長い夜


「「………………」」


 とりあえず…2人共怪我人なので、ベッドに並んで腰掛ける。心なしか、1人分空いてるけど。


「………ロット」

「……なんだ」

「さっきの話だけど」

「!」


 ニコラは回りくどいのは嫌いだ。なので前置きも何も無く、帰り道の会話の続きを始めた。


「ユニコーンって…」

「その話はもういい!お前は…自分を大事にしろ!」

「っ!」

「この先再び遭遇するか分からない魔物のために、純潔を失うつもりか!?しかも、適当に選んだ相手に…!」


 自分で言ってて悲しいが…今のニコラは、自棄になっているようにも見えて。ロットは正直お誘いに乗りたいが、この流れは嫌な様子。

 微妙な距離を詰めて、両肩を掴んで説教する。


 次第にニコラは頬を膨らませて、横を向いた。



「…わたしだって、誰でもいい訳じゃないし」

「は…?」

「……路地裏生活中は…生きるために、身体を売ろうともした。けど…二束三文しか払えねえ客相手にやめときな、って質屋のおっちゃんに止められて」

「………」


 そうだ。今こうして元気いっぱいに生きている少女は。かつては…明日をも知れぬ過酷な暮らしをしていたのだ。

 自分を大事にしろ…ってのは本心だけど。それは恵まれた者による、憐れみなだけなのだろうか…


 分からない。本当に…何が正解なのか、分からなかった。

 もしも好き合っていたなら…こんなに迷わなかったのに。



「じゃあ…なんで、僕なんだ…?」

「……………」


 ロットは喉を鳴らして訊ねる。その、回答によっては…と手に力を込める。


「…………わかんない」

「は?」

「……ただ…ロットならいいかな〜…って思っただけ…」

「………………」


 それはつまり。少なからず…好意を寄せてくれている?


「ロットが嫌なんだったら、慣れてそうなゼラくんとか…」

「駄目だ!!!」

「わっ!?」


 ゼラ、という名前を聞き…我を忘れたロットは、勢いでニコラを押し倒した。


「あいつにやらせるくらいなら、僕が…!…………あ」

「……………」


 2人は現在…ベッドに仰向けになるニコラに、ロットが覆い被さっている。これはもう、側から見れば…アウトな光景だ。



「「………………」」



 どちらも限界まで顔を赤くして、目を見つめ合う。

 ロットが顔を近付けて…額を突き合わせると。吐息が混じり合い、どうにも妙な気分になる。


 ドキドキと鼓動がうるさいけれど。これはどっちの音なのか、本人達すらも分かっていない。


「………ニコラ」

「…何」

「キス…してもいいか?」

「…………………」


 ストレートに言われ、ぐるぐる目を泳がした後…「いいよ」と小さく返事。

 すると直後、唇に温かく柔らかいものが重なった。


「………!」


 すぐに離れたけれど…ますます心臓が暴れている。


「…僕とこの先に、進みたいのか?」

「………んと…(なんか…思ってた雰囲気と違う…?)」


 ニコラは別に、ロットを好きな訳ではない。と言うと語弊があるが…

 男女のものでなくても、確かな信頼関係は築いていた。


 今回のだって…もっと軽い気持ちで提案したのに。

 どうせ恋愛も結婚も諦めてるので、肌を重ねるくらいなんでもないと思っていた。なのに…


 ロットの大きな手が、優しく頬を撫でる。もう1度…今度は予告なしにキスをされるも、目を閉じて受け入れた。

 まるで愛しい女性に触れるような仕草に、どうすればいいのか分からない。



 このままでは…ロットを愛してしまいそうで、怖い。

 いつか捨てられそうで怖い。

 お前なんかが幸せになれるか!と笑われそうで怖い。

 怖い。母様は「幸せになって」と言ってくれたけど、それが怖い。


 だから…恋以外の幸せを探した。それがお金だった。



 やっぱり、やめよう。自分の都合のために、優しいロットを巻き込みたくない。

 そう思い、ニコラが口を開こうとしたら…



「………………」

「……ロット?顔、青くない…?」


 さっきまで赤かったのが、真っ青に。そして額に汗を滲ませている…何があった。


「……すま、ない。も…無理…」

「ロットーーー!!?」


 彼はニコラの隣に倒れ込んだ。

 ロットの腰はもう、限界だったようだ。





 甘い雰囲気は霧散して、気まずさだけが残った。

 落馬の影響で腰を痛めたロット。情けないと思いながらも…そのままニコラのベッドで眠ることに。


「明日になったらハントに電話しとくから。このまま寝なよ」

「すまん…」


 上着を脱いで包帯を巻いてもらい、横になる。するとニコラがじっと見つめている。


「………わたし、着替えるんだけど」

「!!」


 ガバッと頭まで潜り、見ないように努める。だが…衣擦れの音、シュルシュルとサラシを解く音に…妄想が掻き立てられて目が回っていた。



 着替えが終わったニコラは、ベッドに乗りロットを押す。


「もうちょっと寄ってよ」

「え!?お前、ここで寝るのか!?」

「何、リビングのソファー使えって?」

「違う!!エリカ達の部屋に行かないのか!?」


 3人娘の部屋にも、シングルのベッドが2つある。けれど…もう寝てるだろうし、起こしたくない。


「これはダブルベッドなんだから、大丈夫でしょ」

「そういう問題じゃ…!」

「わっ」


 勢いよく布団をめくり顔を出すと。目の前にニコラ…の胸が。


「………………」

「…どこ見てんの?」

「……お前…そんな大きかったっけ…?」

「?ああ…前は痩せっぽっちだったから…」


 あの貧乳はどこへやら。それなりに育った胸に、ロットの目は釘付けになる。


 その隙にニコラは照明を消してベッドイン。背中を向けておやすみーと声を掛ける。



「「………………」」



 互いに背を向けているけれど。ロットはギンギンに目が冴えていた。


「(……怪我してなかったら。多分あのまま…!!)」


 ロットは無責任なことはしたくないので…最後までするなら結婚前提だと思っている。



 日付が変わる頃、後ろから…穏やかな寝息が聞こえてきた。よく寝れるな…僕をなんだと思ってる!と少々複雑だけど。

 昼間はユニコーン関連で走り回り、その後の対応も大変だったから疲れているのだろう。そう考えると、幾分か気も楽になる。


 じゃ…自分も…と目を閉じて。眠……


 れなかった。

 何故ならば。



「うーん…」

「!!?」


 寝惚けたニコラが、ロットの背中にピタッとくっ付いて。腹に腕を回してきたのだ。

 背中に当たる胸の感触…首にかかる息。彼女を感じる度に、寝る前にしたキスを思い出していた。



「(なんであの時拒まなかった…!勘違いするだろうが!!

 それになんだ、僕とだったらしてもいいなんて!ああもう…!僕は…!)」



 こうして哀れなロットは、朝まで1人で悶々とする羽目になったのである。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る