第2話:工房街の恐怖あるいは神秘 (Fear and Arcane in Dreadnought)・追跡者01

 時々、老師の口癖を思い浮かべることがある。『――その人間の在り方を形作るは、その人間の立場なりや』と、老師はよく門下生たちに説いていた。おれにはよくわからないが、要するに、人間というのは生まれつき良し悪しは存在しないらしい。最低の犯罪者もその立場になかったら、犯罪を起こしたりしなかったかも知れないとか。逆に、大衆に善良なイメージで通っている決戦教団Religion Bataille Decisiveの枢機卿もその立場になかったら、最低の犯罪者になっていた可能性もあるという理屈らしい。いまだおれには老師の教えはよくわからん。昔、あまりにも理解しないおれを見かねたのか、老師は『森羅万象は表裏一体なりや』と、更に教えを説いたこともあった。


『やはり、よくわからん』


 老師のさらなる教えを聞いても尚、おれは首を傾げていた。しかし、そう、よくわからない物は、わかりやすい物に変えてやればいいじゃないか。突然、閃きが降りてきたのだ。当時のおれの閃きに気づいたのか、他の門下生たちは『老師への反逆者が現れた』とカンカンに怒っていた。なにを馬鹿な。おれは老師をわかりやすい物に変えてやるついでに、他の門下生たちにもそうしてやった。シンプルな作業だった。おれは、そのシンプルな作業の間、自分に降りてきた閃きを自らに説いていた。


『その人間の在り方は結果だけが語る。森羅万象は裏表を持たない自然体である。その過程を創造すはこのおれなりや』


 鋭いワンツーストレートで老師の顔面を爆砕させ、流れるような動きで繰り出した中段回し蹴りは門下生たちの体を横に二分割した。


『ようやく、わかりやすい』


 当時のおれは人生も武闘も何もかも難しく思っていた。自分の在り方を定められなかった。しかし、自分に説いたこの閃きがすべてを明確にさせてくれたのだ。そう……世の中によくわからない物、難しきが蔓延るのなら、おれはそれをわかりやすい物に変える善意の伝道師となろう。これからの人生においても試練に出くわしたら、きっとそうしてあげよう。そう誓った。


 だから、いま追っている訳の分からないネズミ共も、わかりやすい物に変えてやろうではないか。そうしてやればいいだけの話だ。


「おーい!!灰色の瞳野郎!!拳で壁という壁、洗いざらい破壊すればいいってもんじゃないんだぜ?俺たちを捕まえてみろ!!世紀の怪盗、この『寿』をな!!」

「馬鹿ムイが。自分の口で『世紀の怪盗』だなんて惨めにも程があるぞ!!挑発はいいから、急げ!」


 バカめ。この素敵な灰色の瞳がどうしたと言うのだ。『寿』はベンチでくつろいでいる少年とやりとりしては、わざわざおれの挑発までして建物に上がり込んだ。その看板は……『探偵事務所レーヴ』か。あの少年もグルかもな。それにしても、なかなか捕まらない奴らだ。この工房街ドレッドノートに出入りする全ての者はコーボーくん達によって隈なく記録される。なのに、『どこからと無く現れては、あっちこっちでトラブルを起こし、何の痕跡も残さないで消える』らしい。その情報通り、奴らはおれの嫌いなよくわからない奴らのようだ。しかしながら、面白い。決戦教団からの葬り屋依頼が来たのは幸運と言ってもいい。


『面白い奴らを、わかりやすい物に変えてやれば……もっと良いものになるだろうな?』


 おれは二つ返事で依頼を承諾し、あの『寿』を追っているのだ。すでに決戦教団の建物を2軒――いや3軒ほど、粉にしてしまったが、それは『寿』こと、カムイ・コトブキとヤチコ・レイゲンがやったことにしておこう。すでに、おれがやったことだという噂が流れているだろうが、どっちみち、クライアントはおれの報告と請求を呑み込むしかない。それが契約条件だからな。工房街ドレッドノートの噂は恐ろしいものだが、契約条件そのものが噂に影響されない内容であれば怖いものは何もない。



――つづく――

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