狂気の片鱗


 唐突だが、兵士の給料は日給制である。つまり…1日置きに王宮に呼ばれている以上…給料も半減である。


「(こないだの150万が無ければ、大赤字だったよ!もう…!)」

『ニコラ?どうかしたかい?』

『あ…っ!すみません、なんでもありません』


 にこ… と微笑みを作る。時は金なり…こうして皇子と過ごす間、本来ならお金を稼いでいるはずだったのに…!

 向かい合うテーブルの下でこっそり拳を握るニコラに、ステランはフフッと笑いかけた。


『さて…僕の滞在は来週まで。きみとこうして過ごせるのも、もう1週間を切ってしまった』

『ええ…残念です(わたしと話すヒマあるの…?)』

『せめて、明日も明後日も…毎日会いたいな』

『光栄です。ぜひお呼びください(うあああああっ!!ふーざーけーるーなー!!!給料寄越せー!!)』


 微笑みの下に本音を隠す…まだまだ貴族としていけそうだ。


 ステランはティーカップを置き…一息ついてから、真っ直ぐにニコラの目を見つめる。


『…僕の初恋の子…ニコラ』


 ピクッと反応してしまった。

 いや…同名の別人、のはず。だよね?


『彼女はね…臣下の婚約者だったんだ』


 だらだら。汗が流れる。


『その臣下は州候という…ツェンレイには5家しかない高位貴族の1つで、地位的には皇家の下となる。他の貴族からは一目置かれ、我々皇族も下手に刺激してはいけないんだ』


 汗が冷えたのか、血の気が引いた気がした。


『彼女とは1回しか会っていないが。その時…』




 ステランとニコラ(仮)が出会ったのは、州候の屋敷。婚約者としての交流を深めていた時。

 やんちゃ坊主だったステランは、近くまで来ていたので…アポ無し突撃をした。


『殿下、どうなさったのですか?』

『やあ、ルーファス候。いやね、遊びに来ちゃった!』

『全く…仕方ありませんね』


 ルーファス(仮)は苦笑いしつつも屋敷に入れる。こういった優しさに、ステランは懐いていたのだ。


『へ…か、彼女は…?』

『私の婚約者ですよ。カンリルより来てくださった、ニコラです』


 そこには…明るい髪色で、困ったように眉を下げ、控えめに微笑む年下の少女がいた。

 ステランを認識すると、ルーファスの腰に隠れてしまったが。


『ルーファスさま。そちらは…?』

『大丈夫ですよ、ニコラ。彼は…』

『あ…っ!よっ、用事を思い出した!!じゃ、ぼくはこれでっ!!』

『『えっ』』


 ぴゅーっ!! 脱兎のごとく逃げるステラン。顔が熱くて、胸がドキドキして…!途中2、3回転んだ。

 皇宮まで逃げ帰った後も…寝ても覚めても彼女を思い出し。食欲も落ちて…悩ましげにため息をつくことが増えた。


 そうだ…僕はあの時。怯える小動物のような愛らしい貴女に、恋をしてしまったんだ…





 と、そこまで聞いて。ニコラ(現在)は震えが止まらない。


「(お…思い出したーーーっ!!ルーファス様と楽しくお茶にしていたのに、邪魔しに来たあの少年!!会ったのはあれ1回だから、完全に忘れてた…!!)」


 そう…彼らは確かに、顔を合わせたことがあったのだ。ニコラはお邪魔虫としか認識してなかったが!


 ニコラの明らかに動揺した様子を見て…ステランは口角を上げる。


『さて…不思議だね』

『っ!?』


 いつの間に席を立ち、隣まで来ていたのだろう。ニコラを見下ろす視線が…熱い気がする。


『ねえニコラ。きみは今、何歳?』

『16…ですが』

『うん。僕は17でね…あのニコラも、僕の1つ下なんだ』

『偶然、ですね』

『ふふ…しかもきみは、カンリル出身らしいね?

 この髪と目の色…後は性別が女性だったら、完璧だったね?』

『………………』


 これは、もう。何を言っても…無駄かもしれない。喉をごくりと鳴らし、怯えたように目を伏せた。


『!?』

『僕はね…ルーファスに言ったんだ。ニコラの婚約者という立場を、僕に譲ってくれとね』


 ステランはニコラの手を取り、甲にキスをした。


『まあ断られてしまったんだけど。どれだけの条件を提示しても、決して首を縦に振ってくれなかった』

『え…』


 そんなことがあったなんて…知らない。守られていたんだ…少しだけ胸が温かくなった。


『でもニコラは、失踪してしまった…母君と共に』

『!失踪なんかじゃ…っ!!』


 反応してしまった。失踪じゃない、追い出されたんだ!と声を大にして言いたかった!急いで自分の手で口を塞ぐも、手遅れだ。

 ステランの口元は弧を描き、恍惚とした表情でニコラの腰に腕を回す。



『ああ…やっぱり、きみだ…!そうだよね、ニコラ?きみはあのニコラだ…!』

『…………』

『会いたかった…ずっと、あの日から…』


 ニコラは絶対に肯定しない!と口をぎゅっと結ぶ。


『ひぃっ…!?』

『ニコラ…ようやくきみを、この手に…』


 気付けば…すぐ目の前にステランの整った顔があり。次の瞬間…



『殿下っ!?』


 護衛で立っていたダスティンの声が部屋中に響いた。


 ステランは…ニコラと唇を重ねていたのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る