最終話「嵐のような日々、再び」

 ニャジラの襲来と消滅で、世界中が大パニックになっていた。

 こうなるともう、集団幻覚がどうこうという話でまとめるのも難しい。ただ、ニャジラが破壊したあらゆるものが元通りになっていたため、物議は議論を呼んだ。

 そして、人類は考えるのをやめた。

 巨大な空中戦艦を見たとか、巫女さんや魔法少女、果ては巨大人型機動兵器の目撃例もあとを絶たなかったのだが、ニュースやワイドショーはその話題を避け続けた。

 そんな訳で、僕の日常らしい日常が戻ってきた。


隆良たから、例のあれ……どうなったー?」


 体育館の床に座った僕の横で、とびきりの美少女が顔を覗き込んでくる。

 まあ、男なんだけどな。

 摩耶まやは今日も女子の制服を着てるし、魔法少女という秘密を抱えている。そういうところは、特異点がなくなっても変わらないらしい。

 もうすぐ部活の紹介イベントが始まるので、体育館は賑わっていた。


「ああ、御神体な? やしろに戻しといたよ。これにて一件落着……ただ、その、摩耶、すまん」

「ん、聖魔外典モナークのこと? いーよ、いーよ」

「こう、卵が先かにわとりが先かって話になりそうだけど」

「うん、それね。昨日、総本家から郵便で届いたよ。今、持ってる」

「……は? 僕が書き加えちゃったやつ?」

「そう」


 因果が巡り巡って、輪になった。

 摩耶の聖魔外典に僕が加筆して、それを過去へと花未はなみが持ち去った。今の世界線はどうやら、そこから地続きらしい。摩耶の一族は何千年も前からそれを保管し、魔女から魔女へと受け継がれて……そうして今、摩耶の手にあるとのことだった。

 彼は今日も、社会の影で幻邪イビルシードと戦う男の娘オトコノコ魔法少女だ。


「あ、始まるみたい。生徒会長が出てきた」


 ステージの上に、しゃなりしゃなりと金髪ドリルのお嬢様が現れた。

 そう、生徒会長の林檎林星音りんごばやしせいねである。

 彼女はマイクを手に、ニコリと微笑んだ。


「新入生の皆様、そして在校生の皆様。今日は我が都牟刈学園つむがりがくえんが誇る部活動をご紹介いたしますわ。高校生活の三年間、勉学は勿論、部活動にも青春を燃やすのもいいかと」


 この瞬間、多分新入生の四割は恋に落ちたと思う。

 男女の別なく、惚れたと思う。

 すげえ絵になるっていうか、全身から高貴なるオーラが溢れ出ている。

 まあ、この人は宇宙人なんだけど。

 でも、ちょっとありえないレベルの美形で、流石さすがはこの学び舎で双璧と呼ばれるマドンナである。


「さあ、皆様……ご覧になって! まずは昨年の全国大会を制した、剣道部ですわっ!」


 ドン! ドン! ドンドン!

 和太鼓が鳴って、星音会長がそでに下がる。

 一瞬だけ僕と目が合って、彼女はウィンクを投げてよこした。

 やめい、僕まで惚れてまうやろ。

 でも、そんな惚気のろけた気持ちは一瞬で吹き飛んだ。

 剣道部のパフォーマンスが始まって、冥沙めいさ先輩が現れたのだ。

 しかも、コスプレ姿で。


「お、おい、あれ……」

「あー、隆良のラノベじゃん。なんだっけ、戦国ワルキューレ?」

「どんだけ僕のこと好きなんだよ! てか、ファンとかマニアってレベルじゃないだろ!」


 そう、新入生たちに一礼して演舞を始めた冥沙先輩は……ワルキューレのコスプレをしていた。しかも、僕の作品に登場する『戦国時代に大名たちと戦う和装ワルキューレ』という、和洋折衷わようせっちゅうな衣装である。

 ちょっと、でも、嫌に似合っててそこかしこから「おお!」と声があがった。

 凛々りりしくも美しい所作しょさ、そして剣の先まで通った清冽せいれつなる緊張感。

 見惚みほれてしまうが、僕はその姿に一人の女の子のことを思い出していた。


「花未、元気にしてるかな」

「うん? ああ、なんか未来じゃなくて太古の神様だったんだって?」

「まあ、うん」

「なるほど確かに神対応、無事に特異点もなくなったしさ」

紆余曲折うよきょくせつを経ての波乱万丈はらんばんじょうなドタバタだったけどな」


 でも、今はそれが少し懐かしい。

 凛とした冥沙先輩の横顔に、常に真顔な花未がダブって見えた。

 で、大喝采だいかっさいの中で剣道部のパフォーマンスが終わる。マイクを手にした冥沙先輩は、誰でも大歓迎であること、初心者にも優しく手ほどきすることなどを語り、最後に深々と礼をした。総髪に結った長い黒髪が、汗に濡れて艶めいていた。

