第15話「もう、ハルヒさん案件では?」

 昼休みになるなり、僕は猛ダッシュで走った。

 そう、また走らされた。

 その後ろを、弁当箱片手に壱夜が追いかけてくる。


「ちょっと隆良! 待ちなさいよ、アンタ! アタシにも映画の話!」

「バカッ、秘密の案件なんだぞ! 声がでかいっ!」

「あ、ごめ……って、ほら、お弁当! お昼も食べないでどこ行くのよ!」


 ここではないどこかへ、というか打ち合わせ通りに保健室にだ。

 もうなんか、僕もいっぱいいっぱいだった。

 ただ、幸か不幸か、はたまた悪運か……壱夜は騙されてくれている。

 そのまま日常にギリギリ引っかかってるうちに、僕は事態を収集したかった。僕にそんな特別な力はないが、やる気だけは十二分、それだけで充分だった。

 それに、僕の力……この、狂言寺ヨハンの作家性も役に立つかもしれない。


「すまない、壱夜! この埋め合わせは必ず! あと、お前今日もかわいいぞ!」

「えっ……ちょ、ちょっとなによ、そんなっ! ……や、やっぱり?」

「ああ! そのカモシカみたいなぶっとい脚だって、確実に需要はある! 誇れ!」

「もー、それを言わないでよぉ……でもでも、そっか……フフッ、そうなんだ。って、あれ? 隆良? ちょっと、隆良ー!」


 なんたるチョロイン。

 全校生徒が注目する中で、僕は陸上部のエース壱夜を振り切った。

 階段を駆け下り、一階の保健室に飛び込む。

 後ろ手に扉を締めて、ようやく僕は安堵の溜息を吐き出した。


「ふう……これでよし、っと」


 保健室では、南方先生が机に突っ伏して寝ていた。

 なんか、手にした湯呑に透明な液体が入ってるが、水だよね? ほのかに酒臭いけど、消毒用アルコールかなんかだよね?

 気にせず僕は奥へと進む。

 窓際のテーブルには既に、こんかいの騒動の関係者たちが集まっていた。


「あら、遅かったですわね? カ・ン・ト・ク?」

「よ、よしてくださいよ、会長」

「だって、映画を撮ってるんですものね? 最高にスペクタクルな、SFファンタジー巨編」

「あと、SFとファンタジーを混ぜないでくださいよ。混ぜるな危険!」


 真っ先に僕を迎えて、星音会長がきらびやかに微笑む。

 その横では、冥沙先輩が照れくさそうに微笑んでいる。

 おお……おお! この都牟刈学園の双璧と呼ばれる二大ヒロインが、今ここに終結! なんて眩しい。尊い、てぇてぇ……仰げば尊死。

 勿論、花未や摩耶も一緒だ。


「その、ヨハン先生」

「冥沙先輩、本名でお願いしますって。結構恥ずかしいんですから」

「格好いいペンネームだと思うのだがな。ま、今まで軽く全員で情報交換をしていた」

「とりあえず、自己紹介は終わってる感じですかね」

「問題ない」


 花見も無言の真顔で頷く。

 そんな彼女は、見慣れた壱夜印のお手性弁当を開いていた。今日のおかずはカボチャコロッケとアスパラのベーコン巻きか……ポテトサラダはリンゴ入りだな。

 こんなことなら、弁当受け取ってから逃げるべきだった。

 そう思っていると、摩耶が背中をバシバシ叩いてくる。


「あれ? 隆良は愛妻弁当なし? よしよし、俺のパンを分けてやろう」

「摩耶、お前……」

「おっと、惚れるなよー? ほら、好きなのを選べ」

「サンキュな」


 購買部で買ったパンが、紙袋の中に並んでいた。

 ちょっと遠慮して、小さいカレーパンを頂く。

 そうこうしていると、冥沙先輩が自分の弁当箱を開けた。そして、蓋にいくつかおかずを分けてくれる。焼き鮭、昆布の佃煮、煮物……うーん、和のティストですね。


「さ、これも食べるんだ。腹が減っては戦はできぬ、執筆にも影響するだろうからな」

「は、はあ。ありがとう、ございます」

「新作を楽しみにしているぞ、ヨハン先生。あ、いや、隆良君」

「頑張りまっす。まあでも、まずは事件の解決からですね。どこまで話してます?」


 その時だった。

 不意に立ち上がった星音会長が、すっと僕に顔を寄せてくる。

 前屈みに、腰に両手を当ててグイと迫ってくる。

 驚き怯んで、思わず僕はのけぞった。

 だってそうだろう?

 ビスクドールみたいな美貌が目の前で微笑んでいた。2.5次元とかってレベルじゃない、女子高生としてのあどけなさや少女らしさが今、高貴なアルカイックスマイルに凝縮されていた。

 で、会長のドリルが解けた。


「ちょ、ちょっと、星音会長?」

「動かないでくださいな。ちょっと失礼しましてよ」


 髪と一体となってる左右一対の触覚が、ふわふわと僕に迫ってくる。

 そして、あ、ちょっと、やめ……そういうの、僕の性癖的にはちょっと!

