さらに「分度」の話、「家」のこと
さらに『二宮翁夜話』の第八十一「矢野定直を諭し分度を教ふ」をみてみます。
矢野定直がきたって、「私めは今日まで存じ寄らず、結構(計画・用意)の仰せをいただきありがたいことです」と申し上げました。
翁(二宮尊徳翁、金次郎さん)はおっしゃいました。
「
卿が今日の心をもって「分」度と定めて土台とし、この土台を踏みたがえず生涯を終えれば、仁であり、忠であり、孝であり、その成るところは計ることができない。
おおよそ人々が事がなりてたちまちあやまつのは、結構(計画)を仰せつけられたものを
そのはじめの違いがこのようであったら、その末は千里の違いにいたることは必然である。
人々の身代もまた同じである、「分」限の外に入るものを「分」内に入れずして別に貯えおく時は、臨時の物入りや不慮の入用などに差しつかえるということはないものである。また売買の道も、「分」外の利益を「分」外として、「分」内に入れなければ「分」外の損失はないはずである。
「分」外の損というのは、「分」外の益を「分」内に入れたからである。だから私の道は「分」度を定めるをもって大本とするのは、これをもってである。「分」度が一たび定れば、譲施(譲る・施す)の徳功がつとめずして成るはずだ。卿の「私めは今日まで存じ寄らず、結構(計画・用意)の仰せをいただきありがたいことです」との一言、生涯忘るることがないように、これは私が卿のために懇切に祈るところである。」
計画を立て、分度を立ててそれに沿って進んでいくこと。その分度の外(総収入のうち計画された余り)で余分の備えを設けておくことが述べられています。
「分度」を考えるうえで必要なのは、当時の社会が田畑などの米やお金をかせぐ手だてをつたえていく習慣、「石高」をまもる社会であったことです。
「分度」を越えない、家の支出以上をつかわない、子孫にお金(石高)をのこしていく。そして家の石高がつながれば収入の手立てもつながっていく、そういう意図を感じます。
簡単にいおうとするならば「家」をつたえる、たやさないことが当時、考えられていたということだと思います。
そして金次郎さんの「分度」そして共に語られる「推譲」という考えは、「家」を守るものだったと言えるのではないでしょうか。
「家」というものを軸にしてお金のあつまりができる、そして他のものや親類などが困っていればたすけあう、そういうものが日本の江戸時代の「家」についてあったように感じました。
ふりかえってみるに西洋のような商業・貿易による収入の獲得ではなく、中国のような科挙による立身出世でもなく、日本では「家」の構成員を中心とした組織と協力が発展し、ともに生きてきた、生計を営んできたように感じます。歴史等を紐とくとそのルーツは惣村に求められるように説かれているのではないかとも感じますが、武士集団も家族のつながりで構成された集団にちがいなく、「御恩と奉公」というものが組みあわさってできたものでしたし、平安貴族にしても親族や家族のつながりをたいせつにしていたように感じます。
中国の儒教と日本の儒教には違いがあるといわれます。日本の儒教については江戸時代に独特の発展を遂げていったのですが、それは「家族構成の違い」、「家」の違いに理由が求められるのではないでしょうか。
ただこのような考えはあくまで私の感想になります。
江戸時代の家族史について、日本史の詳細な研究の蓄積があります。それらを参照いただければと思います。儒教については個人的な感想です。
さて当時の状況を考えておくことはたいせつなことかもしれません。ここまで当時の村について基礎的なことは飛ばしてきました。ですので状況が分かりにくいこともあるのかもしれません。すこし当時の村について振り返っておきます。
ここまで田畑の売買や分家への分地について触れてきましたが、寛永二十年(1643年)に出された「田畑永代売買の禁令」というものがあり、延宝元年(1673年)に出された「分地制限令」というものがありました。だから金次郎さんのおっしゃるように、基本的に分度というものがあり、家ごとの収入はずっと定められていたことになります。
幕府による田畑永代売買の禁止というのは文字通り田畑の売買を禁止する命令です。ただこれには抜け道があり、質(借金)に入れたり、抵当(借金の担保)に入れたりした場合は、借金の返済が不可能になった時点で田畑の権利が移動することがあり、現実には守られていなかったようです。また罰則が軽く、それも守られない原因となったとされます。
金次郎さんの家が借金をして田畑をなくしてしまったのも、この質入れによるものでだったようです。
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