第二十四話 美雨の秘密

美雨メイユーの身体?」

「ああ。あの子は、病にかかっている。……かもしれない」


 はっきり言う養母にしては、珍しく歯切れの悪い言葉だ。

 順を追って話すよ、と養母は言った。


「私が、あの子を助けたジャン光禄大夫と婚約していた話は聞いたかい?」

「ああ。美雨メイユーが即位したあと、花鈴ファーリンから聞いた。――養母かあさんは最初からわかってて、美雨メイユーを引き取ったんだな」

 どうして藍大将軍が美雨メイユーの居場所を特定できたのか謎だったが、そういう裏事情があったのか。


「じゃあ、ジャン光禄大夫の病の話は?」

「それは美雨メイユーから、何となく聞いてたけど……もう、二十年も掛かってる悪疾ってなんだよ?」

「正しくは病にかかっている、というより、かかっていた、なんだけどね」


 ますます意味がわからない。

 僕の様子を慎重に見極めるかのように、養母は口を開いた。


「……その病はね、進行すると、手の末端が麻痺して、悪化すると身体の一部が腐ってしまうんだ。今、ジャン光禄大夫の目は、一つなくなっている」

「それって、かなり重症なんじゃないか!?」

「ああ。けど、その病自体はとても弱くて、感染する人間はほんのわずか。幼少期にかかる可能性ぐらいだね。

 ……ただ、それにかかると、ほかの病にかかりやすくなる」


 その病気で死ぬと言うより、その病気が呼んだ病気で死ぬほうが多い、と養母は言った。

「あとは、差別によって死ぬこと、だね。かかった人は村を追い出されて放浪せざるを得なかったり、暴力沙汰で殺されることも多い。

 元々、その病は幼少期に得た栄養素が足りない環境で発症することが多いから、飢餓で死ぬこともある。張光禄大夫は、孤児で這い上がってきた人だ。藍大将軍に見込まれて、廷尉までなった。出世への道は約束されていたのに、その病が、発症してしまったのさ。

 普通ね、その病の潜伏期間は五年と言われている。でもたまに、二十年以上も発症しないで潜んでいることがあるのさ」

「二十年……?」

「初期症状として、皮膚に現れる斑紋なんだけど、それは痛くも痒くもなんともないんだ」


 その言葉に、僕は、彼女の肩を揉んだ時を思い出した。

「……美雨メイユー、去年にはすでに、あった、かも」

「本当かい!?」

 養母が血相を変える。


「……それじゃあ、あの人、報われないねえ。あの子に感染させないように、腹を切るような思いで、彼女と別れたのに……」


「じゃあ、養母かあさんと別れたのも、美雨メイユーが市中に放り投げられたのも」

「その病が感染することと、巻き添えに私たちが差別されることを恐れたのさ、ジャン光禄大夫は。けど、いくら感染する可能性が低いと言っても、私には弟が遺した花鈴ファーリンを育てなきゃならなかったし、美雨メイユー美雨メイユーで、やれ亡き皇太子の祟りだなんだの、って、当時恐れた役人の誰かに、売り飛ばされたようでね。

 ジャン光禄大夫は役人を辞めさせられ、藍大将軍に見つかるまで、全国を放浪していたのさ」


 おかげであの子を見つけるのに、十年以上もかかっちまったよ、と養母は言った。

 なんてことだ。思った以上に、その病への差別が酷すぎる。


「じゃあ、朝議に一度も出ないで、藍大将軍の私設顧問をずっとしていたのも」

「藍大将軍が守っていたのさ。病にかかっても、彼の頭脳は少しも鈍らなかった。悪疾程度で官吏を辞めさせるなんてとんでもない、って。

 ただ、ほかの病に掛かりやすい以上、外出も難しくてね。人の目も引きやすいから……まさか、美雨メイユーも」 


 そこで養母は俯く。

 まるでこの世の終わりみたいな顔だったので、僕は告げた。


「いいよ、病気なんて。だって死なないんだろう、その病」

「いや、末梢神経がやられてるから、怪我してることに気づかないまま膿んで、手足を切り落とすこともあるんだけどね?」

「でも、やっぱりその病単体では死なないんだろ。ならいいよ。わかってから考える。


 そんなことより僕は、彼女と約束したんだ」


 君のそばにいると。

 それなのに、もう一年も彼女のそばを離れている。


「彼女の元へ帰るよ。そのためには、藍家の陰謀をぶっ壊さないといけない。――何か、いいものある?」

 僕が尋ねると、養母は、はあ、とため息をついた。


「その言葉、忘れるんじゃないよ」

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