第28話「神話と未来にさよならを」

 戦いは終わった。

 そして街が再生を始める。

 温かな光の中で、灰色の瓦礫がれきたちが色づき始めた。

 そんな中を僕は歩く。

 ニャジラが爆発したその場所には、大量の猫が降っていた。太いの、長いの、子猫も沢山いる。猫はどんな高さから落ちても平気という話、あれは本当だったのだ。

 周囲の自衛隊も皆、猫の保護で大忙しだった。


「さて、この辺にあるはずなんだけどな」


 特異点が去った今、僕はあるものを探していた。

 それこそが、僕とのキスで特異点になってしまった壱夜いよとの……あの日の大きな転換点。ある意味では、失われて久しいそれこそが真の特異点とも言えた。

 そして、僕はそれを見つける。


「あった……えっと、神様、だよな。えーと、まずはごめんなさい!」


 両手を合わせて深々と頭を下げる。

 それは大通りの真ん中に転がっていた。

 そう、木彫りの招き猫……のような、不思議な像だ。

 これは、あの裏山のやしろに安置されていた御神体ごしんたいである。僕たちは幼少期にうっかり、社を火事で燃やしてしまった。その時、これも失われたのである。

 僕はあの時、横目に見ていた。

 壱夜は目をつぶってた。

 僕は燃え始めた衣服を見たのに、壱夜とのキスを優先してしまったのだった。


「社にこれを戻せば、めでたしめでたしかな」


 その時、轟音と共に頭上を影が覆う。

 巨大ロボット、ワルキューレこと花未が降りてきたのだ。その舞い上がる熱風に顔を手で守りつつ、指の間から僕は見上げた。

 銀色に輝く神々しい巨体。

 あちこちボロボロで、もう満身創痍まんしんそういだ。

 だが、花未は力強く着地すると、片膝を突いて胸のハッチを開放する。

 そこから出てきた女の子が、大きな大きな手で地面に下ろされた。


「……え、えと、その……隆良たから


 壱夜だ。

 そうだった、僕はまだ返事を聞いていない。

 壱夜が好きだと告白したが、YESもOKも聞いていないのだ。


「壱夜、無事か? なんか、大変だったな」

「う、うん。なんか、アタシは花未はなみの中で座ってるだけだったから。……それ、なに?」

「ん、神様」

「神様……あっ! そ、それって」

「そう、あの社にあった御神体だよ。燃えてなくなっちゃったやつ」


 そして、この木像が消失したことがきっかけで、壱夜は特異点になった。

 彼女が僕にキスしようとしてなければ、この事件は起きなかった訳だ。もう十年以上昔の話である。しかし、あの時からゆっくりと世界線はあちこちでたわんでゆがみ、僕たちの世界線へと時空融合してしまった訳だ。

