第3話教外別伝








有無相生

教外別伝



 時は万物を運び去る。心までも。


         ウェルギリウス






































 第三昇【教外別伝】


























 「はあ、まだ半分も直ってねぇ」


 「仕方ないじゃない。直す為の材料だってほとんどないんだから。これでも進んでる方よ」


 ため息を吐きながら、修復作業をしていた。


 その時、煙桜が腕を止めた。


 「どうしたのよ、煙桜?」


 「・・・来る」


 「え?」


 途端、いきなり地震のような大きな揺れが起こり、煙桜たちは急いで外へと出る。


 そこには、黒い翼の奴らがいた。


 こちらに気付くと黒い髪を靡かせ、翼をばさっと一度広げたかと思うと、綺麗に折り畳んだ。


 「ねえ、あれって、人間じゃない?」


 麗翔の言ったとおり、悪魔たちの後ろには、人間が立っていた。


 なぜ悪魔と一緒に、と思っていると、人間がジャンプしてきて煙桜たちの前に着地する。


 「まだ名乗ってなかったな」


 そう言ったのは、悪魔の1人だ。


 「俺の名は、ヴィルズ」


 そう名を名乗ったのは、顔の真ん中あたりの前髪だけが長く、あと後ろも長く1つに縛っている悪魔だ。


 耳には赤い輪のピアスをつけ、綺麗な顔立ちをしている。


 その横に立っている男は「ライ」と名乗り、顔の右側だけが長く、後ろは短い。


 そして特徴的なのは、左目の下に逆三角形のようなタトゥーがついていることだ。


 もう1人の男は「ダスラ」と名乗り、つけているピアスはヴィルズやライとは異なり、青のシンプルなものだ。


 「こいつらは人間だ」


 ヴィルズたちが連れてきた人間は、全部で5人いる。


 1人はネイビーの短い髪の毛をした人間で、長々深壟歩という。


 1人は青の髪の毛で才牀零という。


 あとは、黒の短い髪をしたバレンタという女性と、左目を隠した長い緑髪に赤いピアスをつけたライランという女性、それから青の髪に黄色いピアスをした精悍な顔立ちをしたモラとう男性だ。


 「!!」


 キイン、という甲高い音が響いたかと思うと、ライランとモラが眼前まで来ていた。


 そしてその2人の攻撃を、煙桜が止めていたのだ。


 同じ人間とは思えない、いや、琉峯たちとて普通の人間とは言えないのだが、その琉峯たちにここまで攻撃が出来る人間などいるだろうか。


 動きが良い2人に対峙した煙桜は、煙草を一本口に咥えて火をつける。


 「こいつらの相手は俺がする」


 「煙桜・・・」


 「他所見してて良いのか?」


 「!!」


 バッと後ろを振り向くと、そこには壟歩と零がいた。


 「俺達ぁあいつらと違ってごく普通の通りすがりの善良な一般市民だから、安心しな」


 「・・・・・・」


 にこりと笑う壟歩と零に、琉峯は距離を保って動きをみる。


 「私の相手はあなたってことね」


 「残念だわ。まさか私の相手が、あんたみたいな女だなんて」


 麗翔の前に立ちはだかるのは、バレンタ。


 銃を構えているバレンタは、見た目の可愛さとは裏腹に、不気味な笑みを浮かべる。








 人間たちを放り込んだヴィルズたちは、上から様子を見ていた。


 「ただの人間と化したあいつらなんて、わざわざ俺達が相手にする必要ないからな」


 「だけど、魔王様も一緒に来たってことは、これから面倒になるってことかもな。で、その魔王様はどこに行ったんだ、ライ」


 「俺が知るか」


 「自分の親父だろ?」


 ふん、と顔を背けるライに、ダスラは頬をツンツンと突いてちょっかいを出す。


 それが気にいらなかったのか、ダスラの指を掴んで強く抓ると、ライは戦いを始めようとしている人間を見下ろす。


 「ライランとモラにだけ関して言えば、普通の人間とは言い難い」


 「確かに。あいつらは地獄から連れてきたわけだし、生きてた頃だって殺戮兵器として生きてたからな」


 悪魔たちがそんな会話をしている頃、結界の外でも、同じような光景があった。


 結界の外で待機をしていたぬらりひょんたちの前に、1人の男が現れたのだ。


 その男はヴィルズたちと比べると歳を取っているように見えるが、首元も隠れる黒い服を着ていることと、後ろにかきあげられた髪の毛の他は、赤い目も尖った耳も牙も、それから黒い翼も同じだ。


