04 女装したまま講義を受けるハメに



 よりにもよって……今日が出席を取る『選択外国語』の日だとは……。


 学生証を入り口にかざして指定の席に座る。先生な出席を取り、授業が始まるヤツ。この大学の必修科目の一つで、小中高のようなスタイルで行われる少ない授業のうちの一つだ。


 ちなみにぼくは中国語を選んだ。

 これは授業を取る時に「中国語が簡単らしいよ」という顔も知らない人が言っていた言葉を信じただけ。確かに英語よりかはとっつきやすさはある。


 が、そんなこといま、どうでもいいのだ。

 

「おい、あんな奴いたっけ……?」

「部屋間違えてんじゃね? 先週まであそこに座ってたのって誰だっけ?」

「覚えてねぇけど……あんなかわいい子じゃなかったと思う」


 最悪だ。授業が始まると点呼が始まる。

 逃げるか? 逃げちゃう? いや、でも……この授業の評価は出席の割合が高いんだよなぁ〜……! どうにかして点呼だけでも逃れれたら……。


「木下くん〜、昨日はありがと〜」


「……?」


 あ、えーと、合コンに誘ってくれた人。名前は……


「伊尾さん」


「さん付けなんていいよぉ〜。それにしてもどうしたの、その格好」


「……色々あって」


「色々あって、昨日のままか」


「うん……」


 そうか。伊尾さんと連絡先を交換したのがこの講義だったか。学生証イベントの奴だな。

 ……知り合いと会いたくなかったってのは本音ではあるんですが。


「伊尾〜。知り合い?」


「あ、うん。えーと」


 必死に目で訴えかけた。


「ちょっとね。戻ろ。そろそろ授業始まるし」


 よし、伝わった。「この子、昨日合コンに誘った男の子。女装をしてるんだ」とか最悪な紹介がされなくてよかった。ナイス回避。

 合コンに誘ってきたときには気が触れたかと思ったけど、なんとか傷は最小限に抑えれそうだ。


(だけど……そろそろ)


 ガラガラと扉が開き、先生が入ってきた。

 

(きた……!)


「はい席に座れ~。点呼を取るぞ」


 入ってきて早々に点呼が始まった。五十音で早い順から名前が呼ばれて行く。木下だから割と早めではある……。


 そして、この先生のいいとこでもあり、悪いところでもあるのは……顔をちゃんと確認するところ。座席が五十音順に並んでるから席の横を通りながら顔を確認するのだ。


「次は……木下さん」


「はい」


「……?」


 必死に目で訴えかけてみた。もうこれしかない。

 訳ありなんです。分かってくださいますよね。

 この思いッ、届け──ッ!

 

「………………えーと。本人の代わりに出席ですか?」


 終わった。

 伝わらなかった。そうだよなぁ。替え玉で受けに来たって思うよなぁ。

 だって、いつもと見た目違うし。

 そりゃあそうか。はぁ〜……。


「……本人です」


 スと学生証を差し出す。

 顔を見比べられ、何かに気付いたような顔になった。


「あ、あぁ〜……うん。おっけ。うん。じゃあ次は──」


 変に気を遣われたのも傷つくし、誤解されたような気もして嫌だ。

 もちろん。この後の授業内容なんてものはまったくもって頭に入ってこなかった。



     ◇◇◇


 

 授業が終わった瞬間、教室を飛び出して重たい扉──学生証を通さないと開かない扉──を開けた。今のぼくは猫だ。軟体動物だ。ススス。祭りの人混みでも使える技だ。


「ふぁ……ふっ……ひ」


 勢いで出てきたたまま一階の勉強スペースの端に座った。

 えーと、次の授業は……っと。


「あ、空きコマ……」


 一限目が9時から10時30まで。

 二限目が10時45分から12時15分まで。

 で、食堂のほとんどが10時30分から利用ができるということ。


「食堂。行くか……いや、ちょっと時間開けてから……」


 三年生とか四年生の暇な人達が早めな時間はいるからなぁ。いや、同学年じゃないだけいいのか? 昼からの学生が来るかも知れないし、早く行くのも。


「木下くん」


「ひっ。……あ、なんだ。伊尾……さん」


 なんだ追いかけてきたのか? 結構、早めに出てきたと思うけど。


「二限目なに?」


「空きコマだけど」


「お、一緒! じゃあさ。ご飯たべね?」


「え?」


 なんで──まで言葉で出たらいいんだけど、口が止まった。うん、ビビリめ。


「だってさ。昨日はわざわざお願い聞いてくれた訳だし。ちょっとお礼? っていうかさ。私の奢りで」


「あー……」


 ぶっちゃけ言うと、この手のタイプはちょっと友達にいたことがないからどうしたらいいのか分からないのだ。

 苦手というにはちょっと違うコレ。なんだろ。はじめてのことを始めるのが面倒くさいというか。どのノリで話したらいいか分からないから、というか。


「あ、無理ならいいんだけどサ」


「……いっつも、あの、眼鏡の子と一緒にいるけど。その子と食べるんじゃ?」


「あ、タローのこと? アイツ社会学部で二限目があるのよ。この前はたまたま講義が被ってただけ。ほら、一年生のときってあんまり共通の科目とるのもアレじゃん? 秋学期からは取るのが増えると思うんだけど」


 あーー、それは分かる。

 高校からの唯一『友人』と呼べるアイツも社会学部で、春学期は同じ科目がまったくないから大学で会うこともない。

 たまに連絡をとって、昼ごはんを食べることもあるけど……あっちは友達作りに成功したっぽいしなぁ。世知辛い。


「……そういうことなら」


「お、マジ? やった〜」


「お、奢ってくれるんだよね?」


「任せなって。とりま、ラーメン食いに行くべ」


 ガチッと肩を組まれて学部棟を出ていき、開店と同時にラーメン屋に入っていった。

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