第33話 あたしが専属メイドと呼ばれていた頃 14



「も~お~! ギルバート様ってば、そんな照れないでくださいよ~!」

「別に照れてはいませんね」

「ちょっとチャールズ! 遅れてるわよ! 早く来て!」

「買いすぎなんですよ貴女は! 毎回毎回僕一人で持つのも限界が――――」

「鷹にでも持たせたらいいじゃない。有能なんでしょ?」

「ふざけないでください」


 がやがやと賑やかに帰ってきたのは、ギルバートだけじゃなかった。

 ギルの腕に手を絡めてあからさまに甘えて見せるシャーロット、その背後から両手に信じられない量の荷物を抱えたチャールズ。


 今日は散々だ。急に侯爵と再会するわ、チャールズたちまで離れにやってくるわ。

 思わずため息を吐いたあたしに、ギルバートは「すまない」と言いながらシャーロットの手を優雅に払いのけた。


「シャーロット嬢は酔ってらっしゃるらしい。早く本邸で休むように言ったんだが、何を言ってもべったりで帰ってくれない」

「おやまあ」

「ギルバート様! そんなつれないこと言わないでくださいよぉ! ドレスをどれにするかもギルバート様に選んで貰いたいですし、パーティーまでの間一緒に過ごしましょう? ね?」

「ドレス? パーティー?」


 首を傾げたあたしに、シャーロットは頼んでもいないのに勝ち誇ったような顔で説明を始めた。


「そう! 今日まで滞在している人たちが結構いるから、皆で最後にパーティーをしましょうって、私が提案したのよ! 素敵な思い出をたっくさん作りたくってね」

「へえ……」


 貴族と言えばパーティー好きな生き物だからあまり驚きはないけど、へえ、ふうん、最後の最後にまたパーティーか。飽きんもんだね、本当に。

 まあギルバートの誕生日パーティーほどの規模のものではないってことだろう。

 それでもあたしが本邸のメイドだったらブチ切れてるかもしれないけど。仕事増やすんじゃねえ、って。


「で、そのパーティーでも勿論ダンスを踊る訳だから、あたしがギルバート様の正式なパートナーとして出るってわけ!」

「シャーロット」

「照れないでいいんですよ、ギルバート様。私のお養父様も男爵様も、私たちの結婚に前向きだったじゃないですかぁ。お養父様はギルバート様に爵位を継いでほしいとお思いですよ? ふふ、私もそれがいいと思います。ギルバート様って、本当に素敵な御方なんですもの」


 ギルバートは珍しく苦虫を噛み潰したような顔で、けれど何も言わなかった。


 いや……言えないのか。この女性がギルバートに相応しいとは思えないし、ギルの好きなタイプでもないんじゃないかとは思うけど、彼女はこんなでもれっきとした侯爵家の令嬢だ。男爵より遥かに爵位は上。

 機嫌を損ねるようなことは言えない。


「ねっ、メイドさんも、私たちの婚約、祝福してくれるでしょう?」


 シャーロットはあたしににこっとよそ行きの笑顔を迎えた。

 この前あたしに食ってかかってきた時とは別人だ。

 わかってんなあ、この子。ただの馬鹿かと思ってたけど、ちゃんと顔を使い分けることもできるんじゃん。


 まあ、だからってあたしには関係ないけど。


「さっすが、侯爵家のご令嬢は猫被るのがお上手ですねえ」

「え……?」

「あんたの婚約なんて心底どうでもいいわ。でも、本気でギルと婚約するつもりならもう少し上品なレディを目指したらどうです? 淫らに腕絡めてこれでもかって見せつけるなんて、発情期の猫でもあるまいし」

「なッ……!!」


 シャーロットはボッと頬を真っ赤に染め、ギルバートは「全くお前は……」と苦笑し、チャールズはチャールズで「発情期……」とぷるぷる笑いを堪えている。どうやらツボに入ったらしい。


「下品なッ……!! ギルバート様!! こんな女に騙されないでくださいね!? こんな貧相でいやらしい女狐――――」

「それは違う」


 ギルバートは冷めた目をシャーロットに向けた。彼女の肩が、怯えたように僅かに上がる。


「撤回してください、シャーロット嬢。ラビは俺の大切な人です。貴女に侮辱されるいわれはない」

「まあ先にあの人侮辱したのはあたしですけどね」

「それもそうだが、お前が俺以外に好き勝手言われているのは腹が立つ。如何なる理由があろうとだ」


 そう言いながら、ギルはあたしの髪をそっと撫でた。

 まるで恋人にでもするような所作だ。「ちょっと……」とあたしが止めようとするより前に、「奴隷の分際で……!!」と、シャーロットは怒りを爆発させた。


「私は撤回など致しません!! こんな侮辱を受けてどうして私が頭を下げなければならないのです!? ギルバート様もギルバート様です。愛人を持ちたいのならもう少しまともなのを選んだらどうです!? こんな女は論外ですわ!!」

「お嬢様。それ以上は」


 チャールズがあたしたちの間に入る。シャーロットの顔がまた僅かに強張った。


「控えてください。侯爵様からも何度も注意されたでしょう」

「なッ……た、ただの従者の分際で、私に偉そうな口を叩くつもり!? あんたなんて、あんたなんてどうせそこら辺の平民と一緒のくせに――――」

「お嬢様」

「何よ!!」

「……グレイス様なら、そんなことは言われませんでしたよ」


 それは多分、彼女にとっての禁句だった。


 シャーロットは真っ赤だった顔をますます真っ赤に染め、くるっと背中を向け走り去っていった。口達者な彼女が何も言わなかったのは、よっぽどショックだったってことだろう。

 チャールズは小さくため息を吐き、あたしたちに頭を下げた。

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