第20話

 9月にしては、あり得ない快晴、そして風のない日。

 正確には、ソユルと私が命令して急ピッチで教育して、造り上げたロストテクノロジー復興部隊に気象台を大急ぎで発見させ、修繕させて、ソアに天候を予想できるようにして、その日に決めたのだが。なんか気象台に超巨大な砲台があってソアに聞くと『天気を無理やり変更させる機械だね。最悪いかなる天候も操れるみたいだし、晴れにしちゃう?』と結構可愛げに質問された。いや、そんな物騒なものは使わず、ソアの天気予報に頼ります。

 日程だけでなく、戴冠式に向けての準備も大変だった。洋服に、宝石に、靴に、ありとあらゆるものを注文しなければならない。ただ、現状は全てが手作業になる予定となっていたため、当初は、当日に間に合いそうもなかった。私は、手作業の依頼に加えて、遺跡の発見と復活の同時進行を命令した。幸いにも、見つかりさえすれば修理させ、コピー品を検査代わりにすれば、私が許可できた。そして、ソアのAIコピーも内蔵させてしまえば、実用段階になり、ミシン、宝石カッター、靴の吊り込み機はこの戴冠式の準備の際に復活し、結果的には戴冠式にすべての道具を間に合わせることができた。いや、実際は本当に危なくて、新技術をもってしても3日前で、現地直行での準備完了だったが。

 これらの技術は、経済の重鎮達に提供して発展に大いに役立てましょうか。

 冠に関しては、手作業のみとした。私一人のためのものですし、権力の象徴。それを作ることに誇りを持ってもらわなければならない。ソアは、『貴族って、難しいのね』なんてぼやいていた。細工師には、私の女帝となる前の、個人的な貯金の3分の1ほどを払って作成を依頼した。重要視したのは、結婚式の時の苦い経験から重さは2kgとなるようにすること。結果は細工師の職人魂に火をつけるものだった。フルール・ド・リス型のブラックプリンスルビーに5000個以上のダイヤを周りに隙間なく、散りばめ、線になるところを真珠で埋め尽くした。それにもかかわらず2kg丁度にして完成させた。あぁ、なんと美しく高貴なものが完成したの! ソアも「値段判定不能・・・」と馬鹿になったわ。

 この職人たちは冠職人として、技術継承をし続け、未来永劫担当してもらわないと。

 話がそれるほど準備で盛り上がってしまったが、この日、ついに私が女帝となる重要な儀式、戴冠式が執り行われる。キョウルナラにおける最北にある大神殿「シンクン」が舞台である。馬車で向かうとシンクンからは、鐘が鳴り続け、家並みには垂れ布と花輪が飾られているのが見える。垣根にも花がのせられていて、お祭り気分で登って、手を振る者が多くいた。屋根にも登っている者がいて、私は天から地まであまねく人々に馬車から手を振った。同乗しているパールも顔を窓から出して一緒に行う。皆が「エリス様~!」「パール様!」と叫んでいる。民衆はお祭り騒ぎだ。

 馬車がシンケンに到着し、中に入るとそこには世界中の貴族たちが席を一斉に立ち上がり、出迎えた。一番奥には玉座が用意されている。今まで着ていた白豹のマントを肩から滑り落としながら、ゆっくりと玉座へ向かう。玉座につくと座る前に、緋色の衣を纏われ、一礼の後に玉座につくと儀式が始まる。玉座の横に半円状で五十五人の高僧たちに見守られながら「至賢にして偉大な全キョウウルナラの女帝にして独裁君主」であることを神々が認める詔が奏された後、金のクッションにのせられた特製の冠をとりあげ、自らの手で頭にのせた。そして右手に笏、左手に玉をもち、不動の姿勢で玉座に座る。笏と玉はどちらも帝国を表す。大主教が聖別を授ける間も、それが終わり、合唱隊の歓喜の歌が鳴り響きながら、一人ひとりからミサを受ける間も、冠に首をうなだれることも、腕を振るわせることもない。まさに私は「女帝」となって、君臨した瞬間である。

 儀式が終わり、長いテーブルが用意されるとそこには金貨、銀貨、食料にお酒が用意された。それを外で眺めていた民衆が乞食となり、飛びつき、それがすべてなくなるまで見届けて席を立てるようになる。この後は、数日間分刻みのスケジュールでありとあらゆる場所で行われる催しに顔を出さなければならないのである。

 乞食の群がるさまをみつつ、次の予定のことを考える余裕が出てきた私にソアが聞いてきた。

 『冠は重くない?』

 『ええ、大丈夫よ』

 『それは、よかった。ところであなたはこれからこの人達を引っ張っていかなければならないのよ』

 民衆のまるで飢えた肉食動物のようなさまをみて、ソアはAIでありながら私を心配しているのだ。確かに、とても私の言葉を理解できない人たちしかいないかもしれない。そして、仮に理解できる人たちも自分の保身を第一優先して、内容を歪曲化してせっかくの善い行いと考えていたことが台無しになるかもしれない。でも・・・。

 『わたしは、母国でないこの国を愛してしまったの。キョウウルナラ人の夢想家で怠惰な性格、そしてそんな人間に待つ宿命、それに抗おうと突飛な振舞いをするときには、苛立ちます。でも、偉大で美しい。きっと、この宇宙で一番落ち着きがあり、公明正大で、他人には親切で、心の行き届いた人間しかいないと感じている。そして、みんな端正な面立ち、美しい顔、肌の輝き、とても肉づきがよいか、細くて筋肉質の四肢をもっているか、ガッチリとした大柄な体躯、長くふさふさとした頭髪、まさに美男美女の集まりよ。ごまかしや策略とは本性からして無縁で、まっすぐで清潔な気性ゆえに、窮しても曲がった手段に訴えることもない。騎士、歩兵、海軍下士官、会計官をやらせたって、キョウウルナラ人に及ぶ者はいないわ。子供や近親を愛する点だって。服従するときは迅速かつ正確で忠実な民だもの」

 そこまで言って、ソアが爆笑しながら、

 『考えてることと回答していることがもうめちゃくちゃだよ』

 と指摘してきた。ただ、その後続けて、

 『でも、愛していることだけはちゃんとわかった』

 と優しく付け加えてくれた。

 ああ、彼女は本当に私のために対応してくれた。おそらく、これからも彼女とともに困難を乗り越えていくことになるだろうな。

 『その・・・ソア。これからも私の人生で最高の友達でいてくれる?』

 自然と出てきた問いかけだ。

 ソアはその回答には機械的な発音で。でも、今までで一番心のこもった言葉でこう返した。

 『壊れない限りは、私はこの世で一番忠実な愚民ですよ。女帝』

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 きっと私のようなAIになってしまったことを昔は転生と呼ぶのでしょうね。なにせ、私の努力でなく赤の他人で「女帝」のくらいまで立ってしまったのだから。そして、群がる乞食を前にしても彼女は動じず、愛していると発言した。

 私は、ただ昔の自分のように怠惰な道を選んで君主に失敗し、悲惨な最期を遂げるのではなく、最高の君主に従い、その人をもっとも重要な立場でサポートしていく人生を歩んでいこう。

 エリス、これからもよろしくね。

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悪役令嬢、女帝になる 神楽泰平 @iykagura

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