第21話 母への報告

 翌日の夕方。

 竹吉を無事、父親の元に送り届けた舞は、今回の事件の顛末を、実家で母に報告していた。


 思いがけず危ないことに巻き込まれたものの、皆の協力により盗賊を退治し、人質となっていた竹吉を助け出せたこと。

 昨日の夜のうちにハヤトが屋敷に寄り、皆、無事に島から帰ってこれたと伝言があったこと、などだ。

 しかし、それを聞いた母親のユウは、その表情を曇らせた。


「……そのこと、父様に話した?」


 すると舞は、少し泣きそうな顔になって、


「はい、あちらで病院に行ったとき、連絡が取れて、父様、すぐに駆けつけて……すごく叱られました……『そういう危ない状況のときはすぐに俺に報告しに来るべきだ』って……」


「でしょうね……でも、遅れればその子の命に関わる状況だったのでしょう?」


「はい、それを説明して、渋々納得してくれて……でも、その……」


「……どうしたの?」


 そこまで言ったとき、舞の顔が赤くなっていることに、ユウは気がついた。


「……実は、盗賊が投げた棒手裏剣が、私の首を掠めてて……そのこと自体もすごく危ないことだったとは思ってて、反省してますけど……それよりも、そのかすり傷のところに、アザができていて……父様、真っ青になって、『毒を塗られていたに違いない』って大騒ぎして……いろんな検査、受けさせられました」


「林先生の病院よね? あの先生は父様と舞の時空間移動について知っているから、相談すればいろいろ調べてくれたのでしょうけど……どうだったの?」


「えっと、もちろん毒はありませんでした。あ、その男の子も、軽い脱水症状と、打ち身、擦り傷があるぐらいで、念のため一晩入院して、すっかり元気になったので、今朝一緒に帰ってきたのです」


「そう、それは良かったわね……でも、話を逸らしてはだめよ。かすり傷って言ったのに、そんな大きな絆創膏貼っているっていうことは、まだアザが残っているのでしょう?」


 舞の首には、目立たないように肌色の、しかし大きめの絆創膏が貼られていた。

 それに加えて、顔が熱くなっていることを自覚しており……ごまかしきれないと悟った舞は、竜之進に血を吸い出してもらったことを、正直に母親に話した。


「そう、それでアザになっていたのね……それ、父様に話した?」


「はい、しました」


「……どうなった?」


「その……『目眩がする』って言って、寝込んでしまいました……」


 それを聞いて、ユウは一瞬きょとんとし、そしてクスクスと笑い出した。


「あの人らしいわね……相当『ショック』だったのでしょうね……」


 ユウの言い方に、舞はまた赤くなる。

 現代の知識も持っている舞は、「キスマーク」と言う言葉も、それがどういう理屈でできるのか、そして一般的にはどういう理由で付けられるものなのかも知っていた。


「でも、『毒を吸い出すため』だったのですよ。そんなふうに思われたら、竜之進様に失礼です」


 舞がすこし拗ねたように言う。


「でも、顔を赤くしながら、嬉しそうにそのことを言ったら、それは父様だって動揺するわよ」


「えっ……そんな、私、嬉しそうになんか……」


「自分では気づいていないんでしょうけど、ね」


 顔が熱くなっていることは分かっていたが、嬉しそうにしていた自覚はなかった。


「そうね……たとえば、それが『盗賊にむりやり付けられた痕』だったなら、あなたはすごく嫌そうに話したと思うの。同じ毒を吸い出された痕にしても、たとえば桃ちゃんがその相手だったなら、あなたはそんなに赤くなったり、恥ずかしそうな表情はしなかったはずよ」


 それは、母の言う通りだと舞も思った。


「……わたし、嬉しそうにしていましたか?」


「そうね……嬉しそう、っていうのはちょっと違うかな……うっとりしている、という感じかしら」


 そちらの方がかえって気まずい。


「でも、ちゃんと言いましたよ、私と竜之進様は、今回初めて、しかも他の三人も一緒に行動をしていたって」


「そうね……でも、結果的に首筋にアザを付けられたのは本当でしょう? それに、竜之進様は、あなたにとって……ううん、これはまだ言うのは早いわね。とにかく、父様からすれば、まだまだ子供だと思ったあなたが、顔を赤らめながらそういう話をしたって言うことだけでも『ショック』なの。だって、異性を意識する年頃になっていて、もう数年もすれば嫁入りしているかもしれないのだから……」