 「鬼が鬼の敵をしていると噂では聞いていたが、真であったとはな」


 「主には関係ないことであろう。ワシが何をしようと、どう動こうと」


 「関係はないが、敵にすると面倒だろ?俺たちと力を合わせれば、これほど強い味方はいないはずだ」


 「ワシは興味がない。幾ら魔王からの頼みであっても、聞く気はない」


 「頼みなぞはした覚えはないが」


 ぬらりひょんたちの前にいる男は、悪魔たちをまとめる立場にある魔王の、ガイという男だ。


 余裕そうな表情を浮かべ、まるであの男を思い出させるような赤い目を向けてくる。


 「それとも何か?鬼と悪魔と、どちらが強いかここで証明するか?」


 「そんなもの興味はないと言っておろう。ワシは余計なことで体力を使いたくないのじゃ」


 「そうかそうか。ようは、負けるのが怖いってことだよな。悪魔の方がどう考えても上だ。それを分かっているから断ってんだよな?賢い賢い」


 はあ、と深いため息を吐いているぬらりひょんは、本当にどうでも良いと思っていた。


 悪魔と鬼と、どちらが強かろうが弱かろうが、分かったところでどうにかなることでもない。


 そもそも住んでいる世界が違うのだから、証明する必要性など全く持ってない。


 だが、今はこのガイという男をどうにかしなければ、結界も悪魔もどうにもならないことも分かっていた。


 「・・・良かろう。その勝負、面倒だが受けて立つとしよう」








 煙桜たちの戦いを眺めていた悪魔たちだが、ふと、ライが何かに気付く。


 「どうした、ライ?」


 「・・・結界に罅が入った」


 「結界に罅?誰が?どうやって?」


 ダスラの問いかけに対し、ライはすでに指をコキコキと鳴らして戦闘準備をしている。


 「あいつらだ、多分な」


 そう言うと、ライは大きくて黒い翼を広げ、一気に飛んで行った。


 その様子を隣で見ていたヴィルズとダスラも、一旦はライに着いて行くことにした。


 飛んですぐ、ライは見つけた。


 「ライ」


 「いたぞ」


 名を呼ばれたライは、顎でくいっと問題の個所を示せば、そこにはぬらりひょんといつも一緒にいる天狗とオロチがいた。


 「おい、魔王様が相手してるんじゃなかったのか」


 「幾ら魔王様といえども、やっぱりあの3人をまとめて相手にするのは大変ってことだろ」


 天狗とオロチを見ながらそのような会話をしていると、結界を壊そうとしている天狗とオロチも、ヴィルズたちに気付く。


 少しの間だけ、互いの様子を窺うように見合っていたが、天狗がいきなり扇子で仰いだだめ、台風にも似た風がヴィルズたちを襲う。


 だが翼でそれから自分を守るようにすれば傷ひとつつかない。


 「オロチ、頼んだぞ」


 「任せとけって。俺を誰様だと思ってる?俺様だよ?」


 「早ぅ行け」


 天狗が扇子を動かすのと同時に、オロチはどこかへと姿を消してしまった。


 風がおさまってきて、ヴィルズたちは翼をどかせると、そこにはオロチの姿は無かったが、慌てることは無かった。


 扇子をしまった天狗も、ひょいっと後ろに下がったかと思うと、リンゴを一齧りする。


 「さて、ワシも動くとするかのう」


 その天狗の声は聞こえなかっただろうが、ヴィルズたちは天狗とオロチが何かしようとしていることだけは分かった。


 しかし、天狗だけでも先に捕えようとしたとき、後ろから物凄い殺気を感じた。


 3人揃って勢いよく振り返ってみると、そこには魔王と対峙しているぬらりひょんがいた。


 特に武器を持っているわけでもないのだが、先程感じたとてつもない殺気は、ぬらりひょんの視線だと気付く。


 「ぬらりひょん、お前から先に地獄に送ってやるよ」


 魔王の言葉に、ぬらりひょんは視線を戻すが、その目はいつになく鋭い。


 「楽しくやろうぜ。折角のパーティーだ」


 「参加した覚えはないがのう。ワシはそういう派手好きな輩とはあまり仲良くしとうないのじゃ」


