底辺からの脱出



 ニコラが目を覚ましたのは、清潔感満載の病室だった。

 ふかふかの布団に白いシーツ。そして…隣のベッドに、4人がまとめて眠っていた。自分も含めてみんな綺麗な服を着ている。

 上半身を起こし、手当てされた左腕をさする。もう痛みはない、どれほど眠っていたのだろうか。



「起きたか」


 ノックもなしに、騎士が扉を開けて入ってくる。ニコラは「失礼な男だな…レディが眠っているのに」と少々いらっとした。


「お前。オレ、折った。出てけ」

「…それは僕の双子の弟だ…」

「は?」


 そう、この男は…腕をへし折った騎士とそっくりだが別人だ。

 この騎士の名前はロット、弟はハント。ロットは黒髪で常に無表情、無口。ハントは茶髪で常に眉間に皺を寄せていて、短絡的。

 ただどちらも世間一般では『イケメン』と評される部類の顔だ。多少性格が悪くてもモテるだろう。



「……そう。用事」

「すまなかった」


 ロットはベッドの側まで近付き、腰を直角に折って謝罪した。突然のことにニコラは目を丸くして、聞き間違えたか?と思った。


「弟がしたことは弁解しようもない。本当に…申し訳ない」

「…なぜ、本人、こない」


 謝罪なら、張本人がするべきだろう?なんで兄にさせる、それがこの国のやり方か、とニコラは上手く言葉にできない。


「弟は謹慎中で来れないんだ。あ…えーと。伝わってるか?謹慎ってのは、おうちから出ちゃいけないという…」

「伝わっ、てる」

「そうか…」


 今のはちょっと面白かった。ロットは大真面目なので、どうしてニコラが顔を伏せているのか分かっていないが。

 ロットはベッド傍の椅子に座り、これまでの経緯を語り始めた。




 ローブを羽織った女性はやんごとないお方で、あの路地に住む者達を救済するべく活動していた。

 自分で現場を見ると言って聞かないので、護衛も連れて視察をしていた。住民を刺激しないよう、離れていたが。


 そこで…ごろつきに絡まれる寸前で、ニコラに救われ。お礼を言う間もなく逃げられ、逆に服という名のボロ布を奪ってしまった。

 どうしてもお礼が言いたくて、護衛騎士のロットとハント、他数人で探した。だがハントが遭遇できたのに、失礼をして逃げられてしまった。

 次は絶対逃がさない!とハントは気合を入れてしまって。お嬢様の恩人、ニコラを捻り上げ…腕を折った。


 本当に折る気はなく、ただ話を聞いてほしかっただけ。あんなに脆いなんて思いもしなかった。それが彼の言い分。

 ニコラは倒れてから、丸2日眠っていた。



「ふーん…もういい」

「え?」

「謝罪、意味ない。腹、たまらない」

「……謝罪の言葉で腹は膨れないから、意味が無い?」

「それ」

「……………」


 ニコラには本当に、どうでもよかった。生きていればどうにでもなるから。それより今は。


「…服、誰、着せる」

「子供達は自分で。お前の服はアールとエリカが着替えさせた。僕や看護師には触らせなくてな」


 手当てする時も、3人娘が大泣きしながら「脱がすな変態!」と叫ぶのでロットの心は折れた。




 ここからが本題。お嬢様がニコラに、お礼と謝罪をしたいと。それを聞いたニコラは少し考え、口を開く。


「信用、無理」

「…どうして?」

「前、あった。貴族、オレ、騙した」

「僕達は…本当にお前達を救いたいんだ。どうすれば信じてくれる…?」

「……………」


 そうは言っても信じられる訳がない。下手をすれば犠牲になるのは子供達だからだ。

 同時に真実なら、またとないチャンス。ここは慎重にならざるを得ない。


「アール。エリカ。スピカ。マチカ。家、服、食べ物。確保」

「子供達の衣食住を保証して欲しい?」

「よろしく」

「………え?それだけ、か…?お前は?」


 ロットは思わず聞き返す。要求に、ニコラ自身が一切含まれていないのだ。


「いらない。多い」

「もらい過ぎとでも言いたいのか?だが」

「騎士、いた。オレ、出しゃばり」

「騎士がいたんだから、お嬢様はどっちみち無事だった?出しゃばっただけの自分は、礼を貰えない?」

「そう」


 ロットは言葉を正確に読み取ってくれるので、話すのラクだな〜とニコラは密かに感激した。

 そしてその言葉は正しい。ニコラはむしろ、お嬢様から金品を盗むつもりだった。それを言う必要はないので黙っとくけど。


 お嬢様が浮浪者を救うつもりだったなら。子供は孤児院に入れるだろうけど…自分は放っておいていい。

 子供達が安定した暮らしを享受できてる、と遠くから確認できたら。ニコラはそっと街から出ようと考えている。


「オレ、よそ者」

「外国人だろうと関係無い。住む場所は?仕事は?お前は何歳なんだ?」

「15」

「は?まだ子供じゃないか!」


 子供扱いされて、ニコラはムッとした。ニコラの故郷では15歳で成人だが、この国では18歳。20歳を超えていそうなロットからすれば、まだまだお子様だった。



 1人で生きていく、というニコラ。

 駄目だ、大人に頼れ!というロット。話は平行線だったが…アールが目を覚ましたことで、事態は急変する。


「なんで…?にーちゃん、どっか行くの…!?」

「!!いや…みんな、孤児院。オレ、無理」

「やだ!!孤児院なんて行かない、にーちゃんがいなきゃやだあ!!」


 アールは大粒の涙を流して、ニコラに正面から抱きついた。その声に3人も次々に目を覚まし…


「やだあああっ!!」

「どこも行かないで!!」

「いっしょにいく!」

「ぼくも働くから!捨てないで、置いてかないでっ!!」

「うあ…。捨て、ない。オレ…みんな、好き」

「じゃあ一緒にいてよおっ!ぼく、にーちゃん大好きなんだからあ!!」

「う…」



 こうなってはもう…ニコラの負け。右手で全員の頭を撫でて、どこにも行かないと笑顔を見せる。

 すっかり蚊帳の外になっていたロットは、お嬢様に報告に向かう。

 あー…これからどうしよう。考えることは多いけど。


 ついに、あの地獄のような暮らしを脱出できた、のかもしれない。そう痛感して、ニコラはそっと涙を流した。

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