第13話「二度あることは三度ある?」

 その日の夕方、テレビのニュースは大騒ぎだった。

 どうやら、ワイバーンが暴れてマジカル・マーヤが大活躍! というのは全て『飲食店から漏れた一酸化炭素中毒による集団幻覚』というオチがついたらしい。

 だって、破壊された商店街も元通りになっちゃったからね。

 あと、多分冥沙めいさ先輩のお家が圧力を使ったのかもしれない。

 そんなこんなで、無事次の日を朝を迎えた僕である。


「もぉ、なんで花未はなみってば先にいっちゃうのよ!」


 いつもの通学路、朝から壱夜いよはプリプリと怒っていた。

 いや、僕に言われても困る。

 しかも、約束したのかと聞いたら、


「だって、せっかく一緒に住んでるのに……花未のお弁当だって作ったし」


 ただのおせっかいである。

 まあ、僕が朝起きた時にはもう、隣の部屋は静かだったが。


「ねえ、隆良たから! 結局、昨日のあれはなんだったの? テレビじゃ確か」

「集団幻覚。プロパンガスかなんかが漏れ出てたらしいぜ」

「やだ、こわっ! そっか……そうだよね。怪獣が暴れまわるなんて、隆良の小説じゃないんだし。ナ、ナシよね」

「や、流石さすがの僕もそういうジャンルは……アリ、だな。ふむ、今度考えよう」

「あっ、ほら! 急がないと遅刻しちゃうっ!」


 学校に行けば嫌でも会うんだから……それも、花未は僕の隣の席なんだから。

 っていうか、これだけ派手に日常がシッチャカメッチャカになったのに、壱夜……まだ平凡な生活の中に自分がいると思っているな?

 よしよし、そのままでヨシ!

 いいんだよ、お前だけは平和を享受きょうじゅしてくれ。


「特異点とやらは僕に任せな……フッ」

「ちょっとアンタ、なにやってんの? やだ、キモッ!」

「……酷くない? それ、ガチで酷くない?」

「もー、冗談だってば。ア、アタシはほら、アンタが……隆良がキモくても、気にしないし」


 そんなこんなで通学路、ふと見やればコンビニ前に見知った顔がしゃがみ込んでいる。

 朝からインスタントのカップ味噌汁みそしる美味うましそうに飲んでる、それは誰であろう、


「げっ! 南方みなかた先生!」

「およ? やあやあ、おはよう少年! 今日も仲良くアベック登校かい?」


 うわっ、今どきアベックなんて死語を使う人間がいるなんて。

 さり気なく再紹介するところの、年齢不詳の校医こと南方北斗みなかたほくと先生だ。なんだか髪がボサボサだし、うっすらと酒臭い。

 この、駄目な大人ポケモンを厳選作業した末の最優良個体みたいな人、一応先生である。


「いやあ、二日酔いにはしじみのお味噌汁だねえ……」

「あっ、南方先生。おはようございますっ!」

「ああ、おはよう。えっと確か……千夜壱夜せんやいよ君。少年の幼馴染だったね」

「はいっ! ……先生、なにやってるんですか?」

「朝ごはんというか、まあ、迎え酒という訳にもいかなくてね」


 当たり前だ。

 っていうか、これからご出勤だよな?

 なんか、シャツもスカートもよれよれだし、本当にだらしない。

 でも、こういう人間を見る時の壱夜は無駄に瞳が輝いている。


「もー、しょうがないなあ。先生、遅刻しちゃいますよ?」

「ははは、大丈夫だよ。保健室の鍵なら開けてある。私がいるかいないかは些細なことだよ」

「駄目ですっ! ほら、シャキッとしてください!」

「よ、よしたまえ、助けろ少年! 君の嫁は妙に押しが強いぞ!」

「ちょ、ちょっと、誰が嫁ですかっ! アタシ、まだそんなんじゃないですっ!」


 道行く人たちもみな、クスクスと笑ってる。

 死ぬほど恥ずかしい……陰キャな僕には視線が痛い。

 だが、その時ふと僕は見てしまった。

 通りの向こうに、登校する制服姿に逆行する姿があった。


「あれは、花未?」


 そう、山田花未やまだはなみだ。

 見目麗しくてしかたがない、セーラー服姿の花未が歩いている。

 それも、どういう訳か生徒会長の林檎林星音りんごばやしせいねと一緒である。

 二人は別段仲睦まじい風でもなく、むしろ妙な緊張感を滲ませている。そして、もうすぐ始業の鐘がなるというのに、学園とは全く真逆の方向に消えていった。

 な、なんだ?

