飛翔せよ、死の天使(アズラーイール)

丸毛鈴

飛翔せよ、死の天使(アズラーイール)

 カブトムシのような機械兵器が大挙して押し寄せ、それをヌートリアに似た生物兵器が迎え撃つ。マシンの甲虫が粘液のようなものを吐き出し、ヌートリアの肉が溶ける。あるいはヌートリアが硬い前歯で甲虫をかみ砕く。

 その後ろでは、とてつもなく巨大なブロックで作ったようなロボット同士が組み合い、合間を縫ってドローン型の兵器が飛来し、ビームを放つ。それが地上に被弾して、甲虫もヌートリアもはじけとび、肉片と部品となって宙を舞い、降り注ぐ。


 地獄絵図だった。


 俺はそれを、いつの時代のものかわからない、巨大な宇宙船の影に隠れて見た。惑星探査用の活動服のごわごわしたグローブをつけた手で、調査機関から渡された旧式の光線銃を握りしめる。自律して動くあれらの兵器に、こんなものがとても通じるとは思えない。


――死にに行けと言っているようなものじゃないか。


 実際、そうなのだと思う。


 ここ、惑星ソロンソで鉱物資源をめぐり、二つの大国が戦争をはじめたのは百五十年ほど前のこと。それぞれが自律型無人兵器を逐次投入した結果、収集がつかなくなり、人類は星を脱した。やがて国が滅び、政治体制が変わり、兵器を開発した学者やエンジニアたちはこの世を去り、終わりなき戦場だけが残された。


「ジーンさんには、その調査をしてきてほしいのです」


 あの日、合皮が破れてスポンジが露出したソファに腰かけて、髪を七三に固めた政府のエージェントが俺に言った。


「ソロで?」

「報酬ははずみますよ」


 俺はたしかに紛争地域の土壌汚染調査が専門のフリーランスだが、何が起きているか誰も知らない死の惑星なんて行く気はない。はず、だった。


「ソロンソでただ映像を撮ってきてくださるだけでいいんです。酸素はありませんが、疑似重力が装置があるようで、探索にそれほどの技術はいりません。プロジェクト参加で報酬は3000万。以後、1時間ごとにボーナスをつけて報酬を積み上げ、72時間で3億。マリエルさんのボディ代と手術代にも十分だと思いますが」


そう、俺には金が必要だった。世界で六例しか確認されていない難病にかかり、十まで生きられないと宣告された娘のために。


「ソロンソには鉱物資源のほか、強大な兵器が眠っているとのうわさもあります。それに関連する映像が撮れたら、報酬は倍に」


メカニカルボディに完全に乗り換えることができれば、あの子はまだまだ生きることができる。それには、金。


 こうしている間にも、活動服のヘルメットに仕込まれたカメラから映像データが地球まで送られ、報酬は積み上がっている。俺はヘルメットのバイザー兼モニターを操作する。目標の報酬額への到達時間まであと10分。安い中古のメカニカルボディであれば、満額である必要はなく、1億5000万もあれば手が届く。72時間の活動を終えれば、迎えの船が来ることになっているが――。


 そのとき、ズヌヌヌヌと不穏極まりない音がした。ヌートリアと甲虫が爆発四散したあたりの地面に、アリ地獄のようなものが現れる。中心に向かって肉襞が波打つそれの中央には、二つの目と虚無そのものの穴がある。穴に向かって、散らばったヌートリアの血肉と甲虫の部品が吸い込まれていく。ここへ来て24時間観察していたところによると、兵器たちはああして回収されて再生され、終わりなき戦争に投入されている。


 と、そのアリ地獄から逃れ、ヌートリアの生き残りが一匹、こちらへと駆けてきた。粘液で溶かされた皮膚から赤い肉が見え、鋭い前歯を抜き出しにし、弾丸のような勢いで駆けてくる、イエネコぐらいの大きさの齧歯類。


「うわああああああ」


俺はとっさに光線銃を撃った。アリ地獄のふたつの目が俺をとらえ、俺の目の前の地面がアリ地獄と化していく。そのうえ、生き残ったヌートリアと甲虫たちがアリ地獄を迂回し、俺に向かって押し寄せてきた。


 あと7分、あと7分なのに。


 そのうえ――。俺の目の前で、砂塵が舞い上がる。その向こうに姿を現して着地したのは、あの「死の天使アズラーイール」だった。五メートルはあろうかという人型の体躯。その頭部から鎖骨のあたりにかけては無数の目がぎょろつき、腹から下には同じく数え切れないほどの口が開き、唇の合間に舌がひらめく。ふたつの丘のように盛り上がった肩からは長短さまざまな腕が映え、思い思いの方向に動いている。そして、背中には虫のような四枚の翅。


