第32話 決まる最期の日(1)


 翌週の火曜日。

 昼休み。


「屋上に来て」

 昼ご飯を食べ、自席で寝ようとする雅人に詩織は言った。

「あ、うん」

 頷いた頃には詩織は目の前にいない。


 訳もわからず、雅人は屋上へと向かった。


 屋上の扉を恐る恐る開くと、そこには詩織が一人。

 彼女は少し晴れた顔で空を見上げていた。

 その美しさに思わず、雅人は言葉を失った。


 綺麗。いや、違う。これは儚さ。

 雅人はただその光景を焼き付ける様に見とれていた。


「ごめんなさい」

 第一声。彼女は頭を下げた。

 不思議と彼女の声を聞いて安心する。

「ごめんなさいって?」

「その……約束守らなくて」

「約束?」

「……私の身体を好きにして良いって約束」

 どこか恥じらう素振りで詩織は言う。

「あー、なるほど」

 それは彼女との約束、僕の時間を好きにして良い約束も守れていないことになる。

「うん」

「と言うか良いの?」

 会話が弾む前に確認することがあった。

「良いって?」

 瞬きをして、詩織は不思議そうに首を傾げる。

「学校で僕と話して」

「……どうして?」

「どうしてって、僕らに接点とか無いじゃん? 他の生徒に見られたら、変な詮索されない?」

 特に君みたいな誰からも好かれる存在なら尚更だ。

 こんな冴えない僕と二人っきりで話す理由など、本来は無いのだから。

「変な詮索――?」

「うん。まあ、僕と詩織の関係とか」


 どうせ、僕が彼女を脅迫しているんじゃないか、とか言われるんだろうな。

 まあ、半分は正しいかもしれないけど。

 想像して、雅人は小さくため息をついた。


「そう言うことね…。良いじゃない、別に誰が何を思うが」

 吐き捨てる様に言った彼女の不機嫌そうな顔。

 やはり、彼女が何を思っているのかはわからなかった。

「そう?」

 君が良いなら良いんだけど。

 他の生徒に詮索されて君が不快な思いをしなければ。

「どうせ、相手が思うことなんて私に伝わらないのだから」


「――そうだね」


 伝わる前にこの世界を絶つ。

 彼女の言葉の真意だった。


 否定することも、肯定することも出来ない。

 ただ相槌の様に頷くことくらいしか雅人には出来なかった。


「それで今日は雅人に話があるのよ」

「うん」


 別に放課後でも良かったのでは。

 いつもの公園でも良かったのでは。

 今の彼女には、急ぐ理由があるのだろうか。


「私たちの死に方についてよ」

 明るい将来を話す様な笑顔で彼女は言った。


 その後、彼女は淡々と話し出す。


 ――僕らの最期を。



 少し晴れた日に。

 僕は君に一緒に死ぬと誓った。

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