるだけで割合としてはそんなに変わらないということ。
テレビとかで面白そうな人が取り上げられるのは「ネタになるから」とかそういう理由で、普通にスーツ姿の社会人とか学生とかもいるし、みんながみんなああいう感じじゃないことを……おしえてたんだけど。
「はああーー…………そうなのか……」
すごく感動してる。
目をキラキラさせて、めっちゃ頷いてくれる。
「東京は怖いところって聞いてたから、めちゃめちゃ準備してきたんだけど」
「東京にいるオシャレな人は、大体が地方から出てきた人だよ。毎日あんな格好してたら疲れる……と思う」
「疲れる……たしかに」
これはぼくの持論だ。変におしゃれな人がいた場合、都会に憧れを持っている地方出身って人が多かった。京都に行って外を歩いている舞妓さんが衣装を借りてる人って話と同じ感覚だと思ってる。あれも、結局は観光客だし。
「よかった〜。ミオと話せれて。東京のことなんもわっかんないしさ。同郷の奴はタローしかいないしで困ってたんだぁ〜……」
グイと背を伸ばして、席を移動して、横に座ってきた。
え、なんで? あ、すっごい見つめてくる。
(食べづらい……)
なに、その顔。さっきまで普通に話せてたのに。なにかした? とりあえず謝る? でも、なにもしてないのに謝ったらそれこそ──
「えっ、と……あのっ、なに、かした、かな」
「ん〜……? いや? なーんにも?」
なんだその意味ありげな返答は。
分からん。分からんぞ。でも、なにか会話をしないと、無言の間はきつい。
「……そ、そういえば、なんであの時にぼくに声をかけてきたの?」
「ん」
質問をすると、伊尾さんは歯を見せて笑った。
「へ。同類だと思ったから」
「どうるい……?」
「そ」
「それって、どういう……」
──PRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRR。
机の上に置いてあったスマホから着信音。
宛先はまぁ、あの人だ。
「あ、ごめん。もしもし?」
『なんでっ、既読付けてくんないのっ!!?』
「えええっ。大学だよ、いま」
『大学生は講義中にスマホみるんじゃないの!?』
「どんなですか。いいから切りますよ」
『ちょっ、みおとく──』
着信を切る。その後鬼のようなチャットの連投が飛んできて、通知を切っておいた。これが講義中に来なくてよかった。
「いまのだれ?」
「あー……ぼくが、今日この格好でいる理由かな」
「? 彼女? 大学の奴?」
「違うよ。ぼく彼女できたことないし……学外の人。年上。変な人」
あの人の立ち位置をなんて言葉で表したらいいのかわかんない。
女装してるぼくを酔わせて、拉致して、脅迫してる小説家の人。いや、人に言ったら間違いなく「それ、犯罪に巻き込まれてるよ」って言われる奴だ。
警察沙汰にはしたくないしなぁ。面倒くさいし。別に実害を加えられたわけじゃあないし……奢ってもらったみたいだし。
「ふぅん。ならよかった!」
「まぁ、そんな感じで……よかった、って?」
「あ、じゃあ私そろそろ行くわ。次の講義の課題まだやってないから、ダッシュで図書館いかないとだし」
「えっ、ちょ……」
「じゃね〜。また、学内で見かけたらよろしくってコトで」
じゃっと手を振って、ラーメン屋を飛び出してなんかよくわからないギターバックみたいなのを背負ったまま下り坂を下っていった。
「…………なんか、ちょっと、気になる終わり方なのズルいな」
これが陽キャのやり方なのか……?
コミュニケーションを取る方法なのか?
続きはウェブで! みたいな。だから関係が続くのか……?
からんからんとラーメン屋の入り口の鈴がなって、上級生と思われるグループが入ってきた。もうこんな時間か。早く退かないと、四人用の席を使って食ってるから……と。
「あぶら……が、きつい……」
急ぎであぶらそばのラストアタックを受け止め、ぼくも店を出ていった。
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