大久保忠真侯について

 この諭告に金次郎さんは感激されたのでしょう。この時の「諭告」とありますが、忠真侯のお言葉を書き写し、有志者に配ったと言われています。金次郎さんが添え書きを書いて戒めを垂れているものもあるといいますから、その感動も伝わってくるものがあります。 


 この「諭告」については『二宮尊徳全集』第14巻から写したものを意訳しました。御触れについても多少意訳しています。


 なお「小前」とは本百姓を指す言葉だそうです、念のため。


 それにしてもこれだけ決意を表明し、人々を表彰する。大久保忠真侯の領地への熱い想いが伝わってきます。


 大久保忠真侯は、天明元年(1782年)生まれ、相模国小田原藩主、十一万三千石、通称は加賀守さま。父は大久保忠顕侯、寛政八年(1796年)に家督を相続されたとのことです。


 奏者番、寺社奉行、大坂城代、京都所司代をへてのちに老中になられます。水戸の徳川斉昭公と懇意にされていたそうで、往復されたご書簡が残っているとか。水戸藩の会沢正志斎さまは忠真侯を評して、「才智の勝れたりと云う方ではないが、着実な性質で、水野出羽守全盛の内閣に居ながら常に真心から国家の事を心配して居られた」、というようなことを述べられています。


 間宮林蔵さまのほか、矢部定謙さま、川路聖謨さまのような幕吏を登用されたとも伝えられます。


 小田原藩の藩校・集成館を設けたのも忠真侯がはじめだったとされるようです。


 もう少し詳しいことも調べてみます。


『二宮尊徳全集』第14巻は大久保忠真侯に関する史料も集めてくださっているようです。それらと加藤仁平先生の論文から抜書きをおこないます。


 逸話をいくつかご紹介させていただきます。


「忠真公御直書」というものがあって、政治にあたる決意を述べられたものがあるようです。『二宮尊徳全集』第14巻では全文をおさめられているようですが、ここでは金次郎さんを述べているので、引用を控えます。興味のある方はあたられることをおすすめします。


 食事は朝は一汁一菜、食事に文句をつけられたことはなかったとあります。奢りをいましめ奢侈を避けて、書院の畳表は新旧いりまじっており、倹約につとめられたようにも書いてあります。


 京都所司代に在られた際には


 みぬよまで かはらしものと なかむれは

 心もかすむ はるのあけほの


 と和歌を詠まれ、曙の侍従とお呼ばれになったとのこと。和歌は嗜みをもたれたようで、のちに『春鶯集』という和歌集を編まれたとのことです。風貌品格高く、その趣味好尚典雅であって、和歌に上達し、絵画をよくされたと記されています。


 ただ文雅のみの方ではなく、領国の運営にも心を配られ、亡くなられた際には懐の中から領内の孝子・節婦・奇特者の名簿、浦賀の防備の計画、領地の石高のメモなどがでてきたとされ、民を想われた藩主だったのかもしれません。


 川路聖謨さまが忠真侯がご病気であると聞き、安国殿にて祈られたり、間宮林蔵さまが悼まれたことも『二宮尊徳全集』には記してあります。


 天保八年(1837年)にお亡くなりになられたようです。しかし金次郎さんに目を止められた一つを見ても、優れたかただったのではないかと推測されます。


 さて話を戻しましょう、ここに金次郎さんは名君・忠真侯に出会われ、表彰されられたのでした。そしてここからは、服部家の立て直しに着手されたことを見ていただくことになります。


 しかし実際はこれ以前に、村々の困窮したものたちの相談にのり、村の活性化などに努められていたようです。


 栢山村などでは何人もの人たちが金次郎さんに自分たちの農家の経営を相談していることが記録に残っているようです。加藤仁平先生の論文には次のようにあります。旧字体をいくつか現代文に戻します。


「一郷の青年は先生に敬事けいじし、余財よざいあれば利廻りを乞い、不足あれば助成を求めた。年貢と食糧との余りは先生の手に託して成るべく高価に売却せんことを依頼し、その間に不足を生ずれば先生から融通を受けた」


「村の青年と先生との関係は単に財政的方面にだけ限られてはいなかった、先生がいまだ一家再興に粒々辛苦を重ねておられた頃から、二宮直五郎や二宮梅太郎等は雨の日や休みの日には常に先生の家に来て先生から有益な話を聞くことを楽しみにしていたといわれる。」


 戦前の文章の文体をある程度のこしていますが読めますでしょうか。ここには金次郎さん(先生、二宮尊徳翁)が、村の人々の相談にのり、様々な便宜を図られていたことが述べられています。

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