第14話「宇宙貴族ですが、なにか?」

 気になるあのは未来人?

 生徒会長は宇宙人ですがなにか?

 ふむ、タイトルとしてはイマイチ……ラノベは基本、一にタイトル、ニに表紙、三、四がなくて五におびだ。え? 中身? うん、まあ……最初の数ページは大事だな。でも、逆を言えば中身なんて「」である。

 それがプロ……あれ、僕ってちょっと格好いい?

 しかし今は、森の茂みに身を隠してゴクリと喉を鳴らすだけだ。


林檎林星音りんごばやしせいね、訂正を」

「あら、なんですの?」

「わたしは未来人ではない」

「まあ……なら、その腕のデバイスはなにかしらん?」


 花未の右腕に、少しゴツめの腕時計が光っていた。しかも、大小様々なウィンドウが立体映像で宙に浮かぶ。

 うん、こんなスマートウォッチは今の日本にはない。

 世界中探したって、映画や漫画の中にしかないだろう。

 花未はなみよ、説得力が全くないぞ。

 そして、ドヤ顔で指摘した星音はフフンと鼻を鳴らす。


「わたくしたちと同等の技術レベル、SSSスリーエスの文明圏と認定しますわ」

「……未来人では、ないのだ。未来など……ないのだ」

「で、どうですの? わたくしの特異点反応は」


 ちらりと花未が、手元に視線を落とす。

 ここからでもはっきりと見えるくらい、彼女が見詰める文字列の濁流だくりゅうは緊迫していた。いかにも特別な警告メッセージがスクロールされてゆく。

 うん、間違いがない。

 もう見るのも三度目になるが、特異点反応というやつだ。


「過去最大の特異点反応を計測……やはり、異星人」

「ええ、ええ。数千年程早く接触してしまいましたが」

「どこの星系の人類だ?」

「この時代の地球人では、ちょっと観測できない星でしてよ?」


 もう駄目だ、ちょっと耐えられない。

 冥沙めいさ先輩はいい、まだいい。歴史と伝統ある怪奇譚だし、日本には昔から魑魅魍魎がいたってことにするから、いい。摩耶だって、そういう意味では家庭の事情、一族の使命みたいなものだ。

 でも、宇宙人は流石にないだろ……そう思っていた、その時だった。

 不意に星音会長のドリルが! あの縦巻きロールの金髪が解けた!


「……当方にも迎撃の用意がある、とだけ言っておこう。林檎林星音」

「よくてよ? この姿を見せたということは……排除するということですもの」


 あのクルクル縦ロールは、髪に見えて髪じゃなかった。いや、髪から生えてるようにみえるんだけど、その……触手? 触覚? そう、ふわふわと宙を漂うそれは、先端が少し膨らんで尖ってる。

 うん、間違いない。

 人間じゃない、地球人じゃない。

 やっぱ本当に宇宙人だーっ!


「花未さん、わたくしの国では過去への干渉は重犯罪でしてよ?」

「ここは地球、未開の惑星……そちらの法では、文明レベルの発展を待つ間は接触禁止なのでは」

「あら、詳しいのね。やっぱり、本来あるべき未来、正式にわたくしたちが接触し終えた時代の地球から来てる。そう思えてならないわね」

「否定する。わたしは未来人では――」


 僕は、意を決して立ち上がった。

 これで三つ目の特異点反応、しかもいつになくデカいやつである。

 いよいよ一連の非日常な毎日も、佳境を迎えているのでは?

 そう思って、僕は二人の間に割って入ろうとする。

 しかも、ちょっと格好良くスマートにだ。


「ちょっと、いいかな? 二人共。無益な争いはやめ――」


 気取って気障きざったらしかったが、僕も堂に入ったものだ。

 その、筈だった。

 けど、二人は僕を完璧に無視した。

 正確には、同時に響いた悲鳴に振り返って、全く僕を見ていなかった。

 すげえ、空振った……滑った! けど、この悲鳴?

 まさにきぬを裂くような、ってなんだか既視感デジャヴがあるぞ?


「あら、なにかしら」

「この声は、千夜壱夜せんよいよ! すまない、少し外す。よくわからんが、何故なぜあの女はこうも」

「捨て置けないわね、ここは預けますわ。わたくしも参りましょう」


 あ、あのー、僕を置いてかないで……無視しないで。

 それと、やっぱり壱夜か!

 聞き慣れた声だったし、先日も真夜中にあったぞこのパティーンパターン

 しょうがないので、僕も慌てて走った。

 またかよ、走ってばっかだな今朝は!

