第21話「奇跡の価値観」

 静かな夜の海を、宇宙戦艦サイゼリアンは滑るように飛ぶ。

 そう、よく見ればちょっとだけ空中に浮いて航行してるみたいだ。

 そして、外甲板デッキへと通じるハッチの前で、僕は胸に手を当て深呼吸。一緒にいる花未はなみ星音せいね会長には、全く動じた様子が見られなかった。

 なにせ、対怪獣用の必殺兵器が完成したんだからな!


「……これが、地球文明に悪影響のない武器だって?」


 どう見てもです、本当にありがとうございました。

 って、待て待て! どういうことだ宇宙人!

 ……よく見れば、コーラのペットボトルだこのパーツ。一番大事な鉄杭パイルこそ、鈍色にびいろに輝く超合金っぽさに溢れているが。だがだが、他のパーツは地球のホームセンターで買えるようなものばかりだった。

 なるほど、地球の文明に悪影響は与えないだろう。

 むしろ地球の文化、特にアニメとかゲームの悪影響を受けまくってる気がした。


「じゃ、あとは任せるわね。お願いできて? 花未さん。隆良たからさんも」

「任せろ、林檎林星音りんごばやしせいね。全く問題はない」


 いやいや、大問題じゃない?

 これってつまり、怪獣に肉薄して零距離ゼロきょりでブチ込めってことでしょ?

 ゴメン、の悪いけは嫌いじゃなくない。

 率直に言って、逃げたい。

 でも、僕は花未の手からパイルバンカーを取り上げる。


「ど、どうした、一ノ瀬隆良いちのせたから

「僕がやるよ。そ、その、女の子にこんな荒事あらごとをやらせる訳にはいかない」

「前時代的な価値観だな。あ、逆だな。後時代的だ。ふむ……しかし」

「ああ、そうだよ。僕は貧弱だし体力もない。でも、悔しいけど僕は男なんだな」


 人生で一度は言ってみたいガンダムの台詞せりふ、言っちゃった! 声に出して読みたい台詞ってやつだ。でも、まだまだ花未は納得がいかない様子である。

 逆に、星音会長は目をキラキラさせていた。

 なんだか嬉しいのか、左右の触覚がぐるぐると螺旋らせんえがいてる。


流石さすがですわ、隆良さん。ノブレス・オブリージュ……実に男らしくてよ」

「ども。まあ、なんとかなるんじゃないかなって」

「目標が浮上すると同時に高速で横をすり抜けますわ。攻撃チャンスはおよそ、0.5秒。特殊なスペース分解薬が塗られてますので、なるべく体の中心線近くを狙って頂戴ちょうだい

