第19話「会長はウルトラウーマン、的な?」

 その夜、僕は夢を見た。

 酷く幼い、遠い日の夢。そして、今の僕と地続きな追憶だ。

 そう、確かにあの日僕たちは裏山に遊びに行った。

 子供だけでは入ってはいけないと言われてたのに。

 そして、その奥で小さな社を見つけたんだ。


『たから、はやくはやくーっ! 雨、ふってきたよ!』


 夕暮れの茜色カーマインを暗雲が覆って、あっという間に土砂降どしゃぶりの雨が降った。

 僕も壱夜いよもずぶ濡れで走って、道に迷った中で社を見つけたんだ。

 二人で駆け込んで、薄暗がりに凍えた。

 社の中には、小さな御神体ごしんたいが一つだけ。

 でも、壱夜がその背後になにかを見つけた。


『見て、たから。ストーブがある』

『それって、つくの? コンセントは?』

『だいじょうぶ! 泣かないで、たから。これをこうして、っと』


 多分、古い型の石油ストーブだったんだと思う。しかも、若干中に灯油が残っていたようだった。ブスブスとぐずるように火がついて、少し焦げ臭い煙が立ち上る。

 それでも僕たちは凍えていたから、ありがたいと思って並んで囲んだ。


『って、いよちゃん! なっ、なな、なに脱いでるの!?』

『お洋服をかわかさなきゃ、かぜ引いちゃうもん! ほらっ、たからも!』

『ま、待って、引っ張らないで!』

『いいから、脱ぎなさいー! かぜ引いたら、びょういんでお注射なんだから』


 昔から壱夜は強引なとこがあって、決めたら即実行の鉄砲玉みたいな娘だった。

 その時期はよく二人でお風呂に入ってたし、パンツ一丁になっても気にしない。少なくとも、壱夜は気にしていなかった。

 僕はというと、ちょっとませてたんだろうな。

 因みに小学三年生くらいまで、この関係は男女の概念を知らぬまま続くことになる。


『かして、たから。かわかしてあげるから』

『う、うん』

『ほら、ズボンも脱いで!』


 石油ストーブの周囲にちょっとしたフェンスがあって、そこに壱夜が次々と濡れた衣服を広げてゆく。

 そのあとで僕たちは、雨宿りしつつ肩を寄せ合った。


『く、くっつくなよぉ』

『いいじゃない、寒いんだもの! ほらっ、たからももっと寄って』

『……家に、帰れる?』

『雨がはれたらね。だいじょうぶよ、すぐにやむから』


 だが、外では稲光いなびかりが轟音を響かせる。

 雨脚あまあしも心なしか強くなって、ますます僕は心細くなったのを思い出した。

 そんな僕の肩を抱いて、壱夜は何度も繰り返し「だいじょうぶ、だいじょうぶ」と繰り返した。じんわりと壱夜が温かくて、濡れた髪がくすぐったい。そんな永遠にも等しい一瞬を重ねて、僕たちはただただ凍えながら太陽を待っていた。


『ね、ねえ、その……やっぱり、はなれてよ。その、ぼく』

『どして? たから、ふるえてるよ? だいじょうぶだから!』

『それに、ぼく、知ってるんだ……こゆことしてると、赤ちゃんできちゃうんだ』


 できねーよ! と今なら突っ込める。

 でも、壱夜より早く性を意識し始めた当時の僕には、そういう無駄に半端な知識があったんだろう。けど、純粋無垢じゅんすいむくな壱夜は無邪気に笑う。


『だいじょうぶっ! 赤ちゃんってね、キスしなきゃできないんだよ? それに、赤ちゃんできたら、えと、セキニン? そう、セキニンってのをとればいいの!』

『……そ、そうなの?』

『うんっ!』


 夢を見て死にたくなること、ありますか?

 僕は、今がその時です。

 はずい、そんなことがあったのか!

 そりゃ、忘れてて当然だ……覚えてたら壱夜の顔をまともに見れないかもしれない。あいつ、昔はこんなにかわいかったのか。今じゃツンデレのデレ抜きみたいな性格だけどな。

 そして、ぼんやりと夢が閉じ出した。

 どうやら僕は現実に覚醒し始めているらしい。

 カラーだった風景がセピア色になって、そして徐々に暗くなってゆく。

 だが、最後に夢はとんでもない光景を見せつけてきた。


『たから、キスしたこと、ある?』

『な、ないよっ! 男はそういうの、しないんだ!』

『赤ちゃん、できるから?』

『そ、そうだよ! ぼくは知ってたんだ、だからしない!』

『そっか……残念。アタシは、いいよ? たから、なら』


 ロリ時代の幼馴染おさななじみがぐいぐいくる。

 けど、僕は一番大事なことを思い出した。

 そうやってガキンチョ同士が乳繰ちちくり合っていた、まさにその時……背後でストーブが黒い煙を上げ始めていたのだ。濡れた衣服の一部がストーブに接触していて、そこから発火し、あっという間に火が――


