やはり、何か見間違いだったのだろうか。一目散に走り続けたが、見つからない。少年の心に大きく影が差した。
息が切れてきた。苦しい。

 足を止めて、大きく息をつきながら辺りを見回す。人通りは依然として多く、まるで自分の周りに大きな建物ばかりがあるようだった。胸がぎくりとした。

 しまった、ここらは全くわからない。自分は一体どこにいるのだろう?


 少年は慌てて後ろを振り返った。


 自分がどこをどう走ってきてしまったのか、覚えていない。これでは帰れない。

 それでもこの角は曲がってきたような気がするぞ、と元きたと思われる方向に向かって回れ右をして、また駆け出そうとした。

 そこは先ほどよりも人の波が切れているように見えたが、なぜかはわからなかった。


「うわ」


 駆け出そうとして、少年は思い切り誰かにぶつかった。

「ごめんなさい」

 口だけでなんとか謝ったものの体の勢いは制御できず、少年は尻餅をつきそうになった。大きな手が少年の腕を掴んだ。

「坊主、大丈夫か?」


 落ち着いた、少し平板な調子の声が頭上から降ってきた。なんだか不思議な響きを伴っている。今まで聞いたどんな声とも違う。少年は、目の前の黒髪の男を目を大きく見開いて見つめた。


 ――神仙のお一人は黒い髪の毛に、黒い瞳で、白皙の面、まるで月光ほどにきれいなのよ。


 誰かがそう言ったのを覚えていた。目の醒めるような真っ青な衣に身を包んだ、誰かが目の前にいた。少年は心臓がどきどきした。口から飛び出そうだ。

 わからない、まだわからないぞ。

「ぼうっとしてどうした? 頭をぶつけたか?」

 少年の喉はひあがった。かぶりをただ左右に振った。

「……どうしたの?」


 その隣に銀の光がまるで燐光でも放つかのように揺れた。銀髪に、きれいな緑の衣を身につけた男が姿をあらわした。

 少年は目の玉がこぼれ落ちそうなほどになった。神仙だ!会えたのだ!

「ぶつかったんだ」


「……どうしたの、この子は迷子かな? おつきもつけずに一人できたの?」

 周りの人間は全く気もとめずに、否、皆、目の端で神仙を見とめて、一瞬だけ唇の端に笑みを揺蕩わせて去っていく。まるで神仙と少年だけが時間に取り残されているようだ。

 少年は口だけぱくぱくさせた。言葉が出てこない。


「見た感じは、だいぶいい家の子供のように見えるけれど、大丈夫かな?」

「わかるのか?」

「そりゃ着てるものを見れば一目瞭然……染めと織を見るんだよ。どういう布地を使っているかが分かればわかるでしょ。あと言葉! ちゃんと、ある程度文化的程度がわかるように通訳するようにプログラミングしてもらってるの、大変なんだから!」

 神仙さまたちがなにやら話しているが、早口で少年の頭にはまるで入ってこなかったし、どこが不思議な響きを纏っていた。

「あ、あの……」

 やっと声が出た。

 周りを行き過ぎる人々が一瞬ぎょっとしたように少年を見やるが、足を止めずに行ってしまう。

 いいんだ、神仙さまと喋って、どんな術をかけられようとやらなくちゃいけないことがあるんだ。

「ん? 坊主どうした?」

 黒髪の神仙が眉毛を片方あげた。

「お二人が神仙さまでいらっしゃいますよね? 元宵に灯籠を見にいらっしゃる……」

 ああやっと言葉が出た!

 少年は一気にそこまでしゃべると、膝からへなへなと力が抜けた。今度は銀髪の男が後ろから支えてくれた。


「神仙……」

 二人は顔を見合わせた。

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