 「ほう、そうかい。なら、決別ってことで、互いに真剣勝負だな」


 「初めからその心算じゃ」








 魔王、ガイに人間の方に戻れと言われたヴィルズたちは、仕方なく観戦を続ける。


 「ったく。どうなってんだこりゃ」


 「こっちも同じです。普通の人間相手とはいきませんね」


 「てか何なの!?こんないたいけな少女に向かって銃撃ってくるとか!!」


 「麗翔がいたいけな少女かはさておき、こいつら、何か訓練でも受けてたんじゃねえのか?」


 文句を言いながらも、襲いかかってくる敵の攻撃を避けて行く。


 バレンタは銃を持っており、的確に麗翔を狙って行く。


 壟歩と零は、武器は持っていなかったのだが、その辺に落ちている瓦礫や鉄パイプを使って琉峯に襲いかかる。


 そしてライランとモラは、身動きも素早く気配を消すのも上手く、息もぴったりで煙桜を殺そうとしている。


 「一体全体どういうわけだ、琉峯。ちゃんと説明しろ」


 「分かりません。けど確かに、特別な訓練でも受けていないと、こんな動きは出来ないかと思います」


 「飛び道具なんて卑怯よ!!」


 「考えたところでしょうがねえか」


 背後から煙桜に飛びかかってきたライランを、避けながら膝で鳩尾を蹴飛ばした。


 女性だから、とかそういうのは関係ない。


 悲痛な表情をしたライランだが、転ぶ手前で一回転をし、綺麗に着地した。


 「・・・・・・」


 顔を歪めたまま煙桜を睨みつけている。


 「オレが女だからって手加減したのか」


 「・・・女がオレっていう一人称を出すとは思ってなかったな。男だったら、確実に骨ごといったけどな」


 ライランは自らを“オレ”と呼び、悔しそうな表情で立ち上がる。


 「てめぇら、何者だ?」


 「敵に教える筋合いはない」


 すう、と背中に現れたのは、モラだ。


 先程までは完全に気配を消していたのだが、ライランが煙桜に蹴飛ばされた辺りからだろうか、気配が薄らと出てきていた。


 「モラ、こいつはオレがやる」


 「ライラン、ボクがやるよ。こいつもどうせ、醜い心を持ってる男だ」


 「あ?なに失礼なこと言ってんだ・・・!」


 瞬間、避けるのが精一杯になるほどの拳がきた。


 「!」


 ひら、とモラの首元の襟から、肌に何かが描かれているのが見えた。


 そして、その模様に見覚えのあった煙桜は、ようやくライランとモラの辿ってきた世界と景色が見えた。


 「成程な。“ギゾルス”か・・・」








 「あんたに教えてやるよ」


 「何を」


 「俺達のことだ。知りたいんだろ?どうして普通の人間相手に、こんなに手間取ってるのかを」


 そう言うのは、余裕そうにネイビーの髪の毛をかきあげた男、長々深壟歩だ。


 琉峯はそこまで興味があるわけではなかったが、壟歩にしても零にしても、話したい様な言い方だったため、聞いてみることにした。


 「俺は地獄に逝くことがもう決まってる。まあ、色々悪さしてきたからな。それで、ライと契約をして寿命を取られる代わりに、人間離れした強さを得たってわけだ」


 「契約?」


 「ああ。今の俺は、正確に言うと人間じゃなくて半分悪魔なんだ。だから、人間であるお前等の思考回路が多少読めるわけ。分かる?」


 「・・・・・・」


 「なんだよ黙って。急に怖くなったか?」


 「別に」


 「こいつは、天使の羽根を毟りとって、その天使を堕とした。ダスラと契約して、こいつも寿命取られてんだ」


 「・・・・・・」


 「おいおい、怖いからって、急に黙るなよ。もっと楽しもうぜ。人生短いんだからよ」


 求めてもいない話しを聞いた琉峯は、ゆっくりと息を吸ったかと思うと、これでもかというほどに深くため息を吐いた。


 それが気に入らなかったのか、壟歩と零は琉峯に襲いかかる。


 「だから今の俺達はただの人間のお前等より強いってことだ!!!」


 壟歩の拳は地面を割り、零の蹴りは風を斬るが、それをどちらも避けた琉峯は、壟歩の腕を躊躇なく蹴り、零の足を掴んで壟歩の方に投げた。