 壱夜は降りしきる猫を避けつつ、僕に歩み寄ってくる。


「あの、さ。返事……アタシまだ、告白の返事、してない」

「ん、そうだな。まあ、落ち着いたらでいいって」

「ダメッ! 今、する……すぐ、したいの」


 壱夜は少しうつむき、そして顔を上げた。

 ほお紅潮こうちょうして、大きな瞳がうるんでいた。


「ア、アタシ、割とがさつだし、性格キツいし」

「うんうん」

「……脚、太いし」

「だが、それがいい。ってか、気にしてたのかよ」

「その……ちょっとかわいいだけの、なんでもない子なんだ。だから」

「お前、結構いい根性してるよな」


 もじもじと指を指で弄びつつ、僅かに壱夜は目をそらした。

 そんな彼女の頭に、白い小さな子猫が落ちてくる。

 僕はそっとその子猫を抱きかかえて、逃してやった。


「壱夜、ずっと幼馴染おさななじみだったから、友達過ぎて気づかなかったのかも知れない。でも、好きだ。ねんごろになりてえ」

「ちょ、ちょっと! 言い方!」

「悪い、冗談だ。僕と……付き合って、くれるか?」


 明日から、いいや、今日から幼馴染を卒業しよう。

 彼氏彼女になろうって言ってるんだ。

 断られたら……そうだな、旅にでも出るか。

 でも、今はそんなこと考えられない。

 そして、真っ直ぐ見詰める僕に照れて、壱良いは咳払いを一つ。


「隆良、アタシはアンタのこと……好きだった。ずっと前から、好きだったの」

「そっか。今は?」

「ん、大好きっ!」


 そう言って壱夜は、笑った。

 とびきり無敵で最強な、完璧で究極な笑顔だった。

 そのまま抱き着いてきたので、よろけながらもなんとか受け止める。抱き返すと、互いの体温で溶けて混じり交わるような錯覚を感じる。

 やっべ、最高かよ。

 次の新作はラブコメにしよっと。


「めでたしめでたし、だな。祝福しよう、一ノ瀬隆良いちのせたから。そして、千夜壱夜せんやいよ


 気付けば、すぐ近くに花未が立っていた。

 腕は直っていたが、肌がところどころ破れて青いプラズマがスパークしている。赤い血も流れているが、それが人間の血液じゃないことはすぐに見て取れた。

 どの傷も、内部で複雑な機械構造が明滅している。

 そう、山田花未はスーパーロボット、ワルキューレ873号なのだ。


「ありがとな、花未」

「礼にはおよばない。それと、千夜壱夜。今、消えてしまった制服を復元する」

「……は? あ、いや、そうだな。うん、確かに……裸だな!」


 何故なぜ、今まで気づかなかったのだろう。

 僕も壱夜も、全く思考の埒外らちがいだった。

 お互いしか見えてなかったし、僕は壱夜しか見ていなかった。

 今の壱夜は、全裸だった。

 そうだ、あの時制服が消し飛んだんだった。


「……ほへ? あ、うん……アタシ、裸だ……ッッッッッッッ! ンンン!」

「まて、暴れるな。今、再生してやる」

「ちょっと花未! アタシを降ろす前に先に、そっちやってくんない!?」

「気にするな」

「気にするってーの! もうっ!」


 残念なことに、壱夜はすぐに光と共に制服姿に戻った。

 壱夜しか見えてなくて、壱夜の裸に気付けなかった……くっ、一生の不覚! だが、いい。いいのだ……僕のことを大好きって言ってくれた。そんな壱夜が僕の腕の中で微笑んでいる。

 大団円だった。


「さて、任務は完了した。わたしは帰還する。達者でな、二人共」

「ちょ、ちょっと待てよ!」

「そうよ、あまりにも唐突だし、急だし、その」


 そう、別れはいつだって突然だ。

 そして、真実が明かされる。


「花未、帰るってどこへだ?」

「わたしの元の時代だ」

「……やっぱ、未来人?」

「否定。わたしはこの時間軸から見て未来の存在ではないし、人間でもない」

「つまり?」


 花未は一瞬、逡巡しゅんじゅんを見せた。

 だが、いつもの真顔でさらりと事実を告げてくる。

 そう、衝撃の新事実を。


「わたしは一万と二千年前から、主神オーディーンによってつかわされた」

「……なんですと?」

「今は人の時代、神々は干渉せぬよう高次の世界に去った。だが、時折こうして特異点の修正を行っている」


 この人、本当にワルキューレだった!?

 え、じゃあちょっと待って、ラグナロクは?

 北欧神話以外の神様もいるの?

 ちょっと待って、詳しく聞かせて。

 僕の「ラブコメ書こうっと!」という決意は秒で消し飛んだ。北欧神話はラノベ作家の必修科目だからな!

 でも、花未は静かに笑った。

 そう、仏頂面ぶっちょうづらの無表情な彼女が、初めて見せた笑顔だった。


当世とうせは、楽しかった。美味おいしいものも沢山あったし、なにを食べても美味しかった」

「食い物の話ばっかりかよ!」

「あと、これが猫だな? 最後にこんなに沢山の猫を見ることができた。わたしの時代では、地球は一度滅んで再生中でな」

「しれっと重い設定明かされた!?」

「でも、ありがとう。二人に感謝を。ああ、それと」


 だんだん、花未の身体が輝き出した。

 別れの時が来たのだ。


「それを回収し、後の世に残るようにしておこう。それがなければ困る世界線もあるのだからな」


 僕は花未が指差すので、ポケットへと目を落とす。

 そして、そこから聖魔外典モナークを取り出した。

 そうか、それで編纂者へんさんしゃの一人に僕の名前が残るのか。

 僕は光る小さな本を、光そのものになりつつある花未に渡した。


「じゃあな、花未。未来を、ありがとう」

「じゃあねっ、花未! また会える、よね? 未来で待ってるから!」


 そして、僕たちの非日常は終わった。

 いくつもの世界線が絡まったまま、それでも崩壊を免れた日々は続く。

 こうしてようやく、いつもの退屈で愛おしい日常が戻ってきたのだった。

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