第34話 あたしが専属メイドと呼ばれていた頃 15



「お嬢様がご無礼を。申し訳ありません」

「いや、あたしの口が悪いのが原因でしょ。別に謝る必要――――」

「嫌がるギルバート様につきまとったのはお嬢様の方です。昼間から飲んで散々ご迷惑をお掛けしましたから……」


 チャールズはうんざりした様子で肩を落とし、シャーロットが消えた方へ視線を向けた。


「どうかお許しください。よほど重圧があるんでしょう。エイデン侯爵の養女に迎えられるなど、普通は思いもしないことですから」

「失礼だが、侯爵はどうして彼女を? 相応の教育を受けてきたとは思えない」

「…………。後ろ姿が」


 チャールズは口元に苦々しい笑みを浮かべた。


「後継者探しのために分家を回っていた時のことです。後ろ姿が、あの薄い金色の髪が、陽に透けて銀に見えたそうです。それがどこか、グレイス様を彷彿とさせるものがあったと。……それだけですよ。僕には、とても似ているとは思えませんが」

「……それって」


 思わず眉間に皺を寄せたあたしに、チャールズは「愚かな判断に思えるでしょう」と笑った。


「ですがそうやって、少しでも思い出に縋らずにはいられなかったのだと思います。旦那様は、ずっとグレイス様を愛していらっしゃいますから」



 ……嘘吐き。

 さらりと嘘を吐いて、チャールズは寂しそうに微笑んだ。



「では、僕はこれで。今夜もどうぞよろしくお願いいたします。では」



 チャールズはぺこりと頭を下げると、シャーロットの後を追いかけていった。両手に大量の荷物を抱えたまま。



「……なーんか、エイデン侯爵家って嫌な家ですねえ」

「ん?」


 チャールズの姿が見えなくなった後、あたしは思わず呟いた。


「だってそうでしょ? あのシャーロットって子も被害者じゃないです? ただちょっと似てるってだけで養女に迎えられて、事あるごとに死んだ子どもと比べられて。そりゃあ捻くれもしますよねえ」

「まあ、間違ってはいるな。あの従者も今の主人に対する敬意に欠けている。よほどグレイス・エイデンへの想いが強――――」

「嘘つきばっかりですよ、あの家は」


 腹が立って仕方ない。

 あんなにグレイスのことを邪険にしていたくせに。見舞いにも来なかったくせに。チャールズだって、笑顔の裏で私のことを嫌っていたくせに。

 腹の底から、気持ちの悪いどろどろしたものが渦巻いて、とてもじゃないけど抑えられそうにない。


「……で、ギルはどうするんです?」

「今夜のパーティーなら、嫌は嫌だが参加するしか――」

「そうじゃなくて。シャーロットが言ってたでしょ、結婚の話です。爵位ですよ。あんな家の当主になるんですか? あたしはやめといた方がいいと思いますけどねえ、ろくなことないですよ、絶対」


 あたしの言葉に、ギルバートはパッと目を輝かせた。


「嫌か?」

「嫌、て言うか……あたしが口出せることじゃないですけど、まあ……」

「嫌なんだな。そうかそうか。俺があの女と結婚するのは嫌なんだな」

「……何でそんなに嬉しそうなんですか」


 だって、どうせ婿入りするならもう少しまともなところに行ってもらいたいものでしょう。あのシャーロットって子と結婚したら、ギルバートが苦労するのは目に見えてる。シャーロットは情緒不安定だし、エイデン侯爵もチャールズも嘘ばっかり。

 それなら男爵位を継いだ方がマシかと思う。昔は最低だったけど、今の男爵はギルバートを可愛がっているし。……まあ、兄二人からの妬みそねみは凄まじそうだから、それもそれで茨の道ではあるけれど。


「あたしは、ただギルには幸せになってもらいたいだけです。……普通に、幸せに。もう十分苦しんだんですから」

「そんなこと言ってくれるのは、お前くらいだぞ。どいつもこいつも、俺を利用することしか考えていないのに」


 ギルが嬉しそうに微笑む。それから「なあ」と私の手を取った。


「一つ提案だ。最初はまたパーティーかとうんざりしていたが、これも良い機会かもしれない」

「……何です」

「俺のパートナーとして、パーティーに出てくれ」


 またそんなことを。

 この状況であたしがそんなことをしたらどうなるかくらい、ギルバートなら言われなくてもわかっているだろうに。


「本気で言ってます? シャーロット様にパートナーねだられてるんでしょ?」

「知ったことか。何度も断ったのに聞く耳を持たない相手が悪い。所詮男爵の三男坊だ、下位の存在だと、断り切れないことを見越してむりやりパートナーになろうとしてるんだぞ? こんな屈辱を受け続けて、大人しくしてろと?」

「…………」

「それに、俺があの女と結婚するのは嫌なんだろ? お前がパートナーになってくれたら、結婚の話も侯爵位の話もなくなる。違うか?」


 名案だと、ギルバートの目はキラキラ輝いている。悪戯っ子みたいなその顔を見ていると、何だかあたしまで「一発かましてやろうかな」って気になってくる。


「侯爵、絶対怒りますよ」

「かもな。だがもういい。ご機嫌取りは疲れた」

「男爵も絶対怒ります。……もし、こんなことして男爵に屋敷を追い出されたらどうするんです?」

「構いやしない。二人なら大丈夫だ」


 この三年でしっかり人脈は築いておいたと、ギルバートは得意そうに胸を張った。


 ……そうか。大丈夫か。じゃあ、いっか。


 何か、考えるのが面倒になってきた。

 あたしだっていろいろムカついてるし、このもやもやを発散させないことには、多分いつまで経っても気持ち悪いままだ。

 所詮あたしは解放奴隷。失うものなんてほとんどない。



「あたしがパートナーとして出てきたら、男爵もシャーロット様も侯爵も、みーんなびっくりするでしょうね」

「だろうな」

「面白い顔になるでしょうねえ」

「そうだな、間違いない」

「あはっ、それを拝むのもまあまあ楽しそうですねえ。偉そうな貴族どものぎゃふん顔、じっくりゆっくり拝ませて貰おうじゃないですか!」


 あたしはぎゅっとギルバートの手を握り返した。

 そういやこんな風にむちゃくちゃな方に賭けてみるのは久しぶりだなって、ほんの少しだけ、わくわくした。

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