第11話 ルームメイトと和解せよ
寮に戻ると、購買で買った出来合いの夕食を頂く。俺はのり弁をつつき、犬飼はクリームパンを齧る。冷めると嫌なので食べ終わってからにしようと思ったが、味がしなかったので諦めて、半分ほど残った弁当を机の脇に寄せた。
「犬飼、俺が怒っているのは分かるか?」
「ああ」
「じゃあ、何で怒っているのかは?」
「俺の短慮で、優太郎に不利益を被らせてしまった」
「違うよ。他に心当たりはある?」
犬飼の手が止まる。予想通り、理解していないようだった。溜息を吐いて、下から覗き込むようにその男性な相貌を見つめる。相変わらず感情は薄いが、視線がうろうろと彷徨っているのを見ると焦ってはいるのだろう。
「……絶交しないでくれ」
「それはお前次第」
犬飼の肩が跳ねた。ショックを受けている。俺は確かに、彼のこの手の懇願を拒絶したことが無かった。
「犬飼は言ったよね?俺が大事だ。友達だから、いち早く助けたいって」
「その通りだ」
「俺が同じ気持ちをお前に向けるとは思わなかった?」
尋ねれば、灰色の瞳が僅かに見開かれた。完全に固まってしまった犬飼に、俺は畳み掛けるように続ける。
「お前は、自分が人質たり得ないと考えていた。俺がお前を顧みることなんてないと。それに『あとからどうにでもなる』とは、何もあの連中を黙らせれば済むと言うだけの意味でもない。それはお前自身に関してもって意味だ。退学させられて、牢にぶちこまれても構わないって。俺さえ助かれば、自分が──犬飼春彦がどうなろうとどうでも良いと。そして、俺も同じように考えるだろうとお前は本気で思ってた」
顔が熱い。ここまで捲し立てて、俺は自分の口調が叫ぶようなものに変わっていたことに気付いた。肩で息をして、視界が滲んで。これでは癇癪を起こす子供である。
犬飼もまた、まんまるに目を見開いている。こいつがこんなに驚く表情を、俺は初めて見た。
「俺はそんなに薄情な人間に見えたか?」
「いや、」
「友達が自分のために退学させられて。俺がそれを平気で許容する人間に見えたか?」
青龍寮でもそうだ。『学校にいられなくなる』と言われても、犬飼は『受け入れるだけだ』と言った。
悔しくて、腹立たしくて。そして何より悲しかった。
犬飼は強い。ちょっと現実離れした身体構造をしている。
けれど俺は、犬飼がそれを自分のために使ったところを見たことがなかった。犬飼が手を上げるのは、決まって俺を助けるときだけだった。入学当初、クラスメイトから理不尽に罵られた時だって、不当な醜聞を流された時だって。こいつはいつも、黙ってそれを受け入れていた。その気になれば簡単に捩じ伏せられただろうし、それを責める人間もいなかっただろうに。
誰よりも、こいつが普通の学生としての幸せのために努力してきたのを知っている。そして誰かのためなら、最初から諦めてるみたいに、簡単に自分を捨ててしまうことも。
「…………俺だって、お前が大事なのに」
お前を大好きな人間の気持ちはどうなる。
犬飼が息を呑んだ音がする。顔を上げる。拍子に涙が頬を滑って、完全に自分が号泣していたことを理解する。
俺に睨まれて、肩を揺らす。犬飼の唇が、何か言いかけたように開いては、すぐに閉じた。
視線を伏せて、残りの弁当へと箸を伸ばす。磯部揚げの味は相変わらずしない。加えて妙にしょっぱい。それは俺が泣いてるからか。泣きながら白米を食うシーンが感動的な映画があったな。あれはなんだっけ。
そんなことをずっと考えているうちに、弁当は無くなった。弁当を食べ終わるまで、犬飼は何も言わなかった。俺は俺でこれ以上泣き顔を見られたく無かったので、さっさとベッドに潜った。「優太郎……」と縋るように呼び止められた気がしたが、「おやすみ」と遮って寝返りをうつ。
目を閉じて、考えるのはこれからのことだ。
腹立たしかった。ここまでイラついたのは久方ぶりだった。関わったやつ全員が地獄に堕ちれば良いと思った。
バカで、弱くて、どう頑張っても友人の足枷にしかならない自分。
縄で巻いて地面に転がしたやつ。
俺が面倒に巻き込まれると分かっていて、足元を見るような手紙を寄越してきたやつ。
…………犬飼を利用しようとしたやつ。
「嫌いだ……」
呟いた声音は、重い怨嗟に塗れていた。
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