第23話「真実へと走れ、そして飛べ!」

 慌てて僕は走り出した。

 何度目だこれ、僕ってば走ってばかりじゃないか!?

 そう、何度でも走った。

 走れなくなるまで走った。

 でも、その都度事態は好転するどころか深みにハマっていく。こうしている今も怪獣が暴れて、いよいよ特異点に寄って僕たちの日常は三文小説みたいに歪んでゆくのだ。


「待てよ、壱夜っ! 壱夜ーっ! お前、ハァハァ、昔から、もう……お前って、奴は」


 そう、いっつもそうだ。

 あの時の社、大雨の裏山だってそうだった。

 ……そうだったか?

 突然、頭の中で霧が晴れてゆく。

 僕はふらふらと酸欠気味に立ち止まって、膝に手を押し当てて呼吸を貪った。

 確かに思い出した。

 何故か思い出せたんだ。


「そうだ、あの時……ストーブの火が乾かしてた服に燃え移って!」


 一気に追憶の過去が解像度を取り戻す。

 幼い二人は、特に僕は……一ノ瀬隆良はあの時、燃え移る炎を横目に見ていた。ひょっとしたら壱夜は気付いてなかったかもしれない。

 だって、彼女は目をつぶってたから。

 そして僕も……揺れる炎の危険より、壱夜の唇を選んだんだ。


「そうだった……クソッ、忘れてた。僕は最低な男だ」


 額の汗を拭って、再び走り出す。

 その時にはもう、はっきりと思い出していた。

 あの時、僕は壱夜とキスしたんだ。

 同時に、ストーブの火が燃え上がって服に飛び火し、そこで……御神体ごと社が火事になってしまったのである。

 僕たちは命からがら逃げ出し、駆けつけた大人たちに滅茶苦茶怒られた。

 どうしてそんな事件を今まで、僕は忘れていたのだろう。


「待ってろ壱夜。それと、あんまし危険な方へと突っ走るなよ」


 僕はヘロヘロだったが、千鳥足みたいになんとか走り出す。

 既に大怪獣ニャジラは東京都に上陸してて、その気まぐれ気ままな足取りは住宅街を進んでいるようだ。

 というよりは多分、もしかしたらニャジラは……壱夜を探してるかもしれない。

 そう、ここにきてようやく特異点の正体が絞られてきた。

 僕たちが探していた、本当の特異点とは――!?

 その時、頭上から声が降ってくる。


「おーい、隆良! なにやってんだ、お前」

「あっ、摩耶! お、お前こそ」

「やだなあ、身バレするじゃん。今のわたしはマジカル・マーヤさっ!」

「あ、ああ、すまん」


 魔法少女となって箒に跨った、親友の摩耶が頭上に浮かんでいた。

 とても可憐でキュートなその笑顔も、今日は少し強張って見える。

 そして、彼がこれからなにをしようとしてるのかすぐに僕にはわかった。


「摩耶、あ、いや、マジカル・マーヤ!」

「そそ、それそれ。身バレが怖いの、隆良が一番良く知ってるじゃん。ね? 狂言寺ヨハン先生?」

「よせっ、心の傷を抉るなって。それより」


 ふと、冥沙先輩のことが脳裏をよぎった。

 彼女は今頃、ニャジラを討伐するべく動いてる筈だ。サイン、結局してあげられなかったな……それに、彼女ではニャジラを倒すことはできない。

 ニャジラを倒せるのは、ニャジラと同じ世界感の人間だけだ。

 でも、彼女は戦うのだろう……そういうヒロインを僕も何度も書いてきた。女の子にだって、負けると思っていても戦わなければいけない時があるのだ。

 サインを強請る笑顔が思い出されて、僕は決意も新たに叫ぶ。


「マジカル・マーヤッ! 僕も連れてってくれよ! わかりかけてるんだ……特異点のこと」


 そう、もうわかった、 Q.E.D. 証明完了だ!