「という訳だ、花未。わかったか?」


 ごめん、無理……人間には無理だ、それ。無理ゲーだ。

 まあ、創作物の中ではお約束の「成功率が低いほど確実に成功するフラグ」でもあるんだけど。でも、現実はそんなに甘くはないし、ここはやっぱり適材適所でいこう。

 そういう訳で、僕は花未にパイルバンカーを返した。


「やはり、わたしが適任のようだな。気にするな、一ノ瀬隆良」

「ごめん……ちょっとはいいとこ見せたかったんだけどな」

「うん? わたしは常々見せられてるぞ。お前はいい男だ」

「ちょ、ば、馬鹿野郎! 真顔で真っ直ぐそゆこと言うなって……はずいなーもう」


 今度花未に、安くて美味うまいもんでもおごってやろう。

 そう思っていると、頭上から通信の声が廊下に鳴り響く。


『艦長! 目標、浮上。光学映像、送ります!』


 いよいよ怪獣様のおでましだ。

 多分、いわゆる一つの恐竜型って線だろう。ベタだけど。いやでも、変化球もありえるぞ……なにせ日本には、カメがモチーフの怪獣がいるくらいだからな。

 そして、微動に艦全体が揺れる。

 そんな中で、一枚の光学ウィンドウが空中にポップアップした。

 映し出された映像が、僕たちを絶句させる。


「……ネコ、だな」

「猫ですわね」

「猫というのか、あれは」


 そう、だ。

 巨大な肥満気味の三毛猫みけねこがそこには立ち上がっていた。

 水平線がじんわり紫色に染まる中、払暁ふつぎょうを待つ海に巨大な猫がいた。

 いや待て、待って。

 流石に猫はないだろ。

 だが、星音会長は冷静だった。


「全長、直立時でおよそ120mメートル。推定される質量は150,000トンてとこかしらね」

「いやいや、ちょっと待ってくださいよ。猫ですよ? 猫!」

「ええ、猫でしてよ。猫型怪獣……そうね、ニャジラってどうかしら」

「そういう話じゃなくて!」


 だが、ガクン! と艦が加速を開始する。

 そして、花未が一歩を踏み出した。


「個体名称、ニャジラ。目標確認、排除する。……猫という生き物、かわいいのだな」

「あんなクソデカサイズじゃなきゃな! ってか、花未! 気をつけろよ!」

「任せろ。狙えば外さない」


 すぐに次の通信が流れて、急いで星音会長はブリッジに帰っていった。

 そして、奇跡を強請ねだる瞬間が近付いてくる。

 合金製の重々しいとびらの向こうに、運命が待ち受けていた。

 その手回し式のハンドルを握って、ふと花未が振り返る。


「一ノ瀬隆良」

「な、なんだよ。……そうだよな。やっぱりここは僕が」

「無理だ。あと……それは、嫌だ」

「ア、ハイ」

「お前の身体能力では危険だ。人間に任せていい仕事ではないと判断する。それに……不思議とお前になにかあったら、わたしは嫌なんだ」

「でも、僕だって……女の子にやらせていいなんて思ってない」


 いつになく花未は、よく喋る。

 ひょっとしたら、彼女なりに緊張してるのかもしれない。


「いままで世話になった、一ノ瀬隆良。それと、すまなかった」

「おい馬鹿、やめろって。そういうのなー、死亡フラグって言うんだぞ」

「わたしは、お前に秘密を隠していた。わたしは……

「そりゃそーだろ、まあ……妥当じゃない? お前みたいな女子高生いたら怖いし」

「そ、そうか? わたしは、怖いか」

「うんにゃ? トンチキでアホの子だけどさ。でも、とっくに友達だよなあ」

「……この戦いが終わったら、じゃあ」

「だから、そういうのよせって! あ、ちょっと待ってろ」


 僕は周囲を見渡し、なかなかにハイテク感満載の通路へ視線をさまよわせる。少し離れた場所に、恐らく消火装置のたぐいであろうボックスが設置されていた。すぐに駆け寄り開封して、その中から長い長いホースを持ち出す。

 うわ、手触りがなんだか和紙っぽい。

 宇宙人のハイテクマテリアルで出来てる感じだ。


「花未、手を出せよ。そそ、ちょっと待ってろ」


 僕は手際よく、花未の腕にホースを巻き付けて丁寧に結んだ。


「痛くないか?」

「平気だ」

命綱いのちづなだよ、一応な。僕がこれ、握ってるから。一応あそこの壁に繋がってはいるけど……僕が握ってる。絶対に放さないからな」

「それは頼もしいな。よろしく頼む」


 こんなことしかしてやれない。

 巨大猫型怪獣とかいう冗談みたいな非日常に、一人の女の子を押し出すしかできないのだ。それが人間だとか人間じゃないとか、関係ない。

 花未は花未じゃないか。

 だから、祈るような気持ちで見詰めてうなずく。


「猫、な。本当はこう、小さくてフワフワでさ。吸うと元気になれるんだ。モフれるし」

「そ、そうなのか? この時代は多彩な動物が住んでいるのだな」

「今度、一緒に近所を散歩しよう。野良猫のらねこに会えるぞ。だから」

「ああ。わたしは必ず戻ってくる。……よし、そろそろだ」


 花未はニコリともせず、力強く頷きを返してくれる。

 そして、キュッキュとハンドルを手早く回した。ドアからプシュッ! と空気の漏れる音がして、頭上のランプが点滅する。

 重々しい扉が開かれると、あっという間に海水がなだれ込んで来た。

 その先に、僕は見た。

 そそり立つ壁、毛並みのつやつやしたニャジラの巨躯きょくを。


「花未っ! 気をつけろよ! 待ってるからな!」


 すでにもう、そこに花未の姿はなかった。

 荒れ狂う突風と波濤はとうの中、彼女の走る足音が遠ざかってゆく。

 僕はホースを握って、その手応えで花未の無事を知るしかできなかった。


 ――フニャアアアアアアアゴ!


 耳をつんざく、でもなんか緊張感のない咆哮ほうこうがこだまする。

 揺れる艦内で、僕はひっくり返って倒れても起き上がった。

 必死でホースを握り、朝日の中へと目を凝らす。

 そう、夜明けだ。

 日の出の光が、ニャジラの影に覆われて消える。その闇の中を、宇宙戦艦サイゼリアンは駆け抜けた。そして、徐々に波間の揺れが小さくなってゆく。

 僕の手が握るホースも、なんだか軽くなった。


「やったか!?」


 あ、やばい。

 この台詞は、ダメ。

 僕は急いで扉の向こうへと顔を出した。

 ずっと背後の方へ遠ざかるニャジラが、あまりにデカくて距離感が狂う。

 そして……急いで引っ張ったホースの先に、ちゃんと花未が結ばれていた。

 そう、

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る