第18話 対峙

 竜之進は、最悪の場合の撤退案まで示した。

 それはその場を凌ぎながらも、舞の能力を生かし、後に子供を救う手段を残したものだった。

 それぞれの作戦の切り替えを示すための合い言葉も決め、想定通りにならなかったときは男の子の安全を最優先に個々で判断するようにとの指示も出した。


 緊迫した場面ではあったが、皆の意見も聞きながら、冷静に、素早く判断を下した竜之進に、虎次郎は一定の評価を示し、舞やハヤト、桃は、生まれながらにして「将」として育てられた者と自分たちとの差を実感した。


 そしてまずは最初の関門、洞窟入り口の見張りをどうするか、だ。

 ここは忍のハヤトが対処することになった。


 野外での、現状の地形と己が持つ忍術道具を組み合わせれば、一対一、しかも自分の方だけが相手を補足している状況は有利だ。

 洞窟入り口の周囲十数メートルは木々も切り倒され、草も刈られているが、少し離れると背の高い草や細い木々が生え放題となっている。


 ハヤトが、忍びの特性を生かし、草むらの中を慎重に洞窟入り口へと近づいている。

 暇そうに、やや眠そうにしている見張りには気づかれていない。

 ある程度、草むらとそれが刈られている箇所の境にまで近づいたが、さすがにこれ以上、接近することが難しい。


 ここでハヤトが特殊な忍術道具を使う。

 ゼンマイ仕掛けのおもちゃのようなものだが、それを自分がいる洞窟左正面とは反対方向の位置、洞窟の右正面二十メートルほどの草むらの中にそれを投げ入れる。

 ゼンマイの駆動により、それはガサガサと音を立てて草を揺らす。

 見張りがそれに気づくが、その音と揺れの小ささに、野ウサギか何かの小動物かと思い、さほど警戒せず、刀を抜くこともなく草むらに近づいた。


 ハヤトはその隙を見逃さず、疾風のように駆け抜け、気配を感じて振り返った見張りの首めがけて、先端におもりの着いた細い縄を鞭のように投げかける。


 それは正確に相手の首に絡まり、締め上げた。

 見張りの男は声を上げることもできず悶絶し、数秒で気を失って倒れた。

 盗賊とはいえ、幼なじみのハヤトがそのような残酷な手法を使ったことに驚き、目を背ける舞。


「……大丈夫ですよ。あのぐらいじゃ人は死なない。気を失っているだけです」


 桃がそう言って舞を安心させた。

 ハヤトは男の口を猿ぐつわで塞ぎ、そして丈夫な細い紐で草むらの奥の太い木に縛り付けた。

 これで第一関門突破だ。竜之進も虎次郎も、ハヤトの手際の良さを褒め称えた。

 そしてこれからが本番だ。


 敵が一人減ったとはいえ、まだまだ不利な状況が続く。

 陽動作戦を展開するにしても、ある程度近づかなければならない。

 しかし、ここである問題が発生する。


 洞窟も入ってすぐの辺りは明るいのだが、少し奥に入ると極端に暗くなる。

 舞がライトを使えばいいが、そうすると敵に気づかれる可能性が高くなる。

 忍ではない竜之進、虎次郎はもちろん、ハヤトもそこまで夜目が利くわけではない。


 舞が暗視スコープを使えばよく見えるが、戦闘も忍び歩きもできない彼女は先頭に立てない。

 そこで、夜目がよく利く桃が先頭を進むことになった。

 ようやく自分が活躍できる、と意気込んでいた彼女は、その意気込み故、やや慎重さに欠ける進み方となった。


 少し歩みが早い……そのことをハヤトが指摘しようとしたそのとき、桃が小さく「あっ……」とつぶやき、刹那、カランカランっ、と木片が打ち合わされる大きな音が響いた。


 張られた糸に引っかかると発動する鳴子……単純な罠に、桃は引っかかってしまった。

 当然、洞窟の奥から男たちが慌てて駆け寄ってくる。

 そのうちの一人は、縛られた子供を抱えていた。


「……『その二』、だ」


 竜之進が、作戦の変更を告げた。


 数十秒後、場が膠着状態に陥った。

 洞窟内部、やや広くなった箇所。

 盗賊たちが行灯を持ってきたため、薄暗いながらも人数や、性別ぐらいは判別できる。


 もちろん、全員が抜刀している。

 盗賊は五人が扇状に展開、真ん中奥に首領と思われる一際大柄で、鎖帷子を纏っている男。

 その脇に、恰幅が良く、薄笑いを浮かべる、やはり大柄な男がぐったりとした子供を地面に置き、自身もしゃがんでその首元に短刀を突きつけていた。


 こちら側は、舞が最後方、その横に桃、そしてその前に竜之進、さらに前にハヤト、虎次郎だ。

 こちらも、舞を除いて全員が抜刀していた。


 戦力的には、人数が同じでも舞と桃がどうしても武力で劣り、さらに向こうには人質がいる。