 大好評のトップバッターに続いて、次々と部活動が紹介されてゆく。


「ねねっ、隆良。隆良は部活とか入らないの?」

「んー、執筆が忙しいんだよなあ」

「一応、うちにも文学部とかあるけど」

「ふっ、僕はラノベのプロだぜ? ……なんてな。そういう摩耶、お前はどうなんだよ」

「んー、女装仲間の集う部活があったら考えるんだけどねえ」


 女装部? いや、ないない……それは流石に無理だろう。

 都牟刈学園は部活動にも力を入れているし、生徒会による自治で少年少女の自主性を育てている。だからって、いわゆるハーレム気味なクローズドサークルとしての部活なんて存在しないのだ。

 そういうのは、ラノベの中にしかないんだわ。

 そのことを一人噛み締めウンウンうなずいていると……陸上部の発表になった。


「えっと、陸上部っす! 我々と一緒に汗を流してくれる、とにかく陸上競技が好きな新入生を募集してるっす! 初心者も大歓迎っす!」


 陸上部の部長さんが、たどたどしくスピーチする。

 ずらり並んだ部員の中に、いつものツインテール姿の壱夜いよがいた。

 そりゃ、星音会長や冥沙先輩に比べると……普通? 言ったら怒られるだろうけど、普通にかわいい。そして、やっぱり脚が太ましい。

 ざわつく新入生の何割かが、女子部員の中で壱夜だけを見てる気配は確かにあった。


「隆良さー、壱夜とはそのあと、どぉ?」

「どう、って……以前とあんまし変わらないさ」

「一緒にご飯食べて、一緒にお風呂入って?」

「そういう日常を送ってた覚えないんですけど! ここ数年は!」


 小学校三年生くらいまでかな、それは。

 ともあれ、これから彼氏彼女をやってくつもりだ。

 焦らなくていいし、絶対に壱夜を負けヒロインなんかにはさせない。

 これでもかというくらい、幸せな日々を一緒に過ごしてもらうさ。

 そんなことを考えていると、不意に体育館をざわめきが襲った。


「えっ? あ、あれって……隆良、あれっ!」


 思わず立ち上がった摩耶が、指をさす。

 そう、ステージのすそから、一人の少女が歩み出た。

 真っ白な髪は銀色に輝き、透き通るような肌はまるで淡雪あわゆき。そして、うちの制服ではなくセーラー服を着ている。

 誰もが息を呑む美貌に、僕は言葉を失った。

 勿論、突然の乱入者に陸上部一同も壱夜も驚いていた。


「は、花未っ!?」


 山田花未だった。

 一度見たら忘れられない、神代かみよよりの使者……ワルキューレの花未である。

 彼女は、目を白黒させる陸上部部長から、そっとマイクを奪った。

 そして、体育館の全てを一度見渡してから、話し始めた。


「ごきげんよう、諸君。早速だが、わたしに協力して欲しい。部活という体裁ていさいで動くことにしたが、これは建前たてまえだと承知願いたい」


 おいおい、なにを言い出したんだ?

 っていうかお前、過去に帰ったんじゃないのか!?

 しん、と静まり返った体育館で、誰もが花未に魅入みいっていた。

 そして、彼女は通りの良い声で言葉を続ける。


。宇宙人や魔法少女、伝説の凶祓まがばらい一族は把握している。しかし、まだまだこの世界線に侵入した異物がいるとわたしはにらんでいる。超能力者や地底人、そして吸血鬼や悪魔などだ」


 その時、僕は不思議な感覚に襲われた。

 全校生徒が集まった体育館の中で、千人近い人数のその中で……ちらほらと、身を固くする者たちの気配があったのだ。そして何故なぜか、それが僕には伝わってきた。

 ……マジか、もう日常は取り戻せたんじゃないのか。


「よってここに、異世界部いせかいぶの設立を宣言する。来たれ若人わこうど。強力者求む。以上だ」


 花未はそう言ってマイクを部長に返すと、すたすたと行ってしまった。

 こうして、僕の日常は再び非日常に突入してゆく。

 ――リアルは

 その後、僕は摩耶と一緒にこの異世界部に入部し、スナック感覚で世界を何度も救ってしまうのだが……それはまた、別の話である。

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