第20話「さらば日常よ、旅立つ艦は」

 僕はマッハで部屋を出て、隣のドアをガンガン叩いた。

 少しの間を置いて、何の警戒心もなく扉が開く。

 そこには何故なぜか、下着姿の花未はなみがいた。

 眠そうに瞼をこすり、ムニャムニャと眠いことを口ごもる。

 僕たち二人が突然謎の光に包まれたのは、そんな時だった。


「……あ、あれ? ここは?」

「眠い……一ノ瀬隆良いちのせたから、説明を求める。ここは、どこだ」

「いや、僕もわからないんだけど。さっきピカッて――」


 まばゆい閃光が収まり、次第に目が慣れてくる。

 僕と花未は、気付けば見知らぬ空間に立っていた。そして、僕にとってはどこかで……そう、ラノベや漫画、アニメやゲームでよく見た光景が広がっていた。

 ずらり並んだオペレーターたちは、みんな美人さんだ。

 分厚い窓の外は、海底? 澄んだ水の中を魚群が行き交っていた。

 SFオーラの強い計器類に、宙を飛び交う光学ウィンドウ。

 ここはもしかして――!?


「オーッホッホッホ! 宇宙貴族ですもの、戦艦の一つや二つは持ってますわ! それに今のは、量子テレポートのちょっとした応用でしてよ」


 振り向くと、少し高い場所に偉い人用の椅子があった。

 そこで立ち上がるのは、あの星音せいね会長だ。

 うーん、なんだか「左舷さげん、弾幕薄いよ!」って言いたくなるような……そう、艦長席ってやつだ。ご丁寧に星音会長は制帽を被って肩に軍服っぽいのを羽織はおっている。


「え、あ、えっと……星音会長? いや、艦長、なのか?」

「いけませんわ、この船は軍艦ではなくてよ……わたくしのことは船長とお呼びになって?」

「いやだって、さっきハッキリと宇宙戦艦って」

「……ゴホン! そういう訳で、サクッと怪獣退治に行きますわよ! 宇宙戦艦サイゼリアン、抜錨ばつびょうですわっ!」


 なんか、お手軽感のあるイタ飯屋みたいな名前の宇宙戦艦だった。

 しかし、ゴゴゴと軽く揺れて足元に浮遊感が広がる。

 こいつ、動くぞ……!

 オペレーターの皆さんも全員が女性で、やっぱり宇宙人らしく左右一対の触覚が髪から生えてる。それを自分の扱うデバイスに直結して、情報のやり取りをしているらしい。

 うーん、SF……っていうか、スペオペスペースオペラな展開になってきた。

 だが、まだ花未は夢現でふらふらしている。


「ところで、花未さん? 貴女あなた、なんで下着姿なんですの?」

「いや、それは……説明……求め、る……」

「まあ! もっ、ももも、求められて!? もしや、隆良さんに!?」

「隆良、夜中に……突然、来て……」

「やっぱりですのね。地球人、そういうところは早熟でしてよ! 銀河少年法スペースしょうねんほう違反ですわ!」


 もう疲れた、真夜中なんだし帰って寝たい。

 けど、星音会長は軍服を花未の肩にかけてやってる。そうそう、学園でも双璧をなす美少女生徒会長で、全校生徒の憧れのお姉様……まあ、ちょっとポンコツだけど、優しい人なんだよ。

 基本的にはね。


「さて、早速ですが怪獣退治と行きますわよ! 総員、全武装フルチェック! セフティ解除ですわ!」


 了解ア・ハーンの声が連鎖する。そっか、会長の星では了解は「ア・ハーン!」なのね。うーん、異文化って気がする。けどこう、もうちょっとなんとかならないのそれ。

 でも、乗員たちは母国語を交えつつ日本語で喋っている。

 どういうことかというと、


「あ、言葉の話? 簡単ですわ、先日保健室で繋がった時に」

「単語! 単語のチョイス最悪です、星音会長!」

「ちょっと隆良さんの脳をグリグリとね? いえ、ガリゴリですわね。そゆことよ?」

「……ちょっとそれ、どういうこと?」


 僕は宇宙語がわかる。

 なんてこった……だが、その時隣でハッと花未が目を見開いた。

 ようやく覚醒したのか、彼女は頭上の天井モニターから降りてきた立体映像に見入っていた。僕も見上げて、思わずゴクリと息を飲む。

 星音会長が得意げにその威容を説明してくれた。


「これが我が一族所有の宇宙戦艦サイゼリアンでしてよ。ええ、ええ、艦齢かんれい800年ほどの骨董品アンティークですの。でも、性能は折り紙付きですわ」


 いかにも宇宙戦艦って感じの、ロケットと洋上艦を折半せっぱんして飛行機でまとめたような姿だった。三連装の主砲塔がいくつかと、ハリネズミのような対空火器。その中心に艦橋かんきょうがあって、翼とスラスターがドガガガガって感じに盛ってある。

 強いて言うなら、大昔に大ヒットしたアニメの某発掘戦艦N-Nーチラスに似ていた。

 そして、艦体をミニサイズで映した立体映像が次々と緑色に光ってゆく。


「艦長、全武装オールグリーン。システム・オンライン」

「全セフティ解除。ミリタリーパワー、マキシマム」

主機しゅき、全力運転! 出力120%!」


 それっぽい単語が交錯し、いよいよ雰囲気が盛り上がってきた。

 っていうか、やっぱり今、艦長って言ったよね?

