02 気がつけば小鳥囀る朝、ベッドの上



 その日の夜。

 総勢10名の男女が集まった居酒屋での合コンがスタートした。


 開始早々始まったのは、女性の「私取り分けるのうまいアピール」だ。

 男はそれを当然のように見つめている。性格の悪い奴を集めてしまったんじゃないか? 大丈夫? 

 そんな態度を良く思わなかったのかどうかは分からないが、女性陣の熱が覚めていくのを感じる。


 そんな様子を見ながら──じゅっ〜…………。


「っぱ。うま……オレンジジュース」


 頬をすぼめるほどの吸引力で吸い上げるオレンジジュース。下の方に果肉があるタイプだった。喉にゴンゴンノックしてきやがったコイツめ。

 居酒屋も未成年には酒を出せないから、酒の提供はできないという約束のもとお邪魔させてもらった。

 初居酒屋だ……つまみってのはこんなに美味いんだ。カクテキ……カクテキっていうのかおまえ……。

 それにしても合コンってこんな感じなんだ。男性が五人で女性が五人の笑顔の睨み合いだ。


「それじゃあさ。自己紹介と行こうよ」


 男性の方から切り出した話題をつまみを食べながら見つめてる。

 雰囲気を戻そうと必死な感じだ。


「オレは〇▽大学の四回生の──」


 へぇー、みんな同じ大学かと思ったら違うんだ。

 あ、社会人もいるのか。年収とか話しだした。思ったより規模が大きかった。男の人は学歴とか年収でアピールするのか。なるほど。


「わたしは〇〇大学の三回生の〜」


 女性陣は若さと可愛さアピール。ふむ。面白い。

 ポテトにケチャップはなんでこんなに合うんだろうか。イモとトマトなのに……。


「あのぉ、キミは……?」


 ん。あ、いつの間にか自分の番になってたみたいだ。

 あんまり目立つのもダメって言われてるしな。あくまで穴埋めとして。


木下心音きのしたみおとっていいます。大学一年生で。あー……ラーメンが好きです?」


 うんうん。こんなもんで良いだろ。女性はお菓子が好きって言ってたしな。ここはラーメンが好きって言って引かれた方が役目としては十分でしょう。

 って、あれ。なんでそんなに嬉しそうなかおを……。


「いいね! キミ! みおとちゃんって言うんだ!」

「これも食べて! これも、これも!」

「ラーメン好きなんだ! どこのお店が好き!?」

「何学部なのかな!? 困ってることとかない?」

「連絡先交換しない!?」


 グイグイとボクの皿に取りにくい位置のご飯を置かれたり、手を握られたり。


「…………」


 女性陣からの視線が厳しいです。ごめんなさい。

 服とかも褒められたけど、完全にお姉ちゃんのチョイスだしなぁ。メイクとかもちょっとだけしてもらった。なちゅらるめいく、とかなんとか。


「すみません。少しお手洗いに」

「あ、私も」


 ひとしきり盛り上がったところで女性陣がトイレに行った。

 残ったのは端っこに座ってるボクと男性だけ……は気まずい。


「じゃあ、ぼくもトイレに」


 そそくさと席を後にして、入るのは当然男性トイレだ。ボクは男性だしな。肩出しスタイルではあるし、夏が近いんだから丁度いい格好でしょう。男性も肩出すし。

 用を足してトイレを後にして手を拭きながら出た。


「ふぅ……」


「…………」


「?」


 ん。なんか視線。

 ……あ、これ、勘違いされてる。

 女性が男性トイレから出てきたって思われてるな。ごめんなさいという気持ちを込めて会釈をひとつ。


「…………」


 あと、笑顔も添えておこう。

 通報とかはされないだろう。うん。大丈夫なはずだ。

 席に戻ると女性陣の姿はまだだった。結局、1vs5の構図かぁ。

 帰ってくるの遅くないですか。



 彼女たちが帰ってくるまでの間、いっぱい質問が飛んできた。趣味はなんですか、他に好きな食べ物は、とか。

 正直に答えたら答えただけ、なんか彼らの間で高感度が上がっていった。意味分かんない。ラーメンとか焼肉とか、濃ければ濃いだけ美味いって言ったら食いついてきた。こわ。

 その後、女性陣が帰ってきたけどなんか疲れてる顔してた。トイレが混んでたのかな。


 ──ピロンと、スマホから通知音が鳴った。


「……?」


 あ、誘って来てくれた人からだ。伊尾さんだっけ。


『ごめんっ。もう、帰ってくれる?』


「…………」


 誘っておいてそれかぁ。まぁ、仕方ない。

