第19話 決戦

「馬鹿、舞、おまえ何やっているんだ!?」


 ハヤトが声を荒げる。

 それを聞いて、盗賊の首領は、「この娘は本当に単独で人質になろうとしているかもしれない」とほくそ笑んだ。

 上手くいけば、人質を「二人」に増やせるかもしれないからだ。

 それに対して、竜之進も表情が厳しくなっている。

 確かに、相手を油断させる、と言う意味では効果的かもしれないが、まさか舞がここまでするとは思わなかった。


「……これでいいですか? この姿で、私が刀など持っていないことは分かってもらえると思います」


 襦袢姿になった舞が、僅かに顔を赤らめながら首領にそう言った。

 襦袢とは、丈の長さこそあるものの、透けそうなほど薄く、白い布きれの服であり、つまりはこの時代における下着姿だ。

 彼女が身につけているのは、それ以外には両腕に妙な装飾のついた腕輪と、巫女足袋だけである。


「……いいだろう。そのままゆっくりとこっちに、一人だけで歩いて来い」


 首領の言葉に、彼女は頷くと、その通りゆっくりと歩を進める。

 全員、緊張の面持ちで見守る中、舞は盗賊たちと、仲間たちの中間付近でその歩みを止めた。


「……人質の交換が前提です。その男の子を解放してください」


 舞がはっきりと自分の意思を述べる。

 襦袢姿になること以外、これは最初から仲間内で決めていたことだった。

 首領は、


(さすがにそのままこっちに来るほど馬鹿じゃねえか)


 と思ったが、それで引き下がることはない。


「なるほど、分かった……おい、そのガキの指を一本落とせ」


 無情な言葉を、短刀を持って子供を押さえつけている部下に投げかける。


「ま、待ってください! 私は逃げたりしませんからっ!」


 舞が必死に訴えかける。


「ふん、言葉だけで信用できるものか。本当にそう思っているのなら、行動で示せ。もっとこっちに来いっ!」


 首領は、勝ち誇ったようにそう言った。


「……分かりました。では……私が絶対に逃げないという覚悟を示すため、この襦袢も脱いでみせる……それでいかがでしょうか?」


 思わぬ言葉に、また全員が驚愕した。


「舞、おめえ……正気か?」


 今度は虎次郎がそう言い放つ。


「はい、まともです……それで子供が救えるのなら、どうということはありません」


 舞は毅然とそう言い放つ。

 盗賊の首領は、彼女の真意を読み取ろうとする。

 確かに、襦袢までも脱いで丸裸になってしまえば、逃げ出すこともより困難になる。

 隠し武器なども持つことは一切できないだろう。

 そしてなにより、「盗賊たちのものになる覚悟がある」という意思を示すことになる。


 すでに、手下たちは生唾を飲んでいるような状況だ……そのことに若干不安を抱いたが、相手が裸になるというのであれば、それでこちらが不利になることはない。


「……ならば、先にその襦袢も脱いで見せろ。それでこちらもどうするか考えてやる」


 首領の言葉に、舞は頷く。

 そして仲間たちを方を見て、声をかける。


「私なら、大丈夫です。だけどお願い、こちらを見ないで……」


 舞がそう言うと、その真意に気づいたハヤト達は、はっとしたように彼女から目をそらした。

 そして正面に向き直った。

 縛られ、猿ぐつわをされてぐったりしながらも、虚ろに舞の方を見ている男の子に、


「坊やも、ちょっとだけ目をつぶっていて……」


 と声をかける。すると、その子は素直にそれに従ってくれた。

 盗賊たちは、首領を含め、食い入るように舞に見入っていた。

 そして舞は、ゆっくりと襦袢に手をかけた……しかしそこで一旦手を止め、


「……悪人はいつか必ず滅びます……私のことは好きにして構いませんが、そのことは覚悟してください……」


 と呟くように言った。

 盗賊たちは、皆それが単なる強がりだと思った。

 舞は、目を瞑って、ゆっくりと右手を上に上げた。


 首領を除く盗賊たちは、その行動を不思議には思ったが、これから裸になろうとしている美少女から目を離すことはなかった。

 そして首領は、なにか嫌な寒気を感じた。


 巫女の背後に控えるその仲間たちは、全員彼女から目を逸らしている。

 もう一人の女までも、だ。

 なぜか右手を高々と掲げる巫女から、何か重大な決意を感じ取り、嫌な予感を覚えて、咄嗟に行動を起こそうとした。

 しかし、舞の方が一瞬、動作が速かった。


「フレア!」


 彼女がそう叫ぶと同時に、右腕に装着された『時空の腕輪』から、強烈な閃光が放たれた。

 それをまともに受けた盗賊たちは、全員武器を取り落とし、両手で目を覆った。


 ――盗賊たちが、視力を回復するまで約三十秒。

 その間に、勝敗は決していた。


 当初の予定通り、虎次郎は盗賊の首領を、「なるべく傷つけず倒せ」という、竜之進の難しい命令に従って峰打ちで気絶させた。


 その竜之進は、舞の護衛のために彼女のすぐ側に寄り添い、刀を抜いて警戒していた。

 ハヤトは、残りの盗賊たちを、視力が回復する前に、『投げつけただけで両足に絡み、締め付け、拘束する』舞の父親から借り受けた金属製のチェーンで身動きできなくしていた。

 そして桃は、一番重要な役目、つまり人質となっていた男の子の救出に成功していた。


 舞は全体を見渡し、竜之進の立てた作戦が上手くいったことに安堵した。

 その竜之進が、彼女に声をかける。


「舞、いくらなんでも無茶がすぎるぞ……怪我はないか?」


「はい……あ、でも……首筋が、少し……」


 それを聞いた竜之進が、彼女の首元を見て、僅かに目を見開いた。

 ほんの少しではあるが、切り傷が付いており、かすかに出血してる。

 ハヤトもそれを見て、慌てて盗賊と舞の延長線上を探り、そこに落ちていた金属製の小さな棒手裏剣を見つけた。


「……この男、あの一瞬に、こんな物を投げつけていたのか……」


 虎次郎もそれを見て、驚いたように呟いた。

 これにはさすがに、舞も目を見開いた。

 あの閃光を放った瞬間、盗賊の首領は舞の首元を狙って、この棒手裏剣を投げつけていたのだ。

 それが舞の首筋を掠め、僅かに傷を付けた。

 ほんの僅かでも軌道がずれていたら、自分は死んでいた。

 今更ながら、その事実に青ざめ、少し震えた。


「……毒は塗られていないと思いますが、万が一……」


 ハヤトが、心配事を口にする。


「そうだな……舞、すまぬが少し、我慢してくれ」


 竜之進はそう言うと、舞の首筋、僅かに出血している箇所に口を付けた。

 彼女は、彼のいきなりのその行動と、僅かに走る痛みに、


「あっ……」


 と小さく声を出した。

 何をされているかは分かった……毒を、吸い出されているのだ。


 そしてその相手が竜之進であることに、先ほどの恐怖心が吹き飛ぶほど鼓動が高まり、顔が熱くなるのが分かった。


 僅かに揺れる行灯の光が、見習いとはいえ天女と称される美少女と、次期藩主と目される若武者のその行為を、壁面に影として映し出した。


 それは、ハヤト、桃、虎次郎の目に、美しく、幻想的な光景として焼き付けられたのだった。

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