 過去の調査員が送ってきた最後の映像には、必ず映っていた存在。おぞましい姿のそれは、この世のものとは思えない叫び声をあげた。


――やばい、喰われる。


俺が見た過去の映像は、すべてバリボリと骨を砕き、肉を喰う音で終わっていた。俺は目を閉じた。が、覚悟した痛みはいつまでたっても訪れなかった。


「キシャアアアアアアアアアアアアア」


 目を開けると、死の天使が、ヌートリアと甲虫をなぎ倒していた。あのアリ地獄も、天使の足元で止まっている。


 俺は、守られているのか。


 戸惑う俺に「死の天使」はひざまずき、あまたの腕がうごめく肩を近づけた。俺を求めるように伸びる腕たちに、思わずあとじさる。やがてそのうちの一本が俺をひょいとつまみ、「死の天使」は大地を蹴って飛翔した。俺は血肉と機械部品が舞い散る戦場の大地を上空から見た。

 間髪入れず、俺たちを目がけ、西からドローンの隊列が大挙して飛来する。花火のように光を放つビームが放たれ、死の天使の手が、腕が俺を覆って被弾する。指が散り、血を吹いて地上へと落下していく。

 ドローンの攻勢も長くはつづかない。地上からあのブロックで作ったかのようなロボットが、追尾ミサイルのようなものを発射しはじめたからだ。そのすきに、天使は離脱し、俺が隠れていた場所へと戻った。


 すでにアリ地獄はそこにはなく、ヌートリアと甲虫たちもどこか別の獲物を探しに去っていた。


「ありがとう……助けてくれたんだよ……な」


俺は天使に礼を言う。カウンターはあと5……4……3……。この天使と一緒なら、俺は72時間を生き延びられるかも……。そのとき。一機のドローンが、巨大なロボットの手に弾かれたのが視界の端に入った。そこからビームが放たれ、俺に向かって――。


 視界が赤く染まった。熱い、痛い。


 春、マグノリアが咲くなかを。まだ元気だったあの娘が駆けていく。夏。海。「おとーさーん」マリエルが呼ぶ。波打ちぎわ手を振って。車いすが落ち葉を踏んだ秋。俺はあの娘のひざ掛けをかけ直して。「きっとよくなるよ」。雪が降り積もって。同じぐらい白い服を着た医者が言う。「残念ながら。十まで生きられません」。


 やがて、バリ、ボリと骨が砕ける感触と音。やめろ、やめてくれ。やっぱりこいつは死の天使だったのか。俺のからだにパタパタと雫が垂れる。お前、泣いているのか。


 暗転――。


 俺は、「俺たち」となって目を覚ます。戦場のあらゆるものが俺には見える、聞こえる。俺たちは――ジーンという男を仲間に加え、新たな俺たちになる。


――また、また、また守れなかったァァァァ!


俺の、俺たちの心の痛みが、千の口から漏れ出る。俺たちは目という目で探す。生きている知性体、すなわち人類を探す。


 ジーンから俺たちになりきる直前に、俺は理解する。まだこの星に人類がいたころ。暴走する兵器から人類を守るために作られた守護天使、それが俺たちだ。どちらの陣営の機械兵器も生物兵器もまとめてなぎ倒し、この星にいる人類だけを救う「死の天使」。


「キシャアアアアアアアアアアア」


俺たちは巨大な足で、千の腕で、群がりくるヌートリアを薙ぎ払う。守る守る守る守る守る守る。人類以外はすべて殺す。俺たちは死したる人類を発見したらば、ひとつとなって「格納」する。そうして尊厳を守る。


 戦場を駆けるうち、空にひとすじの光が流れる。誰かがやってきた。おそらく、人類だ。今度こそ、守る、守る、守る……! 俺たちは、俺たちは、今度こそ本懐を遂げるため、四枚の翅を開く。空をふるわせ、俺たちは雄叫びをあげ、兵器どもに汚染されきった土を蹴って飛翔する。


 砂塵の向こうで、繭のようなポッドが開き、そこから出てきたのは、人類の幼体だった。それも生身の。

 目の前に現れた俺たちを見て、「ひっ」っと息をもらし、腕の中のぬいぐるみを抱き寄せたのもつかの間。やがて幼体は青い瞳で俺たちをじいっと見た。俺たちの意識にピリッと電流が走るような妙な感覚がある。


「あなた……守ってくれるの……?」


 幼体はちいさな手をさしのべた。握手握手握手握手握手……! これぞ敵対意思を持たぬ知性体同士の流儀……! 俺たちは何百年ぶりの知性体との平和的交流に歓喜する。


千の手をうぞうぞと伸ばし、いちばん端にあった手が、幼体の手を握る。そのやわらかな感触に、「俺たち」のひとつが何かを思い出す。


「マリエルウウウウウウウウウウウ」


守る守る守る守る守る、今度こそ守る。みなぎる意思のもと、俺たちは千の腕が伸びた肩のてっぺんに幼体を乗せる。


「さ、行こ! あいつらみーんな殺して、古代兵器をぶんどって、地球を焼き払おう!」


 幼い手が、地平を指さす。はためく四つの翅が、有害物質を巻き上げる。が、少女が涼しい顔で異形の“肩”に乗っていた。


 少女の形にあふれんばかりの怨嗟を詰め込まれたサイキック兵器と人類の守護者はそうして出会い、惑星に新たな地獄を顕現させた。

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飛翔せよ、死の天使(アズラーイール) 丸毛鈴 @suzu_maruke

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