 2人一緒になって飛んで行くと、琉峯はしれっとこう言う。


 「なんかよくわかんないというか、意味不明というか、理解し難いです」


 それに契約って、更新とかあるんですか?と聞いてくる琉峯に対し、投げ飛ばされた壟歩と零は、また琉峯に向かって行く。


 相手はただの人間だと、自分たちには敵わないんだと。


 だが、琉峯は壟歩と零の攻撃を同時に受け止めると、それぞれの腕と足を捻って関節を外し、動かないようにした。


 プラン、としている自分の身体に、壟歩と零は目を丸くしていたが、それでもまだ戦おうとしている。


 「止めましょう」


 琉峯の言葉に、2人は頬をピクリとする。


 「無駄死にするだけです」


 「はっ。それはお前の方だろ!?」


 「・・・・・・」


 勝負は、ほんの一瞬だった。


 襲ってきた壟歩と零は、琉峯の心臓を狙って飛びかかった。


 あともう少しで心臓に触れるといったところで、琉峯は腰から何かを取り出し、それを使って2人の腕と足を斬り落とした。


 何が起こったか分かっていなかった壟歩たちだが、そのうち、痛みが走ったのか、斬られた部分を押さえながら喚きだした。


 「ひ、卑怯だぞ!!剣なんて使いやがって!」


 「言い忘れていましたが、俺は武術体術より、剣術が得意なんです。・・・申し遅れましたが、俺の名は琉峯。以後、お見知りおきを」








 「あなたに分かる?親に捨てられ、世間に捨てられ、1人で生きて行くしかなくなった子たちの気持ちが」


 「・・・それが何だって言うのよ。それでもみんななんとか生きてるのよ」


 「あの子たちもね、親に棄てられたのよ。そのお陰で強くなったの。女も男も関係ない。ただ、実力だけが物を言う世界で」


 ちらっとライランとモラの方を見ながら言うバレンタ。


 銃の弾を慣れた手つきでささっと交換すると、銃口を麗翔に向け微笑む。


 引き金を引けば自分に当たる、それが分かっている麗翔だが、力を持っていない今の状況でも、なぜか逃げようとは思わなかった。


 真っ直ぐにバレンタを見つめ、口を開く。


 「女も男も関係無い、ね。それは分かる気がするわ」


 「あら、あなたも可哀そうな過去を持ってるの?なら、私が助けてあげるわよ」


 バレンタの言葉に、麗翔は肩を上下に動かして呆れたように笑う。


 それを見たバレンタは、銃を向けたまま眉間にシワを寄せ、怪訝そうな表情を浮かべる。


 「何を笑ってるの?」


 「ふふ、可哀そうな過去?助けてあげる?言っておくけど、私とあんたたちと、一緒にしないで欲しいわ」


 生温い風が2人の間に吹いた。


 麗翔の長い髪も、バレンタの短い髪も、微かに揺れる程度の風だが、それでも2人の間に流れている空気を惑わせるには充分だった。


 先に表情を動かしたのは、バレンタだった。


 小さく鼻で笑ってから、話し始める。


 「一緒じゃないですって?同じでしょ?自分が女であること、女に生まれてきたことを後悔せざるを得ないことがあったんでしょ?だからこうして、男たちの中で一緒に戦ってる。違う?」


 「・・・そうね。確かに、女に生まれてきて悔しい想いをしてきたわ。だけど、今はそんなことどうでも良いの」


 麗翔はポケットからゴムを取り出すと、髪の毛を後ろで1つに縛る。


 「過去のことなんて、いつまでも引きずる必要ないじゃない?男のせいで嫌な思いもしてきたし、男よりも弱いことを嫌ったこともあったけど、今は気にしてないもの、私」


 「・・・そう。諦めたってことね。結局、男に屈服することしか、力に屈することしか出来ないって」


 「勘違いしないでくれる?男にだって負けないし、力にだって屈しない。あなた言ったじゃない?実力だけが物を言う世界って。それがここよ。ここでは、女も男も関係ない。本当に強い者だけが生き残れるの。ここじゃまだまだかもしれないけど、今よりもっと強くなるためにも、私はここで、みんなと一緒に強くなるの」


