07 心臓がもたないからやめて!!



「ぼくを……飼いたい?」


「そうなのです」


「えーっと……」


 だめだ。なにを言ってるのか分からない。

 飼いたいってあれだよな。その……ペットみたいにってこと?

 っていうか、なんで椅子の上に立ってるんだ? そこらへんからまずおかしい。


「犬とか猫を飼ったらさ。婚期が遅れるって話を聞くわけ」


「あ、はい」


「実際問題。わたしもそろそろ結婚とか考えないと、その、色々と不味い年齢になってきてるの」


「はぁ」


「でも、ペット飼いたいからどうしようかなって思って。そんな時に、心音くんがいた。運命だと思いました」


「……なんで、そこでぼくが出てきて、運命に」


「異性の人間を飼うと婚期も遅れるって話は聞いたことがないからですよ」


 すっっっっっっご。

 感心するほどおかしいこと言い出した。


「でも、わたしはこう見えて……その……なんだ。そん、かれし……とか、想い人というか、がいたことがなくて……男性との付き合いかたも、わかんなくて」


「あー……で、女装してたぼくを見つけたから」


「そう!! 異性なのに話しやすいし!! それに今書こうとしてる作品にも同じ感じのキャラクターが出てくるから、感想とか、いろいろ求めやすいと思って!! 完璧だと思ったの!」


 小説家って倫理観とか、常識とかってなくなるものなのかな。

 この人……本格的にイカれてる。おかしいこと言ってるって分かってるのかな。


「あのぉ」


「ん?」


「飼うということは、その……これから毎日、蒼央さんの家に」


「もちろん!! だって、そういうものじゃない?」


「無理です」


 きっぱりと言ってやった。

 蒼央さんは椅子の上に立っていたのに、崩れ落ちて椅子に座って、びぇっと泣き出した。


「なんで、でしょうか……っ。理由を、きいてもっ?」


「まず、ぼくはバイトをしないといけません。スーパーの品出しのアルバイトをしてます。授業のコマの関係で週に3日しか入れてないですけど、食費とか遊ぶお金は稼がないといけません」


「ばいと……」


 嫌いな課長はいるけど、まぁ仕方ない。今どきこんな人がいるのかってくらい昭和の人間だ。人と話してるだけで丸めた軍手を投げてくるイカレっぷり。そのくせ、自分は女性の店員と長ったらしく話してる。

 うーん、嫌い。その他の人との関係はまぁまぁ良好なのでやっていけてるけど。


「それに、大学の課題もやる時間がないです。課題提出とか、小テストの対策とかも」


 学生の本分は学ぶことだ。これでも一応は大学生だしな。

 友達が大勢いる奴はなんか効率的にできるんだろうが、ぼくはボッチだから自分の力で色々と解決しないといけない。


「なので、お断りします」


 ペコと頭を下げると、蒼央さんの足が視界に映った。

 椅子から降りた彼女は、ぼくの近くによって頬を膨らませていた。


「なにを言い出すかと思ったら!! そんなことなら心配しなくてもいいのに!!」


「……というと」


「勉強の心配は大丈夫。この家でやってくれていいよ。寝泊まりもしてくれて構わないというかしてほしい。してください。寝具とか、机とか欲しかったらなんでも言ってほしい」


 は……?


「それで、バイトも辞めてもらいたい。わたしがおカネを払う」


「い、いやっ、さすがに」


「いいや。これは、ちゃんとした契約だ。小説の手伝いをしてもらうという契約だからね。ペットとして家に居てもらいたいのもそうだけど、わたしは別に心音くんの将来を潰したいわけじゃあないのさ」


 蒼央さんは屈んで、こちらに手を伸ばしてきた。


「それに、誰でもできる仕事じゃない。わたしの手伝いはキミしかできないんだ。バイト代もはずもう。だから、お願いだ。わたしに飼われてくれないか」


 伸ばされた手に目を落とす。

 居酒屋の前で同じように手を伸ばされたときとは違うのは、いま、ぼくは頭が冷静だということだ。

 蒼央さんがどういう人かも知ってるし、この話がどういう話かもなんとなくは分かってる。そして、この手の話し合いの重要性も。


「……いや、かな」


「……そのおカネというのは、おいくらになりますか」


「実働時間換算で、時給2000円は出す」


「…………と」


「?」


「もっとです」


「も、もっと!? えっ、じゃあ……2300──」


「3000円」


「2400!!」


「3000じゃないと動きません。実働時間といっても、基準が曖昧なので」


「うぅ……じゃあ、3000円──」


「冗談ですよ。でいいです」


 目をパチクリとさせる蒼央さんにクスッと笑った。


 別にこれは安くてもいいという話ではない。蒼央さんがどこまでのおカネを出せるのかを試したのもあるし、蒼央さんがこの話にどこまで真剣なのかを確かめたというのもある。


 時給3000円って、ぼくにそんな高待遇をされても困る。時給2000円でも高いなと思うし。


(実際、スーパーの品出しは最低賃金だし)


「だから、ぼくのおかげで小説とかそっちの売上が上がったら、お給金を増やしてくださいね?」


 求人とかである「〇〇円〜〇〇円」の最低値スタートって感じだ。

 これで、ぼくのせいで売上が下がった時の言い訳もできるし。うんうん。

 バイトを辞めれるなら願ったりかなったりだ。あの課長のグチグチを聞くよりも蒼央さんの相手をしてる方がまだ楽だろうし。


「じ、じゃあ、そういう感じで契約を結ぶよ。うん! あとでちゃんとしたところに連絡しとくから。それで」


 カチコチな動きで椅子に座って、パソコンに向き直ってカチャカチャと誰かにメッセージを飛ばし始めた。


(おや……なんだか思ったより喜んでない。さっきの調子だと椅子の上に立ち上がって喜ぶかなと思ってたんだけど)


 その横にまで歩いて行き、屈んでパソコンの画面を見た。

 蒼央さんはぼくの横顔を見て、口をすぼめて、画面に目を戻して、目を伏せながらもブラインドタッチは続けて。

 その耳元で。


「蒼央さんはぼくにお金を払って……なにさせたいんです?」


「!!!!!!!!!!!!!!!!!!!! エッチ!!!!!! 心臓がもたないからやめて!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


「なにさせたいんですか……」


 このあと、結局肩をもんだり、残ったところの掃除をしてその日は終わった。

 明日の大学終わりには、バイト先に辞めに行くことを伝えるか。

 人手不足だなんだと言ってたけど、大丈夫だろう。

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