 かといって、盗賊たちからしても、この状況は全くの想定外だ。


 まず、相手の正体が分からない。

 ここを探りに来た密偵としても、侍と忍、はまだ分かる。しかし、なぜ若い女が二人も居るのか。

 盗賊の首領は、その二人はいわゆる『くノ一』で、自分たちを翻弄するために派遣されたのだと推測した。


「……藩の者か……俺たちのことを、どこまで把握している?」


 首領が、竜之進たちを値踏みするようにそう問いかけた。

 一瞬間を置いて、竜之進が問いかけに答える。


「この島で、妙なうめき声が聞こえると噂があったのでな。物の怪の類いが住み着いているのかと思って来てみれば、盗賊がいたというわけだ。観念しろ、お前たちの仲間が、その子を攫ったことを全部白状したぞ!」 


 竜之進が脅しをかける。

 しかし、それを聞いて首領はほくそ笑んだ。

 この者達は、子供が攫われたことを知ってこの島に来たわけではない。そのことは後から知ったのだ。

 しかも、おそらく自白させられたであろう、見張りを含めた三人は、全員下っ端だ。

 子供の身元は知っていても、今回の事件の真相……つまり、寺の本尊が目的であることまでは把握していなかった。


 だから、真の目的は悟られてはいない。

 子供の身元が知られているのは厄介だが、それでも、この者達は乗ってきた船が壊された時点で帰る手段を失っている。


 つまり、人攫いのことが島の外部に漏れることはないのだ。

 だから、人質である子供を上手く利用して、自分たちだけ、現在隠している船で脱出すれば、急ぐ必要はあるが、今後の計画は続行可能だと踏んだ。


 しかし、そう思わせることが竜之進の計算だった。

 敢えて自分たちが全て知っていると教える必要はない。

 確かに現時点で島の外に出る手段はないが、瞬間移動が可能な舞という切り札を持っている。

 子供の身元も分かっているので、そこから狙われている寺も割り出せる。

 その情報を、舞を経由して藩の役人に伝え、罠を張れば盗賊たちを一網打尽にできるのだ。


 ただ、子供の体力がそれまで持つかが不安要素だった。

 盗賊が、自分たちの方が有利だと確信して話し出す。


「……そうか、知られてしまっているなら仕方がない。俺たちはこの子供の身代金さえ受け取れればそれでいいんだ。お前らがその高そうな刀や持っている銭なんかを置いていってくれるなら、子供を解放してやってもいいぞ」


 これも駆け引きだ。今、刀を手放すなどありえない。

 竜之進が、「そんな取引には応じられない」と拒否する。


「なら、どうする? 脅しではない明かしに、まず、子供の指を一本、切り落とすか?」


 盗賊の首領が、残酷な笑みを浮かべる。


「待ってください!」


 そこで舞が声を上げた。


「私は、この島の物の怪や祟りを鎮めるために遣わされた巫女です。私がその子の代わりに人質になりますっ!」


 その発言に、仲間たちが驚きの表情で彼女を見た。

 ……しかし、これは演技だ。事前にそのように取り決めていた。


 舞は瞬間移動ができる。

 ならば、子供との人質交換が成立すれば、彼女は簡単に脱出できるのだ。


 盗賊たちにとって、舞の申し出は全くの予想外だった。

 先ほど、相手の代表らしき男は言った……「妙なうめき声が聞こえると噂があったので、物の怪の類いが住み着いているのかと思って来た」と。


 ならば、巫女が一行に交じっていても不思議ではない。

 ……しかし、だからといって、巫女が進んで人質になるなどと言い出すものだろうか。

 ここで首領がもう一思案する。

 やはり、その女も「くノ一」かもしれない。

 薄明かりではあるが、それでも相当な美少女であることは見て取れる。


「くノ一」はその美貌で相手を油断させて、接近したときに目潰しや含み針で攻撃することがあるという。

 ならば、布なので口を塞ぎ、両腕を縛って抵抗できなくすればそれでやりたい放題できる。

 しかし、「くノ一」とはいえ忍だ。どんな武器を隠し持っているかわからない。


「……いいだろう。だったら、着ているものを脱いで、一人でここまで来い」


 首領の思わぬ発言に、ハヤト達は全員、顔が引きつる。 


「分かりました……服を脱いでそこまで行けば、子供を解放してくれるのですね?」


 舞がそう言って、旅装束を脱ぎ始めたのを見て、今度は本当に全員が驚き、彼女を見つめた。

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