第22話「そして始まる大決戦」

 結局、僕たちは無力だった。

 いや、その言い方は正確じゃないし失礼だ。

 僕が、

 花未はなみは左腕を残して消えた。本当に真っ白な肌で、ひんやりと瑞々みずみずしい。僕はその左腕だけを連れて、アパートの部屋に帰った。

 例の宇宙戦艦サイゼリアンは、タバコ屋の角で僕を降ろして飛び去った。


「さて、と。隆良たからさん、ちょっといいかしら? その腕、少し見てみたいのだけど」


 あと、何故なぜ星音せいね会長も一緒だ。

 例のハイレグ宇宙服で、さも当然のように僕の部屋に上がり込んでしまった。

 そして、テレビでは緊急ニュースが全チャンネルで同じ事件を取り上げてる。

 当たり前というか当然だが、学校は臨時休校になった。


『皆さん、御覧ごらんください! 怪獣ニャジラです、巨大な猫型の怪獣が! ああ、港のコンビナートを! なんてことでしょう!』


 ニャジラはあっさりと上陸した。

 その過程で、自衛隊は思うように攻撃ポジションを取ることができず、跳梁ちょうりょうを許したことで責められてる。でも、一般船舶がひしめき合ってる東京湾では、ミサイルも攻撃ヘリも使うことはできない。

 僕はラノベ作家なので、ちょっとだけミリタリー知識があったのだった。


「……壊さないでくださいよ、会長」

「あら、もう壊れてるかもしれなくてよ? ……ごめんなさい、言い過ぎたみたい」


 僕はおずおずと星音会長に左腕を渡した。

 そして、自分でも少し気になるので彼女の手元を覗き込む。

 意外にも星音会長は、そっと腕を置くと手を合わせた。宇宙人でもやっぱり、鎮魂ちんこんの祈りはポーズが一緒なんだな。

 でも、僕は決して祈らない。

 花未が死んだなんて思いたくないからだ。

 例え死んでいるとしても、自分で確かめるまでは花未を信じるつもりだった。


「じゃ、ちょっと拝見しますわ……やっぱり、なのね」

「なにかわかるんですか?」

「隆良さん、辛いなら見なくても大丈夫ですわ」

「……いえ、大丈夫です。教えてください、花未のことを」


 素人しろうとの僕でも、一目見てわかる。

 花見の腕は、肩から千切ちぎれて中身が見えていた。

 血と肉と、そしてだ。


「……やっぱり、ナノチューブ構造の人工筋肉ね。血液はこれ、潤滑液じゅんかつえきじゃないかしら? そして骨格フレームは、これは見たことがない金属ね」

「ロボットだった、ってことですか?」

「そうね、人造人間とかそういう概念がいねんかもしれなくてよ。腕だけがそうならサイボーグ、全身そうなら……やっぱり、アンドロイド、つまりロボットってことになるわね」


 星音会長はいたって平静だった。

 例の縦巻きロールの金髪が解けて、触覚でも触れてみている。

 どうも、地球人にはないあの器官はかなりの分析力があるようだった。

 その間も、テレビのニュースは悲惨な現場を映し続けていた。


『ああっと、ニャジラが! ニャジラが今、コンビナートのタンクを! 球形のタンクを転がして遊んでおります! 危ない、付近の住民の避難は完了してるのでしょうか!』


 デカくて太った猫だ。

 ただ、デカいといっても120mである。

 勝手気ままに動いて遊んで、そういうところだけは本物の猫っぽかった。

 あいつが花未を……思わず僕は拳を握る。

 震える拳の内側に、爪のめり込む痛みが走った。

 けど、ここでグヌヌと怒りを燃やしても意味がない。

 もう、僕たちにできることはないのか?

 そう思っていると、検分を終えた星音会長が溜息を一つ。


「こうなってはもう、秘密にしててもしょうがないわね。……本当は、地球文明に接触することは禁止されているのだけど。今は非常事態ですわ」


 そう言って会長は、改めて身を正す。

 なんだかりんとした雰囲気に飲まれて、僕も正座してしまった。


「隆良さん、花未さんのこと……時空監察官じくうかんさつかんのことをお話しますわ。わたくしにはその義務があるでしょうし、ここまで巻き込まれたからには隆良さんにはその権利がありますの」

「は、はいっ」


 ――時空監察官。

 星音会長の話では、全宇宙のあらゆる場所、あらゆる時代に現れる謎の存在だという。宇宙の民はこれを未来からタイムスリップしてきた人類と定義しているが、その正体は謎に包まれているのだった。

 現在の宇宙人たちと同等、あるいはそれ以上の科学技術を持っているらしい。

 そして、特異点と呼ばれる次元災害を解決するために動いているらしい。

 全てに「らしい」とくくるしかない、まるで都市伝説のような存在である。


「わたくしの母国でも、過去に時空監察官が出現した記録が数件ありますの。でも……その全てがトップシークレット、最高の権限を持つ一部の人間にしか開示されていませんわ」

「じゃ、じゃあ、星音会長は」

勿論もちろん、わたくしも資料を見たことはありません。……宇宙貴族といっても、こんな天之川銀河あまのがわぎんが辺境伯へんきょうはくですもの」

「あっ、地球のある銀河って田舎いなかなんだ」

「ええ、ド田舎ですわ」


 知らなかった。

 じゃあ、そのド田舎に浮かぶ地球の日本、この東京周辺で……特異点のせいで、妖怪ハンター巫女みこ男の娘オトコノコ魔法少女と宇宙貴族お嬢様が鉢合わせしてる訳か。で、その特異点を解決しに来たのが未来人、時空監察官と。

 いや、待てよ……?

