第16話「少女仕掛けの神」

 放課後、僕はふらりと校庭に来ていた。

 どの運動部も活動が活発で、練習の掛け声が響いてくる。

 ちょっと、一人になって考えを整理したかったのもある。そもそも、わからないことが大過ぎた。それに、改めて非日常なヒロインたち(約一名男子)が大集合して、一つだけわかったことがある。


「……みんなが集まっても、特異点反応が出ないだって? どういうことだってばよ」


 思わず僕はキャラ崩壊してしまった。

 木陰こかげのベンチに座って、冷たいお茶のペットボトルを開封する。

 春の風はまだ少し冷たいが、そよめく木々が揺れて歌えば心地よい。

 そして僕は、改めて特異点について考える。


「過去に特異点反応が出たのは、三回だっけか」


 最初に、真夜中の住宅街。突如現れた牛鬼ぎゅうき壱夜いよが襲われ、冥沙めいさ先輩に助けられた。次が、商店街での買い物中に襲ってきたワイバーン……これも摩耶まやが片付けてくれた。最後に、裏山での宇宙人騒ぎ。これも自称宇宙貴族うちゅうきぞく星音せいね会長によって解決済みだ。


「つまり、特異点は摩耶たち本人じゃなくて、その敵対勢力たち、なのか?」


 魑魅魍魎ちみもうりょうのもののけたちに、太古の本から飛び出たモンスターたち、そして宇宙からの襲来者……そうした非日常の驚異が顕在化する時、その現象そのものが特異点だろうか。

 そのことに関して、今日の昼はもっと花未はなみの意見を聞きたいと思っていたのだ。

 だが、壱夜の弁当を頬張ほおばる彼女は、あまり新しいことは口にしなかった。


「まあ、美味うまいもんなあ……壱夜の弁当」


 ぼんやりそんな独り言を零して、ベンチの背もたれに沈む。

 ずるずると滑り落ちそうになりながら、だらしなく両手を広げて引っかかる。まるでベンチに風で飛ばされてきた洗濯物みたいになっていた。

 こんな時、小説のプロット作りが役に立つ。

 ただ、物語の要素が一部欠けている、そんな気はした。

 まだ、パズルのピースは全て出揃っていないかもしれない。


「誰のお弁当が美味しいって? んー?」


 気付けば目の前に、体操服姿の壱夜が立っていた。

 汗に濡れたひたいを手の甲で拭って、体操服のすそをまくるやそれで顔を吹く。

 露わになるくびれは、キュッと引き締まって眩しい。


「おいこら、無自覚な腹筋凄いでしょアピールはよせ」

「ちょ、やだっ! なに見てるのよっ!」

「お前が見せたんだろ、全く」

「違うもん! ま、見せて減るようなもんでもないけど? 罰として没収ー」


 陸上部のエース様は、ひょいと僕からペットボトルを取り上げた。

 よほど喉が乾いていたのか、それを一気に半分くらいゴクゴクと飲み干す。すっと伸びたのどの細さが、なんだか見ててドキドキした。

 いかんいかん、産まれた直後から一緒の幼馴染おさななじみなんで、知らなかった。

 千夜壱夜せんやいよは、とても綺麗な女の子に成長していたのだった。


「で? 映画の方はどうなのよ、隆良たから

「んー、まあ、ぼちぼち? そこそこ?」

「もっ! はっきりしないわね。そんなんじゃ冥沙先輩や星音会長に迷惑でしょ」

「そう言われてもなあ……」

「なによ、珍しいじゃない。小説なら時間も忘れて没頭する癖に」


 減ってしまったお茶を返してよこしながら、壱夜は少し心配そうに僕の顔を覗き込んでくる。

 そう、ちょっと悩んでいる。

 特異点の反応をもう一度確認し、その根源を見極める必要がある。

 それは、再び何かしらの事件を期待しなければいけないということだった。


「あ! わかった! ストーリーで悩んでるんだ」

「……まあ、そんなとこかな」

「そうよね、隆良ってどっちかっていうと脚本家? 台本屋っぽいもん。映画の監督、短編とはいえ隆良にはちょっとね」

「ど、どういう意味だよ」

適材適所てきざいてきしょってこと」


 軽くストレッチしながら、壱夜は長い長いツインテールを揺らす。

 そして、不意に意外なことを言い出した。


「でも、今日はちょっとなつかしかったな……隆良、覚えてる?」

「ごめん、覚えてない」

「まだなにも言ってないってば」

「わかってるよ。確か昔、一回二人であの山に遊びにいったよな」


 思わずイン・マイ・ドリームな塩対応をしてしまったが、珍しく壱夜はマイルドな反応を返してきた。そう、夢見るままに真実にまちいたらないかな、などと夢中で考えていたのだ。