 花未は相変わらず速いし、星音会長にいたってはツツツと宙を滑ってる。足元が少し浮いてる。こんな時に宇宙人ムーヴを出してくるとは。

 そして、二度目の悲鳴が目の前に広がった。


「あっ、花未! それと……あれ、生徒会長?」


 やっぱり壱夜だった。

 ほんと、襲われ体質だなあ。

 あと、僕もいます、あなたの幼馴染おさななじみ狂言寺きょうげんじヨハン……じゃない、一ノ瀬隆良いちのせたからです。


「千夜壱夜! なにをしている、下がれっ!」

「だ、だって、脚が」

「それにしても、なんだこいつは!」


 花未の驚きももっともだ。

 熊とかの野生動物じゃない。

 言うなればクリーチャー、ちょっとスペースオペラやSF映画に出てきそうなタイプのエネミーだった。そう、エネミー……はっきりとした敵意と殺気が感じられた。

 だが、星音会長はやれやれと肩をすくめて溜息ためいきこぼす。


「だから、この文明レベルの惑星に干渉しちゃ駄目って言ってますの……人のこと言えませんけど」


 今にも壱夜に襲いかからんとする、それは人間ではなかった。

 手足があって二足歩行しているが、ぬらぬらとした表面を輝かせる銀色の怪異……もっとこう、リトルグレイとかみたいなわかりやすい形なら描写しやすいのに。

 ナメクジ星人がいたらこんな感じだろうな、ってやつである。

 そして、すぐに星音先輩は銃を抜いた。

 って、銃!? この人、スカートの中からとんでもないものを出したぞ!?


「わたくしは宇宙貴族うちゅうきぞく、セイネリア・ル・イルルーク。我が領地、しかも未開発の惑星に踏み込むとは何事です!」


 いやそれ、こっちの台詞せりふ! 何事ですかまったく!

 あとなんか、貴族っぽいラ行多め系の本名を名乗ったぞ、星音会長。

 その隙に、花未が壱夜を助けてくれた。

 かわいそうに、腰を抜かしてるぜマイ幼馴染……ちょっとはしおらしいとこがあるんだなと思った。

 でも、もう気絶してないし、苦しい言い訳も効かない。

 とうとう壱夜も非日常に取り込まれてしまった。


「※〒! $&#!」

「まあ、口汚い……聴くに耐えませんわね」

「*=&! @〆!」

「言い訳は無用ですわ。太陽系ではわたくしが法、よって裁いて罰します。よくて?」


 よくて、と聞いておいて、返事も待たずに星音会長はぶっぱなした。シンプルでどこか玩具っぽい銃から、閃光が走る。

 刹那、ナメクジ星人は消えた。

 本当に、蒸発したようにいなくなってしまった……逃げる素振りを見せてたので、ちょっとかわいそう。跡形もなくバニシングしてしまって、星音会長は得意げにクルクル銃をブン回す。そしてそれを、太腿のホルスターに再び収めた。


「ま、こんなとこね。さて、時空監察官873号さん? さっきの続きをしましょうか」

「待て、セイネリア・ル・イルルーク」

「星音でよくてよ? 花未さん。お互い本当の名は少し話しづらいでしょうし」

「了解。では、林檎林星音。持てる限りの情報を開示して欲しい。この世界線は今、特異点による因果融合現象いんがゆうごうげんしょうの連続で酷く不安定になっている。危険だ」


 壱夜は花未に抱き上げられて、目をシロクロさせている。

 そして、やっと僕に気付いてくれた。

 ようやく壱夜だけが、僕の存在を認識してくれたようだ。


「あっ、隆良! ちょっとアンタ、どこいってたのよ!」

「……すみません、さっきからここにいました」

「アンタを探して追っかけたら、今のなに? しかも、星音会長が今……ビビッて」


 駄目だ……完全に終わった。

 けど、終わり終えてはいない!

 何故なら、僕はまだ始まってすらいないのだ。

 そう、作家デビューこそ果たしたものの、まだまだ書きたいことは沢山ある。この程度の非日常、跳ね返してやる。壱夜だけは、せめて壱夜だけは……その想いだけはどうしてか、僕の中に確固たる信念として硬く燃えていた。


「――カーット! カット、カット! 駄目だろ、壱夜」

「ほへ?」

「僕たちは新入生歓迎会のための、

「はぁ? 映画って……そ、そゆこと?」

「そゆこと!」


 く、苦しい! 単細胞の壱夜でも、これはだませないと思った。

 でも、ワンチャンあるとも思える。だってこいつ、結構アホの子だもの。アホ毛が似合う程度にはアホなんだもの。勉強ができる云々以前に、ちょっと抜けてるのだ。


「あー、そーゆーこと……アッ、アタシもね、そうかなーって! にはは……邪魔しちゃった?」

「オーッホッホッホ! そういうことですの、千夜さん。わたくしたち、ショートフィルムを制作中なのですわ。花未さんも隆良さんも、手伝ってくれてます」

「わわっ、会長がアタシのこと知ってる……そ、そうなんですか。あ、壱夜でいいですっ!」

「よろしくですわ、壱夜さん」


 気付けば、星音会長の触覚は縦巻きドリルに戻っている。

 そして花未も「そういうことなんだ、映画だぞ千夜壱夜」と棒読みでクソ真面目まじめに話すのだった。

 僕は心底、壱夜の猜疑心さいぎしんが仕事してないレベルの素直さに感謝した。

 同時に、ちょっと心配だよ……壱夜、そんなにチョロインで大丈夫なのか、と。

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