 「・・・哀れな子」


 「そっちがね」


 瞬間、バレンタが引き金を引く。


 回転をかけながら麗翔に向かってくる銃弾は、麗翔の身体を貫くように見えた。


 しかし、麗翔は身軽に銃弾を避ける。


 「!!!」


 その後もバレンタは何発も撃つが、麗翔には一発も当たらなかった。


 気付けば麗翔が目の前にいて、持っていた銃は足蹴りされ手から離してしまった。


 麗翔の拳が襲いかかってきて、バレンタは思わず腕で顔をガードし、思い切り目を瞑ってしまう。


 「・・・?」


 だが、いつまで経ってもやってこない衝撃に、バレンタはゆっくりと目を開ける。


 目の前にはただ立っている麗翔がいて、ニコリと笑みを作る。


 「生憎、ここでは討伐は赦されてても、殺生は赦されてないの」


 殺したいほど憎んでいても、一時の感情に流されそうになっても、ここでは決してそれが赦されない。


 例え敵だと言っても、あくまで目的は討伐。


 二度とこの場所に来たくなるように、言い方は悪いかもしれないが、コテンパンにやっつけることだ。


 「だけど、これくらい赦してね」


 「え」


 そう言うと、麗翔はバレンタの腹を思い切り殴った。


 カクン、と気絶してしまったバレンタの身体を支え、ゆっくりと地面に寝かせる。


 「ふう・・・」


 ぱさ、と縛っていた髪の毛を解放すると、先程の風とは違う、少し冷たいくらいの風が髪を揺らした。


 そこへ琉峯がやってきて、怪我はないかと聞いてきたため、大丈夫だと答える。


 「あとは煙桜ね」


 「・・・いえ、俺達もまだあります」


 「え?」


 「この人間たちは、あくまで小手調べといったところでしょう」


 「・・・今のダジャレ?悪魔だけに?」


 「違います」








 「ギゾルスっていやぁ、売られたガキや棄てられたガキを集めて作られた戦闘集団だな。ガキたちはグローリー教団ってとこに連れていかれて、そこで洗脳教育されながら、暗殺なんかの殺しを学ぶって言う」


 だからか、と納得した様子の煙桜。


 噂では聞いたことがあったが、それはもう何十年も前のことであって、今はもう無くなっているとばかり思っていた。


 だが現実として、未だにそんなことが起こっていたのかと、今目の前にいるライランとモラを見る。


 「どうりで。ガキのわりには良い動きしてやがるわけだ」


 「そのガキに殺されるんだ、お前は」


 「無鉄砲でいけねぇな。現にお前等、実際もう死んでるじゃねぇか。死んでも尚戦うことを止められねえたぁ、同情するよ」


 煙桜はそう話しながら、煙草を取り出して口に咥えた。


 火をつけていつものように煙を吐くと、ライランが険しい顔つきになり、なぜか一歩後ろに下がる。


 それに気付いたモラが、ライランを庇うかのようにして前に立ちはだかる。


 「ライラン、こいつはボクがやるよ」


 「オレが止めを刺す。こいつの匂いはあいつらを思い出させるから吐き気がする」


 「・・・・・・」


 なぜライランは自分のことを“オレ”というのか、なんとなく分かった。


 煙草の匂いが嫌いということは、きっとそういうことだろう。


 女性も吸うかもしれないが、そんな前の頃には女性で煙草を吸うなんて習慣はほぼ無かっただろうから、ライランの記憶から消そうとしても消せないその匂いの記憶は、男からのものだと確信した。