 まるでイヤホンのように、すぽっと僕の両耳に入ってきた。

 やばい、これは脳味噌を改造されるやつでは?

 勝手に手足がピクピク動いたり、最後には人格排泄をやらされる感じでは?

 だが、そんなことはなかった。


「あ、あれ? 頭の中に情報が入ってくる。……痛くは、ないですね」

「さっきまで話してたのはここまでですわ。どう? 理解できて?」

「は、はい。まるで自分で見聞きしたように」

「宇宙貴族ですもの、これくらいの記憶干渉は簡単ですわ」


 僕は思わず、ちらりと冥沙先輩を見やる。

 向こうは僕をガン見してたらしく、慌てて目を逸した。

 いいなあ、記憶操作ができるなんて羨ましい。

 僕はまず、冥沙先輩の僕に関する記憶だけ消したくなった。いや、ファンなのは嬉しいけど、なんていうか……その、狂言寺ヨハンて名前だけでも忘れてくれないかな。


「ど、どうした、隆良君。ああ、肉団子もやろう。さ、食べるんだ」

「いや、そういう意味じゃなくて……ま、いっか。いただきます」

「そういう訳で、お互いに立場を語り合って気付いたんだが、私たちにはそれぞれ敵がいて、平和を守るためにそれと戦っていることが共通している」


 そういう冥沙先輩は、お上品に小さな俵おむすびを食べる。

 冥沙先輩は、古来より日本に棲まう魑魅魍魎と戦っている。それが彼女の一族の使命だ。摩耶も同じく、魔女の家系として、ほら、なんだっけ? 聖魔外典? それから抜け出たモンスターを追いかけてる。主に西洋系の魔物だな。

 で、問題は花未だ。

 先程、星音会長からもらった記憶の中でも、彼女の発言は消極的である。


「ま、花未はひとまず置いとくとして……宇宙貴族、星音会長」

「ええ。わたくしの一族が持つ領地は、この天之川銀河系の七割にあたりますの。太陽系も勿論、その中。つまり、地球もわたくしのものですのよ?」

「ですのよ、と言われても」

「ただし、地球文明は未熟過ぎます。今のままの発展速度では、あと数千年は接触できないでしょうね」

「あの、モロに接触してますけど……」


 しかも、先程は直接脳に触れられたような感じだった。

 流石に星音会長もまずいと思ったのか、少し顔を赤らめ咳払いを一つ。


「地球は魅力的な資源が多すぎますの。別の星系から略奪に来る者があとを絶たず……こうしてわたくしが高貴なる義務の名のもとに、訪れているのです」

「あ、じゃあ今朝のナメクジっぽい人は」

「詳しくは言えませんが、外星人ですわね」


 整理しよう。

 冥沙先輩は和風の妖怪とかと戦う、怪奇譚属性。

 摩耶は変身してモンスターを封印する、ファンタジー属性。

 そして、星音会長は宇宙人を取り締まるSF属性だ。

 で、花未はというと――


「むむ! 美味い……味がする! もしや千夜壱夜は調理技能を極めた人間なのか?」

「いや、そのコロッケは普通に冷凍食品だと思うけど……流石に朝三つ作るの大変だし」

「冷凍食品だと? わたしもカロリー補給は合成食料を解凍して食べるが、段違いだ」

「あー、はいはい。……未来ってなんか、殺伐としてるのかな」

「だから、わたしは未来人ではないのだ。だが、この時代の人間ではないことも確かだ」


 思えば、出会った頃から花未はおかしかった。

 今も十分おかしいが。

 この世界は、この時代はと驚いて見せる。当たり前な自動販売機やコンビニを知らなかったのだ。だから最初は、辺鄙な外国の田舎から来た人間だと思っていた。

 だが、星音会長の話ではどうも違うらしい。

 その星音会長は、野菜ジュースの紙パックにストローを突き刺しつつ語る。


「花未さんは時空監察官ですわ。わたくしたち宇宙の民の間でも、都市伝説でしたけども」

「時空監察官?」

「宇宙開闢より今まで、歴史の動く時には必ず影にいる存在……正体不明のエージェント。もっぱら、わたくしたちより未来のどこからかやってくると言われてますの」


 そして、その使命は……特異点の排除。

 一応今、保健室には特異点反応を持つ人間が三人集まった。

 この中の誰かが、あるいは全員で一つの特異点ということも考えられるだろう。

 だが、壱夜の作った弁当に夢中な花未は、もごもごと食べながら要領悪く応える。


「ふぉのほほだが、わたふぃは」

「食うか喋るか、どっちかにしろって」

「…………」

「いや、この流れで食う方を選んだ!? ちょっと、いいから説明しろっての!」


 花未はゴクン! と喉を鳴らして食べ物を飲み込むと、シリアスな真顔をさらに引き締める。

 そして彼女は、確かに自分から名乗った。

 時空監察官873号、それが自分の正体だと。

 とりあえずどうやら、花未は別次元の人間ということなのだった。

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