 かおを見ると、年上の女性がクイクイと外に行けっていうジェスチャーしてくるし。

 お役御免か。


「……すみません。みなさん。ちょっと、大学の課題があるので」


「えぇ〜、心音ちゃん帰っちゃうのぉ?」


「ごめんなさいです。張り切ってコマ取りすぎちゃって。あ、それと……」


 通路に立ったままスマホを操作。さっき連絡先交換した男性の方に、と。


「これ、ボクの分のおカネです。ごちそうさまでした」


 ペコとあたまを下げて居酒屋を後にした。〇〇Payシリーズはこういうのができるから便利だ。

 さらば、初めての居酒屋くんよ。カクテキ。キミの名前は覚えたからね。


「ふぅ……でも、まだお腹すいたなあ」


 なんだかわからないけど、まだまだ食べられる気がする。これがお酒パワー……! 酒のんでないから違うか。単純にお腹空かせてきたからだな。

 キャッチの男の人たちが頑張って客引きする声が聞こえてくる。でも、いまからアレに向かっていくのもなぁ。まだレベルが足りない気がする。

 

「まてよ。でも、このふわふわした気持ちを使えば、いけるのでは」


「あ、いた」


「?」


 ガラガラと後ろの扉が開いたかと思うと、見知らぬ人が出てきた。


 大人びた女性という言葉が相応しい。髪の毛が巻かれているし、ミルクティ色の頭髪はキレイに整っている。

 さっきまで一緒に飲んでいた女性陣には無かった『大人』という風格を持っている女性だ。

 

「なんか、女性陣から追い出されてたでしょ。女子トイレに入った時になにやら計画を建ててたの聞こえてきたから」


「あー……だから長かったのか」


 計画て。普通に言ってくれた出ていったのに。


「モテるのも罪だねぇ」


「モテてなんかないですよ。だって、ぼく」


 ──男なんでと出かけた口を塞いだ。

 おっとあぶない。口を滑らせてしまいそうだった。ちゃんと喋る判断を担っている脳みそくんを制御しないと。


「……とにかく、モテてなんかないですって。もともと、埋め合わせて呼ばれて」


「ふぅん〜? その割にはいま、あの男性陣は暇そうにしてたけどなぁ」


 あの高収入、高学歴の人たちが? 

 んー……。なにか気に入られるポイントでもあったのか。

 好きなものがラーメンだったからか? いや、なんか「ラーメン好き」っていう人がいないから、嫌われるだろうと思って言ってみたんだが。うむぅ……男心が分からん。


「まっ、いっか。とりあえず、まだお腹空いてるでしょ。どこかで飲もうよ」


「!! い、いいんですか!?」


「何系がいい?」


「ら、ラーメン……食べれたら」


「ぷっ」


 あ、笑った。えっ、なんで。


「そういうことか。キミは素を出してるから、男の人達も話しやすかったんだと思うよ」


「でもラーメンですよ?」


「だからかな」


「?」


「まぁその話はそれほどで。お酒は飲めないのかな? 未成年?」

 

「……はい。まだ一年生で。18になったばかり」


「じゃあ、料理を楽しめた方がいいか。ラーメンがあって……私はお酒が飲みたいから、飲めるお店……あったけな」


 スマホで検索してる姿をジィと見てみる。うん。年齢はお姉ちゃんよりも上だ。

 それにしても肌白い。会ったことがないタイプの人だなぁ……キレイだ。


「ん。あった。ちょっと遠いけど、予約しといた。行こ」


 手を出してきたので、まじまじと見つめた。

 ギュッと閉じて、ぱっと開く手。


「あ、手をにぎる……?」


「ハグレたら怖いでしょ。未成年。なにあるかわかんない」


「そ、そうかも」


 上から重ねると、ギュッと握られて引っ張られた。


「そういえば、名前は?」


「木下……木下心音っていいます」


「そ。私の名前は白濱蒼央しらはまあお。よろしくね、心音ちゃん」


 微笑んだそのかおはとても美しく、夜の飯屋街の明るさなんて比べ物にならないくらいに輝いていた。

 完璧な女性。そんな人に連れられて食べたご飯ととても美味しくて、飲み物もちょっと、ちょっと──……。

 

 

 ………………

 …………

 ……



 ちゅん。ちゅんっ。


「…………え?」


 目覚めると、ベッドの上だった。

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