 そう言われて、はっとする。

 ユウが、父親の花嫁になったのは、数え年で十七歳。つまり、自分と二歳しか違わないのだ。


「最近、父様は凄く忙しくて、あなたと会う時間が本当に少なくなっている。そしてたまに会う度に、どんどん綺麗に、大人っぽくなってきている……いつもそう言っているの。そして父様にとっては、それはとても嬉しいけれど、同時にとても切ない。そんなときに、あなたが、あの竜之進様のことを、少なくとも意識はしている……突発的な事故のようなものとはいえ、首筋に『キスマークを付けられた』ことを、嫌がってはいない……むしろ、うっとりとした表情で、顔を赤くしながら話された……うん、やっぱり寝込んじゃうわね」 


 そんなふうに言われると、父親に申し訳なくなる。

 それに、自分が「竜之進様」のことを意識していると思われていることの方が困ったことだった。

 たしかに、意識してしまっているかもしれない……けれど、その「竜之進様」からすれば、自分のことなどなんとも思われていないと感じていたからだ。


「でも……」


 と、そこまで言いかけたとき、障子の向こうから叔母のリンが


「ユウ、舞ちゃん……ちょっといいかしら?」


 と声をかけてきた。


「あ、はい、どうかしましたか?」


「『竜之進様の使い』と名乗る方が見えていて、舞ちゃんに用があるということで玄関で待っているけど……どうする?」


 先ほどまで話していた人の名前が出て、また顔が熱くなるのを感じた。


「えっと……はい、すぐ行きますっ!」


 舞は、赤くなったことを母親にもリンにも悟られないように、下を向きながら慌てて玄関に向かった。


 そこで待っていたのは、何のことはない、幼なじみのハヤトと桃だった。

 勘の良い舞は、おそらく障子の向こうで自分と母親の話をこっそり聞いていた叔母に、からかわれたのだと悟った。


「二人とも、無事帰ってきてたのね。盗賊はみんな捕まった?」


「はい、あのあと、藩の役人の方々が船で大島に向かって……あれ、舞様? 顔が赤いですよ?」


 桃が不思議そうにそう言った。


「えっ……ううん、なんでもないの。えっと、それで……あ、そっか。お城に詳細の報告に行かないといけないのね」


「ああ、それもあるが、そこでまた新しい任務が言い渡されるらしい」


「え、もう? ……ちなみに、どんな内容?」


「おおよその話か聞いていませんが、隣の藩で、『容姿端麗』な女性だけが神隠しに遭うっていう事件が多発しているらしいんです。その調査に行くことになりそうで……私も『容姿端麗』だからちょうど良いのかなって思ったら、私じゃ無理で、舞様でないと成り立たないって……失礼だと思いませんか?」


「そうじゃなくて、舞なら万一攫われても『時空の腕輪』で逃げ出せるっていうことだろう」


 ハヤトがため息交じりにフォローする。


「あ、そういうことね。納得」


 あんな大変な目に遭ったばかりだというのに、桃はもう元気になっているようで、舞にとってはそれが羨ましかった。


「今回は長旅になりそうですけど……あ、舞様には関係ないですね。一瞬で帰って来られるんですから」


「ううん、一度そこまで行かないといけないのは一緒だから……えっと、それで今回は、私たちだけになるの?」


「いいえ、竜之進様と虎次郎様も一緒ですよ! 嬉しいでしょう?」


 桃の一言に、ドキリとさせられる。

 この二人にも、自分が竜之進のことを意識していると思われているのか、と。


「桃、余計な事を言うな。舞が行動しにくくなる」


 ハヤトの冷静な一言に、彼女は落ち着いた。


「そう、私は竜之進様の指示で働く、ただの巫女だから……そう、これからも、藩と、領民の皆さんのために……」


 舞は、そう決意を口にしながらも、内心では桃の言う通り、竜之進とまた行動を共にできることを、嬉しく思っていたのだった。

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