第25話「痛みを知る、ただの美少女であれ」
大怪獣ニャジラ、迫る。
対するは、男の娘な魔法少女ともう一人。
頼れる日ノ本の防人、凶祓い一族の冥沙先輩だ。
驟雨のように矢が降り注ぎ、露骨にニャジラは嫌がる素振りを見せた。その全身に、まるで生えてきたように矢が無数に突き立つ。
だが、やはりダメージが通ってるようには見えない。
そう思っていると、すぐ横にシュタッと紅白の影が降り立った。
「大丈夫か、隆良君」
「冥沙先輩!」
「無事でよかった。大好きな物語の続きが読めなくなってしまうかと思ったぞ。そう、そういえば新作の特装版を予約したのだが」
「いっ、今はいいですから! っていうか、前、前っ!」
既にもう、避難民の大半は逃げている。
がらんとしてしまった通りに向こうで、ゆっくりとニャジラが四足に戻った。そして、身をブルブルと震わせる。まるで風呂に入ったあとのようで、あっという間に刺さった矢は全て取り除かれた。
降ってきた何本かを、僕を守って冥沙先輩が切り払ってくれる。
神剣一閃、鋭い斬撃が空中に弧を描いた。
「むむむ……やはり矢が通らないな。当然か」
悔しげに奥歯を噛む冥沙羅先輩。
僕もその理由を知ってるから、グヌヌと唸るしかない。
周囲にはとうとう、自衛隊の迷彩服姿がちらほらと目立ち始めた。その中でも年嵩の、凄くガタイのいい隊長さんが駆け寄ってくる。
その人は、まるで上官に接するかのように冥沙先輩に身を正して敬礼した。
「失礼します! 神凪家の巫女様でありましょうか!」
「いかにも」
「政府からお話は伺っております! 援護させて頂きます!」
「感謝する。だが、これは我がお役目……自衛隊には避難民の誘導をお願いしたい」
「ハッ! 了解いたしました!」
やばい、冥沙先輩格好いい……と、最初は思った。
でも、彼女は僕をちらりと見てフフンとドヤ顔だ。
あっ、これはあれか、褒めるというか称えたほうがいいやつ? 褒め待ち?
「な、なんか凄いですね、冥沙先輩」
「我が神凪家は神代の世からの凶祓いだからな」
「でも、どうしましょうか……あれ」
「うん、それは……どうしよう」
ニャジラはまた移動を始めた。
その先にもしや、壱夜がいるのか? そう思うと僕は気が気じゃない。けど、頼もしい冥沙先輩も頑張ってる摩耶も、ニャジラに対してはあまりにも無力だった。
世界観が違うからだ。
魔法少女モノにも和風ファンタジーにも、怪獣は出て来ない。
それぞれ本来は異なる世界線なので、直接的な干渉は難しい。
「とりあえず、僕は行きます、冥沙先輩!」
「どこへ! 危険だ、避難したまえ!」
「壱夜がどこかにいる筈なんです。何よりもまず、彼女を助けないと。それと」
僕は手早く手短に経緯を話した。
恐らく、真の特異点の正体……それは壱夜だ。
そして、彼女の物語から生まれたのが大怪獣ニャジラだ。
何故? それももう、僕は思い出した。
だからニャジラは、猫型怪獣なのだ。
しかし、今は急ぐのでその説明は割愛する!
「という訳で、えっと、あ、そうだ。おーい、マジカル・マーヤッ!」
僕は天を仰いで叫ぶ。
周囲の自衛隊員たちが驚く中、ニャジラの周囲を飛んでた摩耶が降りてきた。
「マジカル・マーヤ、冥沙先輩と協力してニャジラを足止めシてくれ!」
「おっけー! でも、隆良は?」
「僕は今のうちに、壱夜を探して保護する! 頼んだぞ」
言うが早いか、僕は走り出す。
それも、ニャジラが向く方向へと並行して駆ける。
正直、凄く怖い。
向こうの大通りに、でかい猫が暴れているのだ。
ビルの谷間からでも、その巨体は圧倒的な圧迫感である。自然とニャジラの影の中を走れば、今にも息切れして倒れ込みそうな重圧を感じた。
それでも、僕は壱夜の名を叫んで走った。
「壱夜ーっ! どこだー! お前、勘違いしてるぞっ!」
そう、またしても勘違いである。
僕は花未とはなにもしてないし、今朝だって冥沙先輩にサインをしようとしただけだった。でも、あいつは単細胞な上に直情的だから、すぐに激情してしまう。
ん、いや待てよ……そもそもなんで壱夜が怒るんだ?
僕が誰と付き合っていようが、関係なく、も、なくもないのか。
そうか、あいつひょっとして!
