第2話:工房街の恐怖あるいは神秘 (Fear and Arcane in Dreadnought)・レーヴ01

 人間という生物は不思議なもので、高度な社会と高度な知識が整ったら、出産率がガタ落ちするらしい。それはこの工房街ドレッドノートにも当てはまるという発表もあったっけ。ただし、その逆は出産率が伸びに伸びる傾向があるとか。僕にはこの統計の正確な理屈はわからないが、僕の浅はかな推測だと、『高度な社会や高度な知識という物理的-精神的インフラが整った事による暮らしやすさは、そのまま生物としての生存本能や生殖本能に影響し、せがれを必要としなくなる現象なのでは?』という結論に至った。


「せがれ――か。僕には縁のない話だな。生まれてこの方一人ぼっちだし、女子に告白なんてしたこともないし……」


 もちろん、社会学者でもなければ、学生ですらない僕の個人的な研究や思索は世の中に何の足しにもならないし、当の僕もそれをしっかり認識している。しかし、人を喰らうという恐怖と神秘の工房街ドレッドノートの一員として、この街に対する理解を深めたいと思うのは不自然では無いはず。そう、僕はこの吹き溜まりの存在意義が知りたい。


 道行く人にいくら聞いても工房街ドレッドノートに郷土愛を持ったりするのはおかしいと言う。せめて、『普通ですー』程度に評価する者すら誰一人として居ない。その割には、この街に改革をもたらそうという指導層はいないし、革命を画策する政治経済勢力も存在しない。誰もが驚くほどにこの街を悪く言いながら、驚くほどにこの街を維持しようとする。


( 言うなれば、嫌いになれないってのが、工房街ドレッドノートの魅力なんじゃないかな?だって、この街には、無いもの以外は全部あるんだから )


 世にも陳腐な独り言をつぶやいてみたりして。しかし、この街にはこの街の長所がある。あくまでもオブラートに包めば……の話だけど。まぁ、短所が大きすぎるから、長所なんて見えないんだろうな。工房街ドレッドノートは典型的な犯罪と快楽にまみれたメトロポリスだ。いくら取り繕うとも、膿が漏れ出る。


 そんな、腐りきった工房街ドレッドノートの日常は殺伐としている。空高くそびえ立つ摩天楼郡を背景とし、極東風美人の踊るホログラムは夜な夜な炭酸飲料の宣伝に映し出される。極東風美人の踊りが炭酸飲料キッカス・クーラーKICKASS COOLERの宣伝に一体どんな関係があるのかは誰も説明できないけど、宣伝効果だけは抜群なのだろうか、昼夜鳴り止まない銃声から逃げ惑う逃亡者達の手にはいつもキッカス・クーラーが握られている。例え、流れ弾が逃亡者達の太ももを掠って血が出ようとも、逃亡者達はキッカス・クーラーだけは離さない。逃げて逃げて息切れが激しくなったときに迅速にコンディションを整えるため、キッカス・クーラーは肌身離さず逃げ惑うのがセオリーだとか。足を止めれば即刻ハチの巣にされるから当然な風習だと言えるだろう。まぁ、誰だって体が風穴だらけのまま永遠に生きていきたくはないというわけ。だから、その逃亡者達がキッカス・クーラーを手放す時は決まっていつも――


 僕の目の前に現れて飲み干したキッカス・クーラーの空き缶を投げてくるときなのだ……って、そんなことあるか!


「ク――!!いつもキッカス・クーラーは美味えわ!そこのガキ!空き缶あげるから、ちょっと俺たち匿ってくれねえか!?沈黙を以て肯定の念を示したまえ!」

「もちろん、あたしたち何もやましい事はしてないから、安心していいぞ!?」


 そして、彼らは玄関前のベンチに座ってくつろいでいた僕に無理な申し出をぶつけてきて返事も待たず勝手に僕の自宅兼職場『探偵事務所レーヴ』に入って行くのだった……


 それを他人事のように見届け、何の感想も浮かんでこない自分の感覚のズレ加減にはほとほと感心するものがある。あの人達は見慣れない顔だし、きっと新規旅行者なのだろう。工房街ドレッドノートでの立ち回りをわきまえず、好き勝手やってくれたら3日も経たないうちにあんな事になるのが、工房街ドレッドノートの恐怖あるいは神秘ではないだろうか。とにかく、誰に追われているかは知らないけど、このままだとベンチに座っている僕からまず追跡者に狙われるだろう。とんだ面倒ごとに巻き込まれてしまったようだが……仕方がない。こうなったからには、とことん付き合うしか無いな。



――つづく――

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