第26話「ワルキューレ、大地に立つ」

 輝く光が人を象る。

 白銀に輝く巨人の姿は、まるで女神みたいだった。

 それは、星音せいね会長が変身した姿だった。

 そして、ジョアッ! とばかりに戦いが始まる。

 聖なる乙女おとめと巨大化け猫の格闘戦だ。

 その足元で僕は、そっと壱夜いよに手を差し伸べる。


「さ、立って。ここから逃げよう、壱夜」

「……やだ。もぉ、やだ」

「やだって、そんなこと言わないで」

「アタシ、隆良たからの本で読んだことある……こゆの、負けヒロインっていうんだ」


 どうやら、壱夜は傷付きいじけているようだ。

 そして、僕はぐうの音も出ない。

 確かに、一部のライトノベル、主にラブコメには負けヒロインというタイプのキャラがいる。ようするに、恋愛対象の主人公に対して幼少期から大量のアドバンテージを持っているにも関わらず、メインヒロインに初恋を奪われてしまう女の子のことだ。

 だが、待って欲しい。

 誤解だ。

 それに、僕はもう決めたんだ。


「壱夜、あのな……その、僕」

「フンだ……ちゃんと、冥沙めいさ先輩か花未はなみか、どっちかにしなさいよ?」

「え、あ、いや、僕が選ぶのは」

「……バッカみたい、アタシ」


 酷く地面が揺れて、そこかしこで建物が軋んで傾く。

 そんな中でよろりと立ち上がって、壱夜はスカートのほこりを払った。

 尻を軽く叩いた壱夜の、その手を僕は握る。

 びっくりさせてしまったのか、壱夜は驚きに瞬きを繰り返した。


「僕さ、思い出したんだ。ほら、まだ小さかった頃……小学校に入る前」

「あ……う、裏山の?」

「そう」

「そなんだ、じゃ、じゃあ」

「……結論から言うと、キスじゃ人間は妊娠しない、ッブア!? い、痛い!」


 強烈なビンタを張られた。

 おもわずよろけるほどだ。

 そして、涙目で壱夜は走り去ろうとする。

 けど、もう逃さない。

 倒れそうになっても、僕は壱夜の手を放さなかった。

 むしろ、ぐいと引っ張って抱き寄せる。


「ちょっと、隆良っ!」

「それでも! 僕はあの時、子供ができてもいいと思った! 無邪気に!」

「……そこも、覚えてるんだ」

「チュ、チューした……火事になりそうなの、気づいてたのに。それで全部燃えちゃって、すげえ叱られて。だから、壱夜。あの時からお前は多分、特異点になったんだ」


 そう、特異点の正体は壱夜だ。

 花未はなみや冥沙先輩、摩耶まやや星音会長は特異点によって吸い寄せられた別の世界線の住人だと思う。そう、因果融合いんがゆうごうによって無数の世界観が溶けて混じったのだ。

