第二十三話 僕らの養母
時は流れ。
「藍大司馬が日頃礼学の
「単なる男漁りかと思ってたら、罠が何重にも張られてたんだな!」
帝すげぇ! と、
しかも
「あとは、若い官吏や女官たちから支持を受けていたのも勝因ですね。気さくで、身分を問わない姿勢が好印象だったみたいです。遊戯の考案者としても尊敬されてますし」
『
「いやあ、愛されてますねえ。
「……うん」
そうだろうか。いや、慕われているのは間違いない。
でも、彼女の心は、それを素直に受け止めているだろうか。
「ところで、俺らどこに向かってるんだ?」
「僕たちの実家。
僕らの実家は城下から離れた場所にあり、そこは破落戸たちが屯する治安の悪い場所。……だった。
それが今では、町外れのちょっといい感じの店が並ぶ場所になっている。
「ここで『
「へえー」
その時だ。がつん、と
「あ、ごめんなさい」
「な、なんだよ!」
「よお兄さん。さっきとったやつ、彼女に返しな」
よく見ると、懐に見慣れた
治安が良くなったとはいえ、どこにでもスリはある。抜けてた、気をつけないとな。
「離せよ、離せよテメェ!」
「離せと言われて離すやついないだろー? さー、返すんだー」
そう言った瞬間。
男が、道の端から端まで吹っ飛んだ。
「え?」
男の傍には、空中で綺麗な飛び蹴りの姿勢を保っていた女が、すたん、と地面に舞い降りた。
その女は、四十は過ぎている。
日焼けした肌、シミだらけ、シワだらけの顔に、白髪が目立つ黒髪。美白と艶めいた黒髪を女の美しさと見るこの国にとっては、お世辞にも美人だとは言われない。
おまけにそこらの男よりも体付きがしっかりしており、そのとびきり美しい蹴りと体感の良さは、まさしく武人のものだ。
すぅ、と女が息を吸う。そして、街全体まで響くような声で怒鳴った。
「このバカタレが――! まぁた闘鶏でスってスリしとんのかー!!」
「ひ、ひぇぇぇ! さーせん、
「あれが、僕の養母で、
「すげぇ……世の母ちゃんって、強ぇんだな……」
僕が紹介すると、ごくり、と
一方、
「よかったあ……無事でした。
私の毒薬
「盗まれたの財布じゃないんかい!!」
そんで随分物騒なもの懐に仕舞うな! 持ち運ぶな!!
■
「すまないねえ。あの子、こないだは真面目に働いていたんだけど、賭博依存になってしまったみたいで。うちで治療してるんだ」
はい、と湯呑みが渡される。
「さて、さっそくだが、美雨のことだ。
庶民の間では、『
そして先日、酒の密売の罪で、
「酒の密売? 広夫人が?」
「ただしくは酒の転売だね。藍家は禄が足りなくなったのさ。だからここらの酒を買い占めて、高く売っていたのさ。最も、本当に売っていたのは藍家の男たちで、彼女はトカゲの尻尾切りに使われたんだろうけどね」
子を産まない女の地位は低いからね、と養母は言った。宦官に嫁いだ養母が言うと、説得力があるんだかないんだかわからない。
「藍大司馬に権力を与えたのは表向き。
なんでだろうねえ、と養母は棒読み。
そりゃ、
「藍大司徒は、本当に無能だね。多分、
「ちょ、ちょっと待ってくれ。なんであんた、そんなに宮廷の事情に詳しいんだ?」
叔英が最もな質問をする。すると。
「
「あ、すまないねえ」
「いえいえ、いつも世話になって……」
ニコニコと、庶民が着る
その男は、僕の顔を見て、
「……ぎゃぁぁぁ!?
と、叫んだ。あ、いけね。
■
「そ、そんな裏技があったんですね……ほ、本気で心臓止まるかと思った……」
僕の顔を見て叫んだ役人に事情を説明すると、さっきの驚きぶりとは打って変わって理解が早かった。
「あんた、このことは」
「わかってます。このことは絶対に口外しません」
「彼は信用出来るよ。なんせ、宮廷の事情は全部、彼から聞いてたんだから」
養母の言葉に、はい、と役人は頷く。
役人は、
「
不用心にも下町まで足を運んで、破落戸に絡まれていたところを、
「それから彼は家の手伝いと、情報を提供してくれてね」
「まさか、ここが陛下と
今日は驚くことばかりですね、と
「
「私より年下の子は皆私の子だよ、覚えておきな」
どんな
「話が逸れたね。そんな彼から、とんでもない話を聞いてね」
「ええ。……藍大司馬が、謀反の準備を始めてます」
「――は!?」
謀反って、皇帝の座を乗っ取るつもりってことか!?
「そこまでバカなんですか藍家の人達!?」
さすがの
「権力がなくなっていても、藍家につく貴族はそれなりにいるのです。いえ、正しくは藍家の没落とともに自分たちが沈む可能性を恐れているのですが。
私の一族も、声をかけられたようです」
「……私は、我が一族は国の誇りである、と言われ育って来ました。ですが、私は、この国のことなどまるで知らなかった。
塩の値段も、庶民たちが生きるのに必要な禄も食料も。その
私は、この国を担う人間として、責を果たさねばならない」
「いいんですか? それってつまり、あなたは親を裏切ることになるんですよ?」
親を裏切る――礼学において、最も恥ずべき不忠だとされる。
それは、今までそう教育された貴族にとっては、あまりに重い。
ぐ、と握りこぶしを作って、
「そも、礼学とは仁の道! そして我らは天子の臣下!
民を裏切り、天子に逆らうなど、仁の道に逸れた行為。親を想う子であるからこそ、その道を正さねばなりません!」
そのハッキリとした物言いに、僕の口角は自然に柔らかくなる。――彼のような人がいるなら、貴族も捨てたもんじゃない。
「で。それを食い止めるためにも、あんたたちを呼んだのさ。……その前に」
ちら、と養母が僕を見た。
「
その言葉に、
「……まず、あんただけには伝えないと、と思ってね」
「何を?」
「
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