第2話:工房街の恐怖あるいは神秘 (Fear and Arcane in Dreadnought)・追跡者02

 工房街ドレッドノートは噂が好きな街で、噂はあっという間に街全体に広まる。特に新規旅行者の噂は最高のタネだ。その新規旅行者は地獄を味わうだろう。街のみんなが敵に回るということだ。もちろん、直接的な攻撃は加えないが――例えば、ホテルだ。新規旅行者がそのホテルの605号室で泊まったら、そいつらが街を出ていくことを断念するまで、誰かによって605号室のドアには鍵がかかるのだ。いつの間にか窓も閉鎖される。鍵をかけて窓を閉鎖したその誰かとは、ホテルのオーナー、掃除係、隣の部屋の客、あるいは、ホームレスか、はたまたタクシー運転手か……犯人は誰でもいいし、永久にわからない。ルームサービスは来ない。電話も通じない。叫んでも誰も答えてくれやしない。結局、新規旅行者は街を出ていくことを諦め、工房街ドレッドノートの一部となる。人を喰らうという工房街ドレッドノートの悪名はこうやって出来上がるのだ。


 そんなドレッドノートには名物ネズミ狩りがある。指名手配犯が公式的に誰かに追われるようになったら、その追う側は必死になって追うことはない。優雅にブランチを食べて、紅茶一杯の余裕を楽しめばいい。そうしている間にも指名手配犯は自動的にピンチに追い込まれていく。追う側には全ての情報が勝手に揃うのだ。街のみんなが『お駄賃』目当てで追う側に情報を売ってくるなど、色々と協力してくれるからである。


 それなのに、おれはいま珍妙なネズミ狩りをさせられている。ネズミ共はピンチに追い込まれてもいないし、追う側であるおれに情報も揃わない。まさか、『寿』の人望ってヤツか?結局、おれは必死になってネズミ共を追うことにした。


 そのネズミ共は賞金稼ぎを騙り、保安警備の名目で決戦教団記念博物館に潜り込んだら、その最深部に眠る重要展示物を盗み出したとか。これは決戦教団の永き歴史上でも前代未聞の出来事らしく、見せしめが必要だってことで、おれが雇われたわけだ。おれは決戦教団所属の便利屋でも何でもない、ただのフリーの掃除屋にすぎんが……勝手に葬り屋と勘違いして依頼してきたのだ。なにやら、『犯罪者という名のゴミを掃除する』とか言う暗喩にでも思ったのだろうか。国家機関という連中はこういう使い勝手のいい犬っころが好きらしい。犬畜生のことは同じ犬畜生がよくわかるってことか。


 それじゃ、探偵事務所レーヴは『寿』の損害賠償その4軒目にしよう。


 瞑想するかのように集中を始め、力を溜めたら、脳の奥からおれによく似ていてどこか違う姿の悪魔が浮かび上がり、やがて、おれと同化する。その気になったら、こいつだけ戦わせる事も可能だが……今は同化させて、おれのパワーを上げるだけでいい。何も、アーキタイプ先天的能力キノタイプ後天的能力、そして、それらを使う時に、脳の奥から浮かんで来るこの悪魔は、みんな『摂理』とかいう物からの恩恵らしい。どっちみち……おれにはよくわからないし、興味もない。おれのアーキタイプの餌食になってグチャグチャにされた看板が楽しみだ。


「壊れるなよ?生け捕りという命令だ。――行くぞ!カイオト・ハ・カChayot Ha Kodeshドッシュ!!!」


 超一点集中の正拳突きが炸裂すると、轟音と共に目の前にあった建物がふっ飛び、やがて建物は粒子状になって地面に降り注ぐ。そして、おれの期待通りに看板も落ちてくる。その看板は風圧で飛ばされただけなので、グチャグチャになるぐらいで済んでいる。だからこそ芸術性に富むわけだが。


 ――ん??看板の下に光るものは何だ?


「ああ。最近流行りのファッションブランドであるStrayなんとかのキーホルダーか。何で猟犬の絵がロゴなのだ?よくわからないし、くだらん……」


 キーホルダーを踏みにじり、踵を返して歩き出したおれは、一度だけ後ろを確認し、改めて理解する。『探偵事務所レーヴ』をわかりやすい物に変えてやったことを。



――3話につづく――

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