第10話〜きなこくさい
夏場とはいえ、朝でも日差しはキツく、肌に刺さって痛い。海の香りがするのは良いが、それよりも太陽が人間をいたぶってくるので気分はあまり良くない。
準備が出来た三人は宿から出た。外に出ると向かいの家の中年男性と目が合い、気まずくなった。
「まずは強介と合流するか」
「しなくていい」
「何でだよ。兼好法師もどんな小さな事でも指導者はいた方が良いって記述してたぞ」
彼はそそくさに道を歩いていく。まだ目的地を決めていないのにも関わらずだ。その跡を追いかけるのは後にした。
なぜなら薫田あるじが針口の服を引っ張り、不安そうな目で見てくるからだ。
「どうしたんだ?」
「村人がドンドン増えていってるのだ…早く着いて行った方が良いのだ」
口角をあげてはいるが、愛想笑いだ。ある一定の距離まで近づいてきてはそのまま立ち止まり何かしらしている。
しかし、顔は以前としてこちらを向いているので気味が悪い。
そして、ヴェニアミンに追いついた。
「で、どこに行くんだ。飯でも買いにいくのか?」
「睡眠薬と幻覚剤入ってそう」
相変わらず冗談がキツい人間だが、この村の様子からして混入させてくる可能性は否めない。
「なー本当にアイツ連れてこなくて良かったのか?強介は敵じゃないだろ」
「味方という保証もない」
牡蠣強介、現段階では味方よりではあるが、イマイチどちら側の陣営なのかよく分からない人物である。
彼はただ神社の方を見ていた。
「今は一番きな臭い現人神に会いにいく」
「きなこ?」
「胡散臭いってことだよ」
「それ胡椒って漢字で書くやつなのだ!前に小テストでやったのだ」
「違うからな」
彼女は顔を背けて、早歩きで神社の方へと向かった。
そうして、この村で最も謎に包まれている神社へとやってきた訳ではあるが、社の周りに居るオッサンが邪魔であった。
奴らは動きはしていないものの居るだけで入るのをはばかられる。
「見回りも居るし許可すら取ってないのにどうやって入るんだ?」
今は鳥居から続く階段に体を伏せている。階段の凹凸が体の節々に当たって少し痛い。
ヴェニアミンが最初に伏せるのをやめて、堂々と鳥居の中に入った。無策にも程がある彼の行動に二人共、目を丸めた。
「ちょっと待てよ!」
「はぁ、保護者は大変なのだ」
「クレジットカード作れねぇ奴が何を言っているんだ?」
二人とも見回りにバレないように小声で言ったが、彼は聞いていなかった。そのままサクサクと近づいて行った。
見回りは一度怪訝な顔をしつつも、彼の柔らかな雰囲気に釣られて、すぐに表情筋が緩和した。
「すみまセーン、ソンチョーさん呼んでましたデース。何でもデイジーな用事?です」
「丁寧にありがとうな、兄ちゃん」
「日本語上手いねぇ」
聞いた事のない声色で、奴らを誘導している。後ろ姿からでも、その人懐っこい態度が伝わってくる。
そして奴らは鳥居の方に向かってくるので、すぐさま二人は階段を下りて、丁度奴らには死角の位置に立つ。
目と目が合うが、会釈をして階段を駆け上がった。そしてヴェニアミンに近づいた。
「
「カッコイイ技名…!」
「何とも言えねぇ…」
長所と短所は紙一重である。
「今の内に入るのだ」
「こうなりゃヤケクソだ、不法侵入万歳」
本殿の扉を開けて、中に入るとそこには玄関と廊下があるので、ただの神社にしてはあまりにも現代改築しすぎである。神聖もクソもない。
もっとスピリチュアルな内装を想像していたので、拍子抜けである。
「普通の部屋って感じだな。神社って言えるのか?これ」
「あるじちゃんは左の部屋を」
「ニアミンを右に。針口玄関ね」
針口以外の二人は靴を脱いで玄関の両隣にある扉の中に入った。
彼も靴を脱いで、玄関を改めて観察すると次の事が分かった。
小さい足跡が多いので女性か子供が良く入っているようだった。また、彼は床に付しているので、手や足にホコリがついた。
この事からあまり掃除していないことが分かった。肌に張り付いて気持ち悪い。
「女性や子供がよく入ってるみたいだ。あるじたんの方は?」
右の扉を覗いてみると、彼女は眉をひそめながら黄ばんだ便器やトイレットホルダーを見ている。
正直、ここに配属されなくて良かったと心底思った。
「トイレットペーパーはあんまり使われてないのだ、予備も少ない。便座も全く掃除してなかったのだ…うぇ」
「お疲れ。よく頑張ったな」
彼女は今にも吐きそうである。
左の扉は開けっ放しで、ヴェニアミンが古びたフライパンを持ちながら話しかけてきた。
「キッチンはよく使われた形跡あり。台もあることから子供も作るのかな」
もう見ることもないので、部屋の奥に行くことにした。
扉を開けると、中はL字のように区切られている部屋で本棚が、区切られている壁に沿って置かれている。
また右側には安っぽい机と椅子があり、長い黒のテーブルクロスが敷かれている。奥にはベットがある。
「住みにくそうなのだ」
「なんでこんなにL字なんだ?」
また、すごく埃っぽいため針口はクシャミをしてしまった。そして彼は鼻や目を擦りながら本棚を調べた。
本棚には絵本しかなく、出版日が20年以上前の絵本もつい最近のものもある。大体が童話か子供向けに創作されたもので、目新しいものはない。
「女性の神様が居るんだったらファッション雑誌置いとけよ」
「針口、ちょっと価値観古いのだ」
「どうせ俺はノンデリカシーですよ」
彼は企業に務めていた時に、休憩室に居た後輩のOL達に悪口を言われていたのを思い出して、少しへこんだ。
ベットの方には薫田あるじがおり、トランポリンのように飛び跳ねている。
「このベットの布、固いし変な匂いするのだ。一度も洗ってないのかー?」
「埃すごいからやめて」
ヴェニアミンは彼女の両脇に腕を入れて、持ち上げた。そして、彼女は不貞腐れながらもちゃんと床に足裏をつけた。
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