手紙


 ニコラの手紙だが…考えた末に、他の手紙に紛れさせることにした。

 レイリアは慈善活動を続けており、孤児院に訪問なんかもしている。そこの子供達から手紙が届くことがあり…コッソリ混ぜた。




「殿下、お手紙が届いています」

「ありがとう」


 ふう…と息を吐き、レイリアは手を伸ばす。運良く混ぜた次の日に、彼女のもとに届けられた。

 手紙には拙い文字で「ありがとう」とだけ書かれているのが大半で、基本的にかわいらしい絵が描かれている。


「ふふ……え…!?」


 読み進めるうちに、ついにニコラの手紙に辿り着いた。


「(ニコラ…彼よね?どうして…)」


 まだ自分を恨んでいるのだろうか。心臓が早鐘を打つ。読むのが…怖い。けれど逃げてはいけない…と分かっている。



 悩んだ結果…最後に読むことにした。

 目を閉じて深呼吸。決意して、封を切った。




〈王妹殿下

 ご無沙汰しております。先日助けていただいたニコラです〉


「……んふふ…っ」


 まるで昔話のような始まりに、1人笑うレイリア。


〈挨拶は省略させていただきます。

 ボクはまだ、あなたにお礼を言っていませんでした。遅くなってしまい申し訳ございません。

 路地裏から救出していただき…ありがとうございました。これは本心です〉


「え…?」


 だって、あの時。ずっと放っといたことを…今更、と言っていたじゃない。

 ニコラの真意が分からない。なので読み進めることにした。



〈ボクはあの時「なんで今更」と言いましたね。それも本心です。そして…今もそう思っているのは事実です

 ここに記すのは、全てボクの本音です。ご不快に思われたら、この時点で破り捨ててください〉


「……………」


 喉を鳴らし、覚悟をもって読む。




〈国の救援が間に合わず、亡くなってしまった人がいるのも確かなのです。

 たった一切れのパンが食べられず、飢えて死んでいった子供。

 苦しみに耐え切れず、自ら命を絶った人。

 身を売るしかなかった女性、泣く泣く娘を売りに出した夫婦。

 病気の妹を救うため、人を手にかけた青年。

 ボクはそんな人達を見てきました。たくさん、たくさん。


 国を立て直すのは難しいでしょう。特に国王陛下は若くいらっしゃる。

 先王を支持していた貴族は、我が身可愛さに反発するでしょうし。民を思いやる善良な貴族は、新王を注意深く見極めるでしょう。

 ただ殿下が直々に動かなくても。先王が崩御してすぐ…人を使って、僅かでも貧困層に援助はできたのでは?と思っていました〉


「……………」


 レイリアは読みながら、涙を流していた。

 自分にそんな資格はない…と分かっているけど。これ以上目を逸らすことは、しない。



〈ですが…助かった命があるのも事実なんです。ボク、アール、エリカ、スピカ、マチカは今、幸せに暮らしています〉


「え…?」


〈助かってすぐは、国に対する不信感が強かったけれど。生活が落ち着いて…考えることができるようになりました。

 あなた達もまた、被害者なのだと。多くの誹謗中傷も受けたでことしょう、ボクもその中の1人なのでしょう。本当に、申し訳ございませんでした。


 殿下はあの日、病室で。ボクに謝罪をしてくださいましたね。ですがボクには…あなたを許す、などという資格はございません。

「助けてやった」という旨の発言をした騎士達は別です。絶対許しません。


 むしろボクのほうこそ、酷い発言をしてしまい申し訳ございませんでした。許してもらえるなどとは思いません。



 あなたは間違っていません。正しい道なんて誰にも分かりませんが…後悔なんて、し始めたらキリがありません。

 ボクのように、あなたを非難する愚か者もいたでしょう。偽善者だ、と言われたこともあるかもしれません。

 ただあなたの行動で、ボク達のように助かった者は大勢いるはずです。ですからどうか、ご自分を信じて前に進んでください。


 でも、忘れないでください。

 人知れず絶望の中、命を落とした人々がいたことを。

 あなたがその人達の無念を背負う必要はないけれど。ただただ、覚えていてほしいんです。



 最後にもう1度。助けてくださって、ありがとうございます。

 あなたの勇気に称賛を。王国の未来が栄えあるものだと願います。どうかご自愛くださいませ。


 ニコラ〉


「う…うぅ…っ!」


 読了後…レイリアは手紙を握り締め、嗚咽を漏らす。




 ずっと…幼い頃から「暴君の娘」として謗りを受けてきた。

 父の圧政で苦しむ民がいると分かっていたけれど、無力な自分は何もできなかった。




 ニコラのように…「なんで今更手を差しのべる!」と憤る者も多くいた。

 それらを全て受け入れて…がむしゃらに頑張った。


 それでも常に不安が付き纏っていた。自分は…正しいのだろうか、と。


「……そっか。私は…誰かに「あなたは間違っていない」って、言ってほしかったのね…」


 それだけで、頑張れる。まだまだ、前を向ける。

 私の方こそ、ありがとう。貴方はきっと、私の希望の星になるでしょう。


 涙を拭いたレイリアは、とても晴れやかな表情をしていた。そしてペンを取り…



「ニコラへ…

 お手紙ありがとう、とても嬉しかったです。私は…──」

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