第27話「これは完璧で究極なゲッター的大逆転」

 それは、どこか天使のような意匠の巨大ロボットだった。

 周囲の建物と比べると、だいたい全高50mくらいだろうか。

 ニャジラの半分ほどしかないが、その中からすぐに壱夜いよの声が聴こえるようになった。


『ちょっと、無線とかないの? Wi-Fiワイファイ通ってる? あ、このスイッチかな?』

千夜壱夜せんやいよ、わたしの中で妙な操作をしないでくれ」

『だって、アタシ……アタシまだ、隆良たからの告白に返事してないもん!』

「……因みに、先程から外と会話ができるように配慮した。聴こえてるぞ、全部外に」

『ゲッ、マジ? うわ、先にいってよもう』


 そんな訳で、巨大化した花未はなみが武器を構える。

 やりのように長いライフルみたいなもので、次の瞬間には苛烈な光が迸った。ビームのつぶてが、これでもかとニャジラに浴びせられる。

 初めてニャジラは、嫌がる素振りを見せつつ悲鳴を上げた。

 効いている! こうかはばつぐんだ!

 やはり、ニャジラと世界観を共有しているのは、特異点である壱夜なのだろう。


「けどこれ、無理ゲーじゃないか? 僕にできることは……なにか、ないのか」


 ワルキューレと名乗った花未は、完全な戦闘ロボの姿では左腕も直っている。

 それに、俊敏な動作で襲いかかってくるニャジラと互角に戦っていた。小さくとも、なんて頼もしいスーパーロボットなんだろう。

 ただ、やっぱりニャジラの巨体には苦戦しているようだった。

 そんなニャジラが、立ち上がって息を大きく吸った。

 身をのけぞらせた、それは力を溜めるような動作だった。

 そして、耳をつんざく超音波が発射される。春先にさかってる猫の声を、何億倍にもしたような攻撃だった。僕は音が空気中に光の輪として広がるのを見た。

 目視できる音の打撃が、花未ごと壱夜を襲う。


「むっ、物質化した音波を吐けるのか。だが、ダメージ軽微。千夜壱夜、無事か?」

『頭がガンガンする……なに今の。猫の鳴き声って、こんなだっけか』

「猫ではない、個体名ニャジラだ」

『もう、あったまきた! 花未っ、やっちゃって!』

了解コピー


 やられっぱなしの花未ではないし、そもそも壱夜はそんな可愛げのある女の子じゃない。十年以上一緒の幼馴染おさななじみだからわかる。

 千夜壱夜の座右ざゆうめいは『』だ。倍返しだ!

 そんな訳で、花未が翼を広げて空へと舞い上がる。

 そう、文字通り戦乙女いくさおとめワルキューレのように荘厳、そして可憐だ。

 ワルキューレ、それは北欧神話に出てくる天使のような少女たちの総称だ。主神オーディンの宮殿へと、地上の死せる勇者たちを導く役割を持っている。

 中二病ちゅうにびょう全開の現役ラノベ作家な僕から見ても、いいセンスのネーミングだ。

 そうそう、こういうのでいいんだよ。


『花未っ、さっきのビームみたいなの出してっ! やっつけられるんでしょ?』

肯定ポジティブ。しかし、もっと効率的に効果のある直接打撃を試みる」

『それってつまり?』

着剣ちゃっけん、そして突撃だ。格闘戦あるのみっ! 千夜壱夜、しっかり掴まっていろ」

『ふええ、どこにー!? あ、これでいっか』

「まて、そのレバーを勝手に引っ張るな。それ、ちが……ひあっ、んんっ!」

『ゴ、ゴメン! えっと、とりあえず大人しくしてるね』

「ハァハァ、そうしてくれ……あまり敏感な場所に触れないように」


 なにをやってるんだ、なにを。

 だが、空中を舞う花未のライフルが、先端に粒子フォトンの刃を灯す。

 そう、ビームでサーベルな雰囲気のあれだ。

 ライトなセイバーともいうな。

 鋼鉄の戦乙女は、それを構えて急降下。

 しかし、ニャジラは猫だけに身軽にその動きを避ける。

 やはり、花未と壱夜だけでは圧倒的に手数不足だ。


「なにか僕にできることは……なにか、ないのか?」


 周囲では、手を止めた冥沙めいさ先輩や摩耶まやも戦いの趨勢を見守っている。

 彼女たちも歯がゆいのだ。

 世界観があまりにも違い過ぎて、ニャジラに全くダメージを与えられない。そしてそれは、僕の隣りにいる星音せいね会長も同じだった。

 その星音会長だが、こんなときでも余裕のスマイルである。

 流石さすがは宇宙貴族、肝が座ってらっしゃる。


「っていうか、あれですわね。結構なんか……詰んでる感じでしてよ」

「あ、それは言わないでください」


 花未は決死の攻撃を続けているが。完全にニャジラに遊ばれている。そう、猫は気に入った玩具を見つけると、執拗にいじり倒す習性があるのだ。

 前足で何度も何度も、お手玉のように花未が転がされる。

 見ててシュールだが、ある意味では決死の死闘が続いていた。

 そんな中、星音会長が呼んだのか巨大な宇宙戦艦が空に現れる。そう、僕も乗った宇宙貴族の個人所有、クルーザー感覚な宇宙戦艦サイゼリアンである。

 しかし、サイゼリアンの援護射撃も全くニャジラには通じなかった。


「やはり駄目ですわね。冥沙さん、摩耶さんも。なにかいい手はありまして?」

「……ちょっと難しいな。こういう時、私のすラノベならば華麗に逆転するのだが」

「事実は小説よりなり、だねえ。あ、隆良。先輩の推しの一人は隆良、っていうか狂言時きょうげんじヨハン先生なんだからさ。なんか、なーい? チートっぽいやつ」


 ねーよ、っていうか僕は無力な普通の男子高校生だぞ?