 けど、そのことに摩耶は疑問を返してこなかった。ただ静かに舞い降りて、僕に箒の後ろに乗るように促す。


「ん、いーよ?」

「軽っ! だ、だってお前」

「ま、そだよ。わたし、あのニャジラっての止めてみる」

「無茶だ! あれは、お前の世界線に根ざすものじゃない」

「まーね、でも無理じゃない。でもそれに、わたしはこの時は、この格好の時は……魔法少女マジカル・マーヤだから」


 不意に、いつもの摩耶の笑顔が広がった。


「俺にもなにかやれるなら、やるしかないじゃん?」

「摩耶、お前……」

「そういう訳で、乗った乗った! 飛ばすよーっ!」


 僕は迷わず、箒に跨った。

 グン! と加速して上昇する中、慌てて摩耶の腰に抱きつく。

 とても華奢で細いその体は、意外にも震えていた。


「摩耶、お前……震えて」

「言わないで! 正直、めっちゃ怖いんだから。人生で二番目くらいに、怖い」

「そ、そっか。因みに一番目は、ったああああ!?」


 風切る速さで箒が飛ぶ。

 不思議と風圧は感じなかったし、呼吸も苦しくない。

 ただ、慣性の法則だけはしっかりと僕の質量を自覚させてくれた。

 のけぞり落ちそうになりながら、情けないことに摩耶にしがみつく。

 摩耶は眼下に市民たちの悲鳴や怒号を聴きながら飛び続けた。


「人生で一番怖かったのは、自分の使命がわかった時」

「だ、だよな……魔法少女になって、モンスターを封印してまわるんだもんな」

「それもだけど、女の格好。女装したら、凄くしっくりしちゃってさ。今まで何故かわからなかった落ち着かなさ、自分がどこにもいないような気持ちが消えたんだ」

「そ、それって」

「でも、凄く怖かった。隆良や壱夜に、女装した俺がどう思われるかって考えたら」


 進級してから、摩耶は女子の制服を着るようになった。

 これがまた滅茶苦茶似合ってて、クラスの何人かは確実に性癖が捻じ曲がったと思う。

 でも、僕も壱夜もなにも変わらなかった。

 だって、摩耶が変わってなかったからな。

 どんな格好だって、摩耶は摩耶だ。

 編集担当の木崎さんなら「男の娘キャラなら一人称は俺じゃなくウンヌンカンヌン」くらいいいそうだけど。でも、現実じゃありのままが一番だからな。


「摩耶、いや、マジカル・マーヤ! 大丈夫だ、お前はさ……おっかなびっくりだったけど、学校に来たじゃないか。制服だって、女子のもののほうが似合ってるよ」

「そ、そかな」

「それに比べたら怪獣なんてさ。そうそう、一応仮説だけど教えとく。多分、ニャジラは……本当の特異点、千夜壱夜から生まれたやつだ」


 肩越しに振り返る摩耶が、驚きに目を見開いた。

 間近で見るとキラキラしてて、本当に魔法少女なんだなって思う。

 でも、僕は真っ直ぐ見据えて言葉を選ぶ。


「僕は、僕たちは勘違いをしていた。花未を中心に、数々の不思議な非日常が舞い込むことにミスリードされてたんだ」

「じゃ、じゃあ、やっぱり」

「本当の特異点はもう、最初から僕の、僕たちの側にいたんだ」

「それが、壱夜? なんで」

「わからない! ただ、ニャジラを止められるのは、多分壱夜だけだ」


 そのことを話したら、摩耶はニッコリ笑って頷いた。


「なら、やっぱり隆良が壱夜を見つけないとね」

「ああ」

「式には呼んでよ? つーかいい加減くっつきなって」

「よせ、絶対にノォ! ……でもないんだけど、こう、さ。幼馴染ってさ」

「負けヒロイン路線かもしれないけど、たまには大勝利もいいんじゃない? わたしが見たいのは、そういうハッピーエンドなんだけど。ねっ、狂言寺ヨハン先生?」


 やばい、こいつかわいいぞ……なに言ってんだ。

 駄目、摩耶は男、摩耶は親友! そしてそうだ、僕は……僕はっ!


「そうだ、僕はライトノベル作家、狂言寺ヨハンです!」

「にゃはは、なにを今更……って、あそこ見て、隆良!」


 摩耶が指差す先に、その巨躯は歩いていた。

 四本の足で、片側四車線の幹線道路を進むニャジラ。やっぱり猫だからなのか、器用に道行く車両を全部避けながら歩く。

 そういう動画、Yume Tubeで見たことあるぞ。

 でも、ニャジラの足元は大混乱だ。

 クラクションが行き交う中で、ローター音が空気を沸騰させる。

 すぐ近くを、報道陣のヘリコプターが飛んでいた。


「マスコミかっ! ……やばいぞ、ニャジラに近付いている!」

「捕まっててね、隆良! ギュッとして! わたしが、止めてみせるっ!」


 魔法の箒が一段と加速する。

 それは、ヘリコプターからレポーターが身を乗り出すのと童子だった。

 マイクに何かを叫びながら、中継しているようである。

 そして、その機体はあまりにも無防備にニャジラへ近付いていった。

 瞬間、ニャジラが猫そのものな俊敏性を爆発させる。

 突然振り返ったニャジラのネコパンチが、ヘリコプターを一瞬で捉えたのだった。

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