 「譲ちゃんよ、もしかして男に」


 そこまで言いかけたところで、モラが煙桜の目の前まで来ていた。


 隠し持っていた毒針で煙桜を刺そうとしたようだが、煙桜は毒針を持っていた腕を蹴り飛ばすと、それは地面に突き刺さった。


 続いてメリケンサックをつけている拳を向けてきたが、それも軽く避けると、腕を掴んで遠くへと投げた。


 モラが投げられたのを見て、今度はライランが煙桜に飛びかかってきた。


 「・・・・・・」


 煙桜はあることを確かめようと、襲ってきたライランの腕をいとも簡単に掴むと、そのまま地面に押し倒した。


 幾ら暗殺に長けているとは言っても、所詮は女の子の力だ。


 そう簡単には煙桜をどかせることは出来ずにいると、ライランはいきなり過呼吸に陥ってしまった。


 すぐにライランを起こした煙桜は、背中を摩りながら小さく言う。


 「嫌なこと想いださせちまったみたいだな。悪かった」


 自分の胸に手を置き、息を吸ったり吐いたりを繰り返しているライランのもとに、モラが戻ってきた。


 ライランの頬に手を置き、何度も名前を呼んでいると、少ししてようやくライランの瞳にはモラが映る。


 煙桜は立ちあがり、2人に向かってこう言った。


 「俺はこれ以上戦うつもりはねぇ。自分の過去を乗り越えてねぇなら、乗り越えてからここに来な。じゃねぇと、絶対勝てやしねぇよ」


 「・・・!」


 モラが煙桜に攻撃をしようとしたが、ライランがモラの裾を掴んで首を横に振る。


 その様子を見ていたヴィルズたちは、つまらなさそうにしていた。


 「なんだ、やっぱり人間じゃダメか。俺達がやるしかないってことだね」


 「・・・仕方ないな」


 ヴィルズたちは、連れてきていた人間をそれぞれの場所に戻す。


 地獄から連れてきたライランとモラ、それにバレンタは地獄に戻し、壟歩と零は再び人間の世界へ。








 「よいしょっと」


 さて、みなさんお忘れになっているかもしれないが、ここでようやくあの男の再登場となる。


 綺麗に着崩していた着物は土で汚れているが、男は長い黒髪を最優先に守っていたようだ。


 「やっと出られた」


 結界の外から建物の中に入るため、男、オロチは土を掘って掘って掘りまくって、ようやく建物内へと入ることが出来た。


 大蛇の姿から人間の姿に戻ると、思っていた以上に土まみれになっている髪の毛を見て愕然とするが、すぐに目的の部屋に向かう。


 謎の球体に入ってぐっすり寝ている少女、座敷わらしを見て、球体を自分の方へと引き寄せる。


 「寝顔はまだ幼いのに、口を開くと生意気なんだから」


 そう言って、球体を包み込むように両手で持つと、そこに全身の力を入れて球体を破壊した。


 外の結界とは違い、簡単に壊れた球体の中から出てきた座敷わらしを起こそうと、オロチは座敷わらしの悪口を言ってみた。


 すると、がばっと大きな目を開けた座敷わらしは、すぐそこにあるオロチという男の顔に、思わず泣きだしてしまった。


 その泣き声は当然のように結界の外にまで聞こえ、悪魔たちは顔を歪めた。


 「なんだ、この声は!?」


 「ちっ、あいつが起きたか」


 「あー、五月蠅い」


 罅が入っていた結界に、しかも内側からとなると、悪魔によって作られた結界もすぐに壊れてしまった。


 だが、それは同時に通常の弱まっていた結界ごと壊してしまい、その気配に気付いた鬼たちもこちらに向かってくるのだった。


 ようやく結界が壊れ、人間の世界に入り込めると喜んで次々に来る鬼達だが、座敷わらしの鳴き声で入ってくることは出来ないようだ。


 「おい、どうなってんだ?なんであのガキが起きた?」


 「おそらく、オロチだろうな。さっき姿が見えなくなって何処に行ったかと思えば、こういうことか」


 「やってくれる。だがまあ、また大人しくさせれば良いだけのことか」








 「俺様に抱っこされてるのに泣くってどういうこと」


 「わあああああああああ!!!なんでこ奴なんじゃ!!!!最悪じゃああああ!!」


 そんな座敷わらしの泣き声は、別の場所にも届いていた。


 耳鳴りのような、煩わしい、騒がしい、出来れば聞いていたくはない耳障りな声なのだが、どこか懐かしい。


 指先がぴくりと動けば、あとはすぐだった。


 「・・・うるせぇ」




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