3
少年は、人の波の合間を縫うように走った。
色とりどりの衣が彼の額を打った。そのあわいをすり抜けていく。さまざまな香の匂いがした。馴染みのあるもの、嗅いだことのないもの……そのまま顔を顰めたくなるようなむっとしたものもあった。みんな綺麗な色の綿入れを着こみ、微笑み、楽しそうにお喋りしながら歩いている。
年老いたの、若いの、男も、女も……灯市は、いつもは家の中にこもって出て来られないご令嬢たちも、おつきを従えて外に遊びに出て良い夕べだった。若い娘たちが、顔を隠しながら灯籠を見ては微笑んでいた。笑い声や話し声が漣のように耳に打ち寄せた。皆、この世の憂いごとなど忘れたようだった。そもそも憂いごとなどこの世にあるのだろうか。
満月の夜の人出は多い。それは、もちろん月が最も美しいせいもあるが、他にも理由があった。
――あの満月の夜、屋根の上に美しい二人の神仙がいらしたの、まるで誰かが描いた絵姿のように美しかったわ。
母の声が耳の奥でこだました。幸せそうな、楽しそうな、きらきらした笑顔だ。少年は走りながらぎゅっと拳を握った。
――あのお二人を見かけた年に、お前ができたのよ。本当に幸せがやってきたの。
何度も繰り返し聞いた話だった。
もう少しでお前のお父様と灯市に出かけようとしているところだったの。中庭に出て上を見上げたら、満月の灯に照らされてお二人が空を駆って、お隣の屋根に座るのが見えたのよ。深い緑と赤の衣がひらひらと闇に翻ってねえ。
その神仙に出会ったお話を聞くのが少年は好きだった。
元宵の夜に、二人の見目麗しい神仙が空を駆って灯籠を見にくる、という言い伝えがあった。その二人を見かけたものは、その年幸せなことがやってくる。ずっと前からそう言われていた。二人は永遠に歳をとらないらしい。
言い伝えというのは正確ではない。
少年は何人もが、毎年灯市に行っては、実際に、見かけた、見かけなかったという話を聞いた。
去年、少年の家に、嫁いできたばかりの
――ねえ、二人であそこの通りを歩いていらしたわよ、銀髪がさらさらとなびいて美しかったわ。
お付きの李媽もずっと若い頃に見たことがあるらしい。その話をするたびに、彼女の顔も見かけた当時のように歳を遡り華やぐのだった。
――美しいお召しものを着ておいでだったねえ。見事な紫だった。あれはどこで染めさせたのだろうね? 銀髪に紫が映えておいででねえ。もうお一人は、それは艶やかな薄青を着ていらして、軽やかに空中を駆けていかれたよ。あの年はたくさんの人がお二人を見かけて、紫の染めが流行ったったら!
誰しもが、人生のどこかで見かけた二人の神仙の話を楽しそうにした。その年最初の幸運をありがたがり、年の最後には、ああなんていい年だったのだろうと口を揃えて振り返るのだった。
みんな元宵の夜は外に出る。幸運にあやかりたくないものはいない。
だが相手は神仙だ、話しかけたりしたらどんな恐ろしいことがあるかもわからない。とかくそういうものは気まぐれなことがある。だから、見かけても話しかけない、ただ見るだけ、そんなふうに言われていた。
通りにくり出して、神仙が同じところを歩いていてすれ違ったり、どこかの
少年はどうしてもその神仙を見つけねばならなかった。出会って、その幸運を授けてもらわねばならないのだ。
灯籠が照らすぼんやりとした明かりの中を、ひたすら走った。一歩ずつの先のことしか考えられなかった。でも、もし、立ち止まった時、見つけられなかったらどうしよう。
注:五番目の妻。
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