 だが、特異点の謎を探る僕の前で、壱夜は勝手に思い出話を広げ始める。


「あれ、5歳くらいの時だったよね? 途中で凄い雨が降ってきちゃって。お天気雨、アタシ初めてみたなあ」

きつねの嫁入りってやつか……そうだっけか?」

「そうよ、覚えてないの? まあ、小さい頃の話だもんね」


 そう、どういう訳かその話の記憶は曖昧あいまいだ。

 僕は確かに、壱夜と育った幼少期の大半を覚えている。

 それなのに、都牟刈学園つむがりがくえんの裏山に二人で遊びに行った記憶はすっぽり抜けていた。空白というより、そこだけ霧に包まれたようにぼんやりとして見渡せない感じだ。

 ただ、雨……そう、晴天の中で雨に見舞われたと言われれば、そんな気がする。


「山頂の小さいやしろでさ、雨宿りして」

「そうだっけか。それで? 続きをプリーズ」

「それで……あっ! あ、うう……忘れた。アタシも忘れたっ!」


 突然、壱夜は顔を真っ赤にしてアワアワと口ごもる。

 なんだ? 結局壱夜も詳細は忘れてるみたいじゃないか。

 そんな時、壱夜は陸上部の仲間たちに呼ばれた。


「ゴメン、アタシもう行くね」

「おう、頑張れよ」

「うんっ! 隆良もしっかりしなよ? アンタ、やればできるんだから」

「へーい」


 そう言って、壱夜は手を振り走り出す。

 けど、すぐに立ち止まって振り返った。


「ねね、隆良! ! ?」

「は?」

「困っちゃったらさ、最後は怪獣がドーンと出て、みんなでバーンってやっつければよくない?」

「あのなあ……そういうのをデウス・エクス・マキナって言うんだぞ」

「そっか、駄目かあ。ま、隆良が作るんだからそうそう酷い映画にはならないわよね。頑張りなよっ!」


 壱夜は行ってしまった。

 ゆるゆるとツインテールを棚引たなびかせて、その姿は風になる。

 本当に脚が速い、あっという間に背景の中へ溶け込んで消えた。

 僕はあいかわらずだらしない格好で座りながら、ぼんやりと考えを遊ばせていた。


機械仕掛けの神デウス・エクス・マキナ、かあ」


 ――

 ようするに、創作における御都合主義の総称だ。最後にババーンと神が出てきて、その絶大な力で全てを解決してしまう。伏線もなにもあったもんじゃなく、強引にめでたしめでたしとなるのだ。

 この場合、神様でも怪獣でも意味は同じである。

 僕たちラノベ作家の中でも、夢オチと並んでもっとも忌避きひされるエンディング、それがデウス・エクス・マキナな終わり方だった。


「でも、怪獣か……そんなの出たら、今度こそ特異点事件が世界中を巻き込んでしまうな」


 人知れぬ宵闇よいやみの路地でも、小さな街の商店街でもない。まして、人気ひとけのない朝の山道とも違う。怪獣騒ぎになったら、今度こそ全てが公の目にさらされることになる。

 なにより、もう壱夜を特異点から遠ざけることができなくなってしまうだろう。

 僕とその周囲だけの非日常が、全世界の新しい日常に塗り替えられてしまうのだ。


「ない、な……怪獣はない。あってはならないって、ははは」


 だが、自分なりに今回のミステリーに筋道が見えてきた気がする。

 やはり、特異点とは人物や物体ではなく、事象。

 この世にあらざるべき異変そのものが、特異点なのだろう。

 次に来るのは、妖怪か魔物か、それとも宇宙人か。

 そういう意味では、怪獣だって特大の特異点足り得るだろう。

 だとすれば、やはりあの三人は特異点に近しい人間、カウンターとなりうる存在として無関係ではないようだ。


「でも、もしそうなら……特異点って平和裏に取り除けるもんなのか?」


 野球部のノックや、サッカー部のランニングの掛け声が聴こえる。

 そんな中、僕は膝の上に手と手を組んで考え込む。

 真夜中の牛鬼は、冥沙先輩が倒した。

 ワイバーンも摩耶が封印したし、今朝の宇宙人も星音会長が消し去った。

 しかし、まだ特異点は消えていない。

 この世界線の因果融合いんがゆうごうは解消されていないのだ。


「もう一度、もう一度だけ異変が起これば……今度こそ、詳細を突き止める。でも、それって災難が起こるのを待ってるようなもんだよいなあ」


 気が滅入る。

 三度目の正直、二度あることは三度あるなんて言葉があって、その通りになった。でも、四度五度と続いていい惨劇じゃない。

 やれやれと立ち上がると、不意に記憶がリフレインした。


『かいじゅう! アタシ、かいじゅうがいい!』


 突然、小さい頃の壱夜が思い出された。

 しかし、それがなにを意味するのかわからない。

 ふと目を細めれば、その壱夜は今の姿でタイムを測って走る。その姿を見送りつつ、僕もまずは家に戻ることにしたのだった。

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