第15話〜紳士はドギツイのがお好き

 この村で一番大きい家に行った。村の通路はおろか人が歩いている音すら聞こえないので、ここが廃村かのように思えた。


 しかし、薫田あるじにだけ微かに聞こえていた。人の呻き声と人と人が擦れている音、だが、どこからその音が出ているのか分からない。


「村人全員どこに行ったんだろうな?」

「潮干狩り…?」

「遅いだろ」


 そして村長の家に着いた。表札には「八ツ足」と書かれており、生垣はちゃんと手入れされている。風が頬にあたる。周りを見てもやはり誰もいない。


 恐る恐る玄関前まで行ってみるも、誰かの気配すら感じない。そして右手を見てみると赤色の軽自動車があった。


 よく手入れされており、バックミラーには大麻型の芳香剤の飾りがついている。後ろの座席には人魚の色褪せたぬいぐるみがある。


「この村ガソスタないのによく買ったな」

「コンクリートの道もないのに」


 舗装された道もガソリンスタンドすらないこの島に何故車が必要なのかよく分からないが、村長の趣味だろうか。


「灯油でもオリーブでも入れとけば動くのだ。油なら何でもオールおっけい車なのだ」

「一体何世紀になったらそんな車に乗れるんだろうな」


 車を見ていると、ヴェニアミンがボソッと言った。


「このまま特攻する」


 ヴェニアミンはそのまま玄関の扉を開けて、中に入った。そして閉めた。


「げ、玄関から!?」

「文化を持つ人なら当たり前だよ」


 中からくぐもった声が聞こえた。扉はガラス張りになっているので、黄色と灰色がチラチラ見えている。


「いや普通特攻するもんなら窓とか割って」

「危ないのだ。それに弁償できるのか〜?」

「いやあの…はい」


 彼女にマトモな説得をされて彼は何も言えなくなった。そのまま玄関の扉を静かに開けて中に入った。


「普通の家だなぁ」


 他人の祖父母の香りがする。コーヒーを混ぜたようなマーブル柄の木造の床、壁には様々な絵や木彫りが飾られている。


 また玄関には車の鍵があったので、ヴェニアミンは無言で盗んだ。それには誰も気づかなかった。


 リビングに進むと、やはり普通の他人の家だ。何もおかしい所はなく、ただ生活感に溢れている。


 興味がそそられるという所といえば棚にある分厚い本だけである。それ以外はどうでもいい。

 というか本当にここはカルト村の家なのだろうか、もっと何か血に塗れた物はないのだろうか。


 針口は分厚い本を開くと写真がズラっと並べてあった。これはアルバムであり、最低でも十数年は前の写真である。


 祭りの写真や普段の生活を撮った、至って普通の写真ばかりである。しかし少し変な写真もあった。


 母親らしき女が赤子を抱いている写真だが、その赤子のおでこには赤と白の家紋のようなタトゥーが彫られていた。


 また、写真には鏡が三枚つけられているヘアアクセサリーのようなものを付けている男が泣きながらその赤子を抱いている。


 針口はその子を見ていて誰かに似ているような気がした。しかし思い出せない。これは一体誰だろうか。


「なっ、なんなのだこれ…」


 別の本を調べていた薫田あるじは小さな悲鳴をあげた。隣を見てみてみると、彼は持っていたアルバムを離した。


「どうしたん…だ」


 彼女は大の大人でも見れば命がひゅっと縮こまる。例え法が許しても、人が人である限り絶対に考えつかないような行為がその本に濃縮されていた。


 ハードSM本だ。上級者向け以上、殿堂入りしている程度のえげつなさ。良い子の皆は真似しないでねという綺麗事では済まされない。

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海老海峡 坊主方央 @seka8810

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