 嫌な予感がする。

 っていうか、嫌な予感しかしない。

 そう思っていると、ガッシ! と肩に重みが覆いかぶさった。


「おやあ? 少年、今のは例の転校生と星音嬢だぞう?」

「そ、そうみたいですね。ってか、酒臭っ!」

「これはなかなかに、事件の匂いがするねえ」

「まあ、はい……でも、今は酒の臭いでいっぱいいっぱいです」


 ズズズと味噌汁をすすりつつ、南方先生は壱夜から貰ったおにぎりまで食べている。あれは部活のあとに小腹がすくからと、いつも壱夜がおやつに持ち歩いてるやつだ。

 ず、図々ずうずうしい……けど、眼鏡めがねの奥で南方先生は瞳を輝かせる。

 少し、ドキリとした。

 暗く濁って澱んだその目に、僕の不安そうな顔が映っていた。


「これはあれだ、少年。追いたまえよ」

「えっ、なんで……」

「なんだっけな? んー……特異点? そういうの、探してないかい?」

「なっ、ななな、なにを!? いや、そそそ、それは、まあ、ラノベの話で」

「なら、いいんだけどね。昨日やその前の晩みたいなことが起こりそうだが」

「……なんでわかるんです?」

「うんにゃ? わからないし知らないさ。でも、そう感じるんだよねえ」


 ニヘヘと笑って、また南方先生は味噌汁を一口。

 そうこうしている間に、いよいよ本当に遅刻しそうになる。

 そこで僕は、意を決してかばんを放り投げた。


「壱夜ッ! 鞄、頼む!」

「え、えっ? ちょ、ちょっと、隆良っ! アンタどこ行くのっ!」

「わからない! 花未たちに聞いてくれっ!」

「待ってよ、隆良っ! アンタねえ! ……アンタ、また、アタシを、置いて」


 最後の方はよく聴こえなかったが、僕は走り出した。

 そうだ、さっさとこの非日常な日々を収集するんだ。元通り、平凡で平和な世界にするんだ! そためのには、多分特異点ってのを花未に処理させるのが一番だろう。

 僕は今、改めて誓う。

 

 幸い、過去二回の特異点事件では彼女だけが事態を認識していない。もともと素直で単純な一面があるから、いいように納得して気にしない、そんなサバサバした性格なのだ。


「先生! 南方先生っ! アイツ、学校サボって行っちゃうっ!」

「うんうん、アオハルだねえ。青春ハッスルでウハウハだねえ」

「……なに言ってるかわからないんですけど。んもぉ! なんなのよ、隆良ーっ!」


 ツインテールをブンブン振り回して、壱夜が空に叫ぶ。

 その声に学園の鐘の音が重なって、そして背中の方で遠ざかっていった。


「すまん、許せ壱夜っ!」


 確か、さっきの二人は裏山の方に向かったな。

 都牟刈学園つむがりがくえんの裏手にある、ちょっとした登山コースを備えた小山だ。大自然をお手軽に体験できるし、たぬきやくまもいる。熊とはちょっと会いたくはないんだけど。

 こんな都心のド真ん中に、そこだけぽっかりと都市開発を免れた自然がある。

 そのことあまり、今まで気にしたことがなかった。

 生まれ育ったこの街では、幼い頃はよく壱夜と遊び回ったものだ。


「そうそう、小学生の頃に壱夜が……あ、あれ?」


 何故なぜか、妙な記憶の混濁に襲われた。

 突然、幼少期の思い出が滲んで歪む。

 おかしい、忘れる筈なんてないのに。

 あの日確かに、裏山で壱夜は……?


「って、そんなことより花未たちを追いかけないと!」


 もう何度目になるか、でも言っておこう。

 僕には絶望的に体力がない!

 死にそう!

 それでも、山道に入ってゆく二人の背中が少しだけ見えた。

 だから、僕はもうひと踏ん張りと自分に鞭を入れる。

 でも、なんだかただならぬ雰囲気を感じて咄嗟とっさに隠れた。やましいことはないし、花未が心配だったのもある。

 でも、なんだろう……星音会長がなんだかとても気になる。

 保健室でサボってた人とは思えないくらいに、緊張感を漲らせていた。

 そっと物陰に隠れれば、声が聴こえる。


「まずは、お礼を言いますわ。ありがとう、山田花未さん。それとも――」


 僕は耳を疑った。

 金髪ドリルお嬢様は、突然とんでもないことを言い出したのだ。


「それとも、こう呼んだほうがいいかしら? ……時空監察官じくうかんさつかん、873号」

「……どこでそれを?」

じゃの道はへびですわ。貴女あなたは時間を、わたくしは宇宙を……それぞれ旅して特異点を探している。そうですわね?」


 僕は一瞬、頭がパニックになった。

 そして見る。

 花未はいつもの無表情で、小さく頷いた。

 え、どういうこと?

 急展開過ぎない? 木崎こざきさんに見せたら一発アウトなプロットなんですけど?

 でも、僕は必死に冷静を自分に言い聞かせて、静かに息を殺すのだった。

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