 花未は「自分は未来人ではない」と言っていた。

 あんな緊迫した場所で、彼女が嘘を言うとは思えない。

 そして、冗談を口にするタイプの人間でもない、っていうか人間じゃなかったっけ。


「星音会長、あいつ……花未は僕に言ったんです。未来人じゃないって」

「多分、それは『あなたの世界線の先にある未来から来た人間じゃない』って意味じゃないかしら」

「そ、そうでしょうか」

「……時空監察官がどこの銀河の何星人なのか、わたくしたちにもわかりませんの」


 その時だった。

 突然、ドアがノックされる。

 これは多分、壱夜いよだ。

 ちょっとこの間、妙な誤解を産んだままそれっきりだったので、ちょうどいいと思った。学校もないし、少し話したい。あと、怪獣騒ぎが近付いたら僕が彼女を守らなきゃ。

 そう思ってドアを開けたが、意外な人物が立っていた。


「あ、あれ? 冥沙めいさ先輩?」


 そう、神凪冥沙かんなぎめいさがそこには立っていた。

 長い黒髪を総髪ポニーテイルに結って、巫女装束みこしょうぞくつるぎをはいている。弓をもって矢筒をぶら下げた、その姿は正しく日ノ本ひのもとの守護者、凶祓まがばらいのいでたちだった。

 いつになく凛々りりしい表情は、ともすれば悲壮感すら感じそうだった。

 だが、彼女は僕を見てさわやかに微笑ほほえむ。

 それも無理しているような気がして、僕はドキリとした。


「こんな朝にすまない、隆良君。いや……

「アッー! や、やめて、それ以上いけない! ううう……で、なんかありました?」

「ああ。挨拶に来たんだ。別れの挨拶だ」


 えっ? な、なにを言ってるんだこの人。

 だけど、あとから来た星音会長は一瞬で察したようだった。


「そう……きますのね、冥沙さん」

「はい。会長はどうするんです?」

「今、評議会の議決を待ってますの。場合によっては、中央の艦隊を呼ばねばなりませんわ」

「宇宙人も大変ですね」

「そういう貴女あなたもね、妖怪ハンターさん?」


 二人は共に、都牟刈学園つむがりがくえんの双璧と呼ばれるマドンナだ。

 特別仲がいいという話は聞いたことがないが、確かに今の二人には不思議なきずなが感じられた。そしてそれは、途方もなく眩しくて絵になる光景だった。


「ヨハン先生。私は征かねばなりません」

「えっ! も、もしかして」

「あの、ニャジラとかいう怪獣を止めます。日ノ本の国と民をまもる……それが私の血筋に課せられた使命」

「むっ、無理ですよ! あれ、どう見たって日本固有の妖怪じゃないですよね! 魑魅魍魎ちみもうりょうとか百鬼夜行ひゃっきやこうじゃなくて、ガチで怪獣ですよね」


 静かに冥沙先輩はうなずいた。

 そう、無敵のバトル巫女様は……自分と同じ世界観の敵にしかダメージを与えられない。

 では、あの怪獣と同じ世界線の人間は?

 それは誰だ?

 時空融合じくうゆうごうしてもつれて絡んだ、この複数の世界線のどこなんだ?


「ヨハン先生。最後に……サインをもらえないか?」

「へっ?」

「好きなんだ」

「ひゃっ!? なっ、ななな、なにを」

「ヨハン先生の作品が大好きだ。厳しい修行の折に、読むと元気が出てくる」

「そ、そりゃどうも」


 すぐに星音会長が、机からサインペンを持ってきてくれた。

 僕はサンダルを履いて出ると、ドアの外で冥沙先輩に向き合う。人間って、こんなにも気高く美しい姿になれるもんなんだな……ラノベ作家なのに、彼女の凛冽りんれつたる覚悟を表現する語彙ごいが足りない。


「ここに、胸の襟元えりもとにサインしてほしい」

「は、はい……先輩? 震えてる、本当は」

「大丈夫だ。必ずあの化け猫を退治して見せる」


 その時、突然警報のような音が高鳴った。

 振り返ると、花未の腕が、その手首の腕時計型端末が光っていた。

 同時に、カンカン! と階段を走って降りる音が響き渡る。

 慌てて僕が足音を追えば……ツインテールの少女が物凄い速度で走り去っていくのが見えるのだった。

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