 あと、ペンネームで呼ぶな。ほらみろ、すっかり冥沙先輩が期待の眼差まなざしで僕を見詰めてくるんだ。ああっ、巫女装束みこしょうぞくの美少女にワクワク顔で見られて辛い!

 なにもないんだよ、でも。

 本当になにも……なにも、ないのか?

 いや、なにかこう、逆転の一手というか、僕にしかできないことがあるような。あったような、閃いていたような。

 そして僕は、ハッとしてポケットに手を突っ込む。


「あっ、それ俺の聖魔外典モナーク

「お前が落としたのを拾っておいたんだ。てか、が出てるぞ、マジカル・マーヤ」

「おっといけない! わたし、マジカル・マーヤ! 魔法少女だよっ! キャルルン!」

「うざ……ま、いいとして。あのな、摩耶……ちょっとこれ、いいか?」


 ポケットから出てきたのは、いつも摩耶が持ち歩いている例の手帳だ。キラキラしてて、それ自体がほんのりと光っている。マジカル・マーヤとなった摩耶は、この本から飛び出してしまったモンスターたちを、再び封印するために戦っている。

 そして、もう一つ……冥沙先輩にサインするためのペンがあった。

 僕は作家、ライトノベル作家だ。

 紙とペンがあるなら、なら、書くしかないじゃないか!


「悪い、摩耶っ! !」

「……は? え、ちょっと待って、それ」

「空白のページが沢山あるな、ここでいいか。えっと……宇宙怪獣ニャジラ、っと。絵は……」


 この聖魔外典に書かれているモンスターは、マジカル・マーヤの世界観のものばかりだ。つまり、そこにニャジラを書き足すと……同じ世界線のモンスターと判定されないだろうか? なにこのライフハック、ひょっとして僕は天才なのか?

 そう思っていると、星音会長が身を乗り出してくる。


「宇宙怪獣なら、わたくしでも攻撃できますわね。では、絵をわたくしが。こう見えても芸術は宇宙貴族のたしなみでしてよ」


 どこからともなくペンを取り出す会長。しかも羽ペンだ。もう、なんでもありだな宇宙人。そう思っていると、聖魔外典を持つ僕の背後から、覆いかぶさるようにして星音会長がサラサラと絵を描く。

 ちょっと、色々なにかが背中に当たってる!

 そして……一言で言うと酷い。

 星音画伯せいねがはくの大傑作、ニャジラの図は前衛芸術アバンギャルドだった。

 でも、さらに僕は書き足す。


「後に東洋に伝わり、日本では化け猫や猫又ねこまたの伝承の元となった、と」

「ムムッ! もしや、それは……狂言寺ヨハン先生! その書き方なら!」

「日本古来の妖怪のルーツとしてひもづけました。冥沙先輩の世界観とも繋がったんじゃないかなって」


 即座にみんなが動き出した。

 その頃にはもう、ワルキューレ形態の花未はボロボロだ。翼は片方がむしり取られて、ポイッと投げられて遠くに突き立ってる。装甲もひび割れ、聴こえてくる壱夜の声もどこか遠い。

 猫パンチは見た目はコミカルでかわいいのに、一発で花見を吹き飛ばしていた。

 そんな戦いの渦中へと、みんなが飛び込んでゆく。


「あれは化け猫、ただの化け猫……ただでっかいだけの、化け猫っ!」


 冥沙先輩が抜刀と同時に、空高くジャンプする。

 それは、摩耶が魔法のほうきから飛び降りるのと同時だった。


「先輩っ、わたしが合わせますっ! 二人で一緒に」

「承知っ! 神々よ御照覧ごしょうらんあれ……剣氣一閃けんきいっせん、猫をも穿うがつっ!」


 マジカル・マーヤの急降下パンチで、ニャジラは怯んだ。確かにその魔法(物理)は効いている。先程と違って、ニャジラは痛がる素振りで悲鳴を上げたのだ。

 そこに、冥沙先輩の一撃が払い抜けた。

 光の線が突き抜けて、流血こそしなかったがニャジラは大きく後退する。

 散々もてあそばれてズタボロだった花未に、ようやく反撃のチャンスが巡ってきた。


「花未さんっ! 聞こえていて? わたくしのサイゼリアンをお使いなさい! 戦艦のエネルギーを全て差し上げます。今こそ時空監察官じくうかんさつかんの出番ですわ!」

「……感謝する。あと、わたしは」

「少しわかりましたわ。貴女、未来人でも時空監察官でもありませんのね」

「最初からそう言っている。よし、借りるぞ!」


 ゆっくりと回頭する宇宙戦艦サイゼリアンの舳先へさきに、ボロボロの花未が立った。そして、両手で武器を大上段に構える。刹那せつな、天を断ち割るように巨大な光の刃が屹立きつりつした。

 あと、あちこちチカチカ輝いていたサイゼリアンから光が消える。


『やっちゃえ、花未っ! なんだか知らないけど、いたずら猫にはオシオキだもん!』

「わかった、千夜壱夜。出力最大、400%! こいつでっ、終わりだ!」


 宇宙戦艦一隻分のエネルギーを集めた巨大な剣を、迷わず花未は振り下ろすのだった。

 そして、ニャジラの中心線に真っ直ぐ光が走る。

 大流血とか大爆発はなかった。

 ただただ、ポンッ! とポップでキッチュなエフェクト共に、ニャジラの巨体は消えるのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る