 そんなことを思っていると、徐々に艦の傾斜がきつくなってくる。よろけた僕は花未に片手で支えられた。彼女は根でも張った大木のように揺るがない。

 そして、視界が一気に開ける。

 海面への浮上は、星の海に飛び込むがごとし……満点の星空には月が浮かんでいた。


「全艦、第一種戦闘配置ですわ。スペースジャマー全開、地球人に見られてはなりませんよ」


 そう、この艦がとんでもない超兵器だというのはわかる。

 もし地球人が見たら、一部の人間はエゴと欲に逆らえなくなるだろう。

 僕だって、今は最高にムズムズしている。

 一度でいいから主砲を「ーっ!」とか「Feuerファイエル!」とか「直撃させるっ!」とか叫びながら撃ってみたくない? え、みたくならない? ……ならないか、普通は。

 まあ、間違いなく地球のミリタリーバランスは一瞬で崩壊する。

 でも、宇宙戦艦サイゼリアンは静かに穏やかな海を進んでいた。


「見ろ、一ノ瀬隆良。向こうに見えるのは、あれは自衛隊の護衛艦だ」

「げっ、滅茶苦茶めちゃくちゃ近いじゃん!」

「……向こうからはこっちが見えていないようだな」


 窓に張り付く花未の肩から、やや大き過ぎな軍服がずり落ちる。

 僕は慌ててそれを引っ張り上げつつ、彼女の隣で目を凝らした。

 確かに、すぐ横に軍艦がいる。

 サイゼリアンに比べたらとても小さいが、日本が誇る海上自衛隊の護衛艦だ。

 それに構わず、星音会長は加速を命じた。

 静かに、そしてあっという間に周囲の景色が後ろへ飛び去った。


「さて、怪獣さんはまだ海の底みたいですわね」

「どうするんです? 艦長。じゃなくて、会長」

「まず、目標の補足。そして、撃退方法を考えねばなりませんね。なるべく、地球文明に影響を残さない方法が必要ですわ。つまり」

「つまり?」

超重力砲弾G・B・APも中性子ビームもダメ、ほぼ全ての兵装がアウトでしてよ」

「それって……全然ダメじゃないですか!」


 そりゃまあ、色々と大騒ぎになるし、なんとなくオーバーキルな気がした。噂の怪獣王とかなら、多分耐えるしやられても復活しそうだけど。

 星音会長は艦長席に据え付けられた端末を起動し、軽く光学キーボードをタッチする。


「と、いう訳で……人工知能サイゼちゃん、起動。検索キーワードは、っと」


 突然、星音会長がググり出した。

 同時に、目の前に小さな小さな女の子の姿が浮かび上がる。あー、はいはい。よくあるやつだ、この艦の人格モジュールというか、そういうやつね。

 でも、その立体映像の幼女は、一言発するなり緊張感を骨抜きにした。


「うーっす。どした? って、セイネリアじゃん。おひさー、200年ぶりくらい? でかくなったなー、お前」


 やたらフランクでサバサバしたAIだった。

 けど、星音会長はさして驚いた様子もなく言葉を続ける。


「お久しぶりですわ、サイゼちゃん。不躾ぶしつけですけど、ちょっと軽く大ピンチですの。未知の怪獣を、地球文明に悪影響を与えることなく無力化したいの。方法、なにかあって?」

「んな都合いいもん、ねーって。……怪獣、ああこれか。前方10km先、なんか海ん中泳いでんな。うーん、待て待て、ちょっち待てよー?」


 大丈夫か、このAI。

 そう思ったが、心配は無用だった。


「よし、本艦の縮退炉しゅくたいろを爆縮させて、地球ごと蒸発させよう」

「馬鹿かこのポンコツAIっ!」

「む、地球人? なんで? 地球人乗ってるじゃん。ほら、地球を消しちゃえば、地球文明の心配しなくてよくね? ってか、だったら地球人のボウズも消す系じゃね?」

「……駄目だ、心配無用どころじゃない。失敗無能しっぱいむのうだ」


 だが、ニシシと笑ってサイゼちゃんはあざといポーズでウィンクを一つ。


「まあ、待ちたまえよ……工作室で15分あれば専用の武器が完成する。もう作業を始めた。怪獣が浮上したところを、艦の甲板から直接撃つしかねえ!」


 なんですと?

 っていうか、オペレーターのお姉さんたち、なんで振り返って僕を見るの?

 星音会長、ポンと肩に手を置いてきてうなずくの、やめてくれません?

 ……僕がやるんですか!? それ、無理ゲーじゃないですか!

 そう思った時にはもう、そっと僕の前に花未が歩み出ていた。


「わたしがやろう。ただ、一つだけ気がかりがある。林檎林星音りんごばやしせいね、見ろ」


 僕も彼女の突き出す手首を見た。

 例のゴツい腕時計型デバイスは、沈黙を守っている。

 この非日常を通り越して非常識な状況でも、

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