第2話:工房街の恐怖あるいは神秘 (Fear and Arcane in Dreadnought)・レーヴ02


 僕はさっきパスされた空き缶の裏に、ただでもう一缶くれる『当たり』のロゴである『道に迷ったわんこ君』が刻まれているのを見て苦笑いをこぼした。このがめつい街のどこで交換してもらえっていうの?僕はため息交じりに空き缶を捨てて玄関のドアを開け、事務所に戻った。


「――――ん?あれ?これ、どうなってる……」


 事務所に戻った……つもりが、気づけば、ドアを背にして、『ベンチのある玄関前』に立っている。狐につままれたのか、僕はどうなっているのか理解しようと、いつもの癖が出てしまう。両手の人差し指で左右のこめかみをぐいぐい押しながら考える癖だ。考えるんだ、レーヴ。ドアを背にして目の前に広がる光景が『ベンチのある玄関前』なら、『僕が事務所の中から外へ出かけた』という事になる。だから、そのまま後ずさりしたら、きっと事務所の中に戻るはずだ。僕は、ゆっくり後ずさりを始めた。


( ――後ずさりしても事務所に戻らない?ふむ。どうやら、ニルヴァーナか? いや、ただのおもちゃレベルか。これは調べる価値ありだな )


 当然の理屈すら打ち砕かれ、僕は愛しの事務所に戻れないでいる。玄関のドアを開けてからを基準点にして、その中も、その外も、さっきまで僕がいた『ベンチのある玄関前』になってしまっている。僕は特注品の『ニルヴァーナ粒子探知機』を取り出し、すぐさまドアを検査してみた。


( ここには微弱ながらニルヴァーナ粒子を応用した力場がある。アーキタイプかキノタイプではないにしても、何らかの道具が人の出入りをシャットアウトしている…… )


 やはり、僕の推測は正しかったな。きっと、さっきの彼らの仕業だな。


「先程の逃亡者様たち?聞こえてますよね?あなた方が今いらっしゃる場所は僕の私有地なので権利行使を……」

「バカ!早く入って来いよ!もたもたするとやられるぞ!?」


 その瞬間、怒鳴り声と共に、まるで蜃気楼が晴れていくかのように玄関のドア向こうの風景が変わり始める。そしたら、中から手が伸びてきて、僕の胸ぐらをつかんで引き込んだ。そのあまりの強引さで僕はバランスを失い、盛大にすっ転んでしまう。どんな転び方をしてしまったら、胸ポケットに入れてあった名刺までもポケットから漏れて周囲に舞い散るのか……


「俺のトリックアイテムに驚いたか、ガキ?ははっ!泣くことはないだろうに……」


 無様に転ぶ僕の後ろから小馬鹿にしたような笑い声が聞こえる。誰も泣いてなんか無いんだが。まぁ、その声に悪意が無いのは伝わってきたのでそんなに怒る気にならない。正確には僕はとっくに興ざめしていて、別に何をされようが、どうでも良くなっているだけなのだ。たとえ、盛大にすっ転んでしまったとしてもな。そんな僕の目の前にはスタンドミラーがあったので、床に突っ伏したままの虚しい目でそれを眺めてみる――


 ぱっと見るからに18歳。薄いネイビー色のオールバック髪型。両眼の瞳は緑色。全体的にヒョロガリな体型。今朝着替えた胸ポケット付きのちょっと派手めなパーカー。どこからどう見てもこの探偵事務所レーヴの所長こと僕、『レーヴ』である。


 先程のつまらないトリックアイテムの件で僕はますます冷めてきたから、何のリアクションもせず、ごく普通の話をすることにした。


「あなた方、もしかしたら、依頼ですか?」


 スタンドミラーに映る風景の奥に見える二人の脚に向かってそう言い放ち、僕は少しだけ身を起こし、体育座りに姿勢を変えた。そしたら、一人が僕のとこまで歩いてきて、床に散り散りになった名刺を1つ拾いながら淡々と答える。


「ほう……探偵事務所レーヴか。こりゃいい。じゃあ、正式に依頼するぜ。依頼内容は俺たちの保護及び濡れ衣の調査。そして、俺たちの名は――」

「そっちのサル顔が賞金稼ぎ……いや、今は賞金首のカムイ・コトブキ。あたしは彼の助手ヤチコ・レイゲンさ。よろしく頼むぞ」


 その瞬間、間近で耳が裂けるんじゃないかってぐらいの爆発音が鳴り、僕たちは気を失った。いや、僕だけかも。


 聖エデン世紀 1160年 07月 21日 08時 09分

 探偵事務所レーヴ、壊滅

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