「うわっ! 後ろ! 壱夜、後ろ後ろーっ!」


 大昔のコント番組みたいなことを叫びながら、僕は目覚めた。

 寝間着ねまきが汗びっしょりで、吹き込む夜風が心地よい。

 そして、少しだけカタカタと家具が鳴っている。先程の大きな地震の余震だろう。

 しばらくしてそれも収まり、僕はホッと溜息を一つ。


「って、なんで窓が開いてるんだ? 寝る前に閉めたのにな」


 僕はやれやれとベッドを出て、窓に歩み寄る。

 そして、サッシを閉じた瞬間、声にならない悲鳴を上げた。

 ピシャリとしまった窓ガラスに、謎のハイレグ美少女が映ったからだ。

 彼女は振り向く僕にそっと手を伸べる。

 そして、人差し指でくちびるを閉じてくれた。


「こんばんは、隆良さん。ごきげんよう」

「え、あ、あれ? ……星音せいね会長?」

「ええ」

「どうしてここに……っていうか、なんですその格好」

宇宙貴族うちゅうきぞくですもの、宇宙服くらい持ってると思わなくて?」


 いや、どう見ても水着だ。

 へそ出しルックのエグいハイレグである。

 けど、星音会長が宇宙服と言い張るので、そう見えなくもない。ちょっとエッチなロボットゲームに出てくる、やたらピチピチなパイロットスーツみたいだ。


「と、とりあえず、ええと……お茶でも出しましょうか?」

「あら、意外と冷静ね。とても魅力的なお話ですけど、遠慮しますわ」


 そう言って、パチン! と星音先輩は指を鳴らした。

 それだけで、何故なぜか僕の部屋のテレビに電源が入る。深夜だけに、テレビショッピングやドラマの再放送がやってるかと思ったが、違った。

 僕が一眠りしている間に、大変な事件が起こっていたのだった。


『くりかえします、先程防衛省は紀伊水道にて謎の巨大熱源を探知、追尾を開始しています』

『これが他国の原子力潜水艦だとすると、かなり大きなクラスになりますね。戦略原潜かもしれません』

『在日米軍には該当する潜水艦はなく、自衛隊と連携しての包囲が進められていますが』

『先年、大きな戦争があったばかりですし、隣国との緊張状態も続いています。つまり――』


 嫌な予感がした。

 っていうかこれ、とあるジャンルのベタベタなテンプレである。

 この先に待つ展開が、僕には手にとるようにわかった。

 だってこれ、日本映画のお家芸じゃん。

 シン・ナントカでやった展開じゃんかよ!


「そういう訳ですの、隆良さん。率直そっちょくに言うところの、

「……はぁ?」

「まず、わたくしの世界線であるところの異星人、わたくしと同じ宇宙人が持ち込んだ怪獣……その場合、わたくしが攻撃することで排除が可能かと思われます。でも」


 そう、仮に怪獣が出るとしよう。

 っていうか、このノリで怪獣じゃなかったら読者が怒る。

 読者のいない現実の人生でも、僕なら怒るなり失望するなりしてしまいそうだ。

 だが、今持って姿を表さぬ深海の怪獣……これは、特異点と関係があるだろう。しかし、特異点に収斂しゅうれんされた、どこの世界線に由来するモンスターなのか。

 冥沙めいさ先輩か、それとも摩耶まやか、はたまた星音先輩か。

 日本古来の妖怪なのか、魔術本から逃げ出た幻獣か、はたまた宇宙怪獣かという話である。


「もしかして、それで僕の部屋に?」

「ええ。例の時空監察官じくうかんさつかん873号にも伝えて頂戴? わたくしの方で一当ひとあてしてみますので、早く特異点を見つけ出して処理するようにと」

「ま、まさか、会長っ! あれと、怪獣と戦うんですか?」

勿論もちろんですわ。地球は我が領土の一部、先祖代々の星ですの。まだまだ見守られる必要がある、未熟な文明……必死に生きる原生人類をわたくしは守らねば」


 闇夜にぼんやり光る金髪が、左右の触覚をふわふわと漂わせる。

 端正な表情を柔らかく微笑ほほえませて、そうして星音会長は窓へと去っていった。

 思わず僕は、その手首をガシリ! と掴んでしまう。


「星音会長っ! ぼ、僕も行きます。今までと同様のケースなら、何故か特異点が顕在化する時に僕は全て立ち会ってきました。なにか因果関係が」

「ですが、危険でしてよ? それに、873号には」

花未はなみなら、隣の部屋で寝てます! 叩き起こして来ますから!」

「……は? あ、あら、そうですの。フフ、そういうことですのね……ウフフッ」


 特大の誤解が産まれてしまったらしい。

 しかし、僕は急いでサンダルを引っ掛けドアを開ける。歩いて3秒のご近所さん、隣の花未の部屋へと走った。

 そして、この春の僕たちの最後の大冒険が始まるのだった。

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