「うおお、マジかよー! でもそうだなあ、キスしちゃったしなあ!」
自分の鈍さが少し嫌になった。
でも、吹っ切れたら僕のひ弱な筋肉が唸りを上げる。
限界を超えた力が湧き上がって、嘘のように加速して馳せた。
だが、一歩の大きさがまるで違う。
ニャジラは僕を追い越し、どんどん先へ先へと都心を歩いていた。
「クソッ、まずいぞ……てか、そろそろ、脚が、限界」
「あら、貴方の力はそんなものですの?」
突然、真横で声がした。
ちらりと見やれば、謎のハイレグ金髪美人が微笑んでいる。
バイクに乗った星音会長だった。
しかもなにそれ、タイヤないんですけど。
宇宙人的な未来バイクは、地面スレスレで浮いて飛んでいた。
「さ、後ろにお乗りになって!」
「いいんですか! 地球文明に干渉しないって話は!」
「特異点のせいですもの、非常事態ですわ。それに、今は時空監察官もいませんしね」
そうだ、花未の犠牲があった。
きっと無事だと信じているが、彼女の頑張りに報いたいとも思う。
つまり、僕たちでどうにか連携してニャジラを排除し、壱夜という特異点をなんとかする。なんとかするっていったって、どうしたらいいのかはわからない。
でも、不思議と妙な確信がある。
壱夜と会えさえすれば、なんとかなる気がした。
「すみません、会長! 乗りますっ!」
「飛ばしましてよ? 落ちないようにね、隆良さん?」
「大丈夫です、しっかり捕まって、ンゴォ!」
「あら、ごめんあそばせ。胸を握るもんだから肘打ちが」
「だ、大丈夫、です……イチチ」
そうだ、さっきまで男の摩耶だから抱き着きまくってもなにも言われなかったのだ。僕は思いっきり二房の大いなる実りに触れてしまい、エルボーを喰らってしまったのだ。
でも、不思議と星音会長はクスリと笑った。
「因みに、わたくしの母星では異性の胸を触るというのは」
「い、いうのは?」
「フフ、秘密ですわ。さぁ、エンジン全開ですわよっ!」
凄い加速のGが僕を襲った。
魔法の箒と違って、風圧もハンパじゃない。
だが、僕は歯を食いしばって行く先を睨む。
間違いなく、この先に壱夜はいる。
ニャジラより早く、彼女を見つけなければいけない。
「っと、少し揺れましてよっ!」
「ど、どこが少しいいいいいいいいいい!」
ビルが目の前に倒壊してきた。
ニャジラのゆらゆらした尻尾が薙ぎ倒したのだ。
その瓦礫が降り注ぐ中へと、星音会長の愛車がフル加速で突っ込んでゆく。
死んだと思った。
走馬灯の上映が開始されると思ったんだ。
でも、右に左にと揺れつつバイクは全てを避けてゆく。スピン一歩手前の挙動を繰り返し、時には真横に倒れたり逆さにジャンプしたりで、アクロバットを超えてサーカスな一瞬だった。
そして、背後で轟音とともに土煙が舞う。
その頃にはもう、僕たちはニャジラを追い越していた。
「っと、星音会長! あそこ!」
「ようやく見つけましたわね……あとはお願いできて?」
「はいっ! ありがとうございました、会長。早く逃げてください。あとは僕が」
自動販売機を背に、膝を抱えてうずくまっている女の子が見えた。
間違いない、あのクソ長いツインテールは壱夜だ。
金属的な金切り声で歌うバイクが減速する中、僕は転がり落ちるようにして降りる。そのまま勢い余ってゴロゴロ転がり、よたよたと立って彼女に駆け寄った。
顔を上げた壱夜の目は、真っ赤だった。
「壱夜っ! お前を探してた、探してここまで来たぞ! 話を聞いてくれっ!」
だが、強烈な殺気が頭上から降ってくる。
壱夜を見つけたニャジラが、フニャアゴ! と絶叫しながら再び立ち上がった。
思わず僕は、ぼんやりと見詰めてくる壱夜に覆い被さった。
身を挺して守っても、守りきれるもんじゃない。
でも、そうせざるを得なかったし、そうしたかった。
そんな僕に、優雅な声が突き刺さる。
「仕方ありませんわね、フフフ……逃げるなんてとんでもないですわ。宇宙貴族の、スペース・オブリージュ! 今こそ見せてあげましてよっ!」
星音会長が高笑いと共に真っ白に輝く。
そして、光の巨人が目の前に立っていた。
いや、それはニャジラの半分ほどの大きさだったが、大きな大きな美少女だった。
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