 その中心、壱夜を僕は抱き締めた。

 決死の戦いが行われてる中、暴れる壱夜を強く強く引き寄せる。


「ちょ、ちょっと、放しなさいよ!」

「放さないっ!」


 ビクン! と壱夜が震えた。

 そこで僕は、ゆっくりと言葉を選ぶ。


「まず、誤解を解く。僕は花未や冥沙先輩とは、なんでもない」

「そ、そなの? えっ、じゃあ」

「壱夜、お前のいつもの早とちりだ」

「えー……じゃ、じゃあ、その、ごめん?」

「それと、僕には好きな人なんていない」


 でも、今は違う。

 そんことをハッキリと今、声に出す。

 今この瞬間、世界が滅んでもいいように。

 悔いを残さないように叫ぶ。


「でも今は! お前のことが好きだっ、壱夜! 昔よりずっと、もっと大好きだ!」


 言った。

 言ってやった。

 言ってから僕も、顔が火照ほてって熱くなった。

 胸の中から見上げてくる壱夜なんかは、顔が真っ赤だった。

 そして、無数の視線が僕たちに注ぐ。


「あーあ、やっと告白したよ。じれったかったんだよね」

「まあ、素敵ですわね……これが地球人の求愛。デカルチャーでしてよ!」

狂言寺きょうげんじヨハン先生、末永くお幸せに。真のファンたるもの、推しの幸せが自分の幸せなのだっ!」

「フニャア、フニャニャ、ナーゴ! ナーゴ!」


 摩耶が、星音会長が、冥沙先輩が、ついでにニャジラが。

 何故なぜかみんな戦いを止めて、僕たちを見下ろしていた。

 周囲の避難民や自衛官たちも、ガン見していた。

 やばい、なんだかいたたまれなくなってきた。

 慌てて二人は離れたが、もう離れ離れにはならない。

 なりたくなかった。

 そして、気まずい静寂の中を声が歩み寄ってくる。


「特異点反応、確認。そうか、千夜壱夜せんやいよ……お前が特異点だったのか」


 誰もが声のする方向を振り返った。

 そこには、マントのようなボロ布を翻すセーラー服姿があった。

 花未だ。

 失われた左腕を布で覆っているが、間違いなく花未だった。


「い、生きてたのか、花未っ!」

「わたしはもとより生物ではない」

「いや、ロボとかアンドロイドとか言ってるんじゃないんだよ! 無事だったんだなって」

勿論もちろんだ。任務には失敗したが、ようやく特異点を発見した……これより事態を収集する!」


 思い出したように、ニャジラが再び暴れ出す。

 ウルトラな宇宙人も、日ノ本の防人さきもりも、男の娘オトコノコ魔法少女も動き出す。

 そんな中で、花未は僕たちの前まで来て。手を伸べた。


「千夜壱夜、手を」

「は、花未? なにを」

「いいから手を。特異点であるお前自身の力がなければ、この世界線は救えない」

「え、ちょっと、訳がわからない……隆良、これ、どゆこと?」


 僕は壱夜の手を握って、花未の手に重ねてやった。

 そして、光が溢れ出す。

 壱夜本人の身体が輝いていた。

 あっという間に彼女の着衣が吹き飛ぶ。


「なっ……ちょっとおおおおお! 花未っ、アタシの制服ーっ!」

「大丈夫だ、問題ない」

「っていうか、みんなに裸見られてる! もうお嫁に行けないっての!」


 いや、なんていうか物凄い光が眩しくてなにも見えない。

 全裸のシルエットだけが、花未と重なって見えた。

 お嫁に行けない? なに言ってんだ、お前は僕の嫁になるんだよ!

 そんなことを堂々とは言えず、心の中で叫ぶ。

 その時にはもう、花未の姿が変わり始めていた。


「特異点と接触、保護完了……特異炉ハテナ・リアクター、フルドライブ。ワルキューレ873号、戦闘形態へ」


 あっという間に花見の姿が巨大化した。

 そして、どこかはかなげな美少女の面影おもかげが吹き飛ぶ。

 そこには、鋼鉄の戦乙女ワルキューレが立ち上がっていた。その胸部、まるでコクピットみたいな部分で壱夜が目を白黒させている。

 そう、巨大ロボだ。

 確かにアンドロイドやサイボーグじゃなかった。

 。見ればその姿は複雑な曲線で構成されており、女性的なラインの中に力強さが感じられる。

 手には槍のような、ライフルのような武器が握られていた。


「ちょっと、隆良ーっ! ア、アタシどうなっちゃったの! えっ? 花未は?」

「お前が今乗ってるのが、花未だ!」

「戦闘開始……ハッチを閉じるぞ、気をつけろ」


 なんだかパニックになって叫んでる壱夜の声が、消えた。

 完全に花未の中に密封されてしまったようだ。

 さっき、特異炉がどうとか言ってたから、パイロットというよりは動力源なのかもしれない。そして、ニャジラとの最終決戦が始まる。

 はずだった。


「っと、3分経ちましたわね。ごめんあそばせ、皆様。わたくし、そろそろ活動限界ですの」

「ちょ、ちょっと、星音会長っ!」

「それに、さっきから全然攻撃が効かないのですわ。やはり、ここは特異点……花未さんと壱夜さんに任せるしかありませんわね」


 会長はそれだけ言うと、ジョワッワ! とばかりに空へと飛び去った。

 と、思ったらいつの間にか背後の裏通りから歩いてくる。え、今宇宙に飛び去ったんじゃ? っていうか、そのコスチュームやっぱり目立つなあ。

 星音会長は通信機になにかをささやき母国語でまくし立てると、僕の横に立つ。

 今度こそ、大怪獣ニャジラとの最後の戦いが始まったのだった。

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