第10話 意思確認

「あの……その島には、近寄らない方がいいと思います……」


 桃は、声をわずかに震わせながらそう進言した。


「……なぜそう思う?」


 竜之進は、興味深そうに彼女に尋ねた。


「はい、あの島には『祟り』があると、噂を聞いています……いくつかあるのですが、例えば、罪人が小船を奪って、追っ手を振り払うために逃げていて、日が沈んで薄暗くなったのであの島に上陸しようとしたところ、突然島から不気味なうめき声が響き渡って、それを合図にしたように海面から幾本もの青白い手が出て来て、その罪人を小船ごと海に引きずり込んだ、とか……」


 思ったより怖い内容に、舞は夏だというのに寒気を感じた。


「いや、幽霊など……今のは薄暗くなってからの話だろう? 明るい内に少しの時間だけ上陸して、急ぎで調査して、日が暮れる前に離れれば問題無いはずだ」


 竜之進が冷静にそう話したのだが……。


「おや、竜? お前らしくないな……何かあるかもしれないのなら、夜もきちんと調べねばならぬ、と言いそうなところじゃねえか?」


 虎次郎がにやけながら指摘する。


「桃が怖がっていたから、不安を取り除こうと思っただけだ。舞、其の方はどう思う?」


「……私も、あの島には近づかないように、という噂は聞いたことがあります。祟りもそうですが……この場で少し、調べてみてもいいでしょうか?」


「調べる? この場で、何をどうやって……ああ、仙界の道具か」


 舞は竜之進の言葉が終わらないうちに、背負った荷物の中から巻物の様な物を取り出して、裏の金具をパチンと止め、薄い板のような形状に変化させた。


式部しきぶ、『大島』について、概要を教えて」


 彼女がそう声をかけた瞬間、それまで単なる真っ黒なただの板だったものに、ウミガメのような緑色の形をした絵が浮かび上がり、舞とハヤト以外の者が驚きの声を上げた。


「この藩における大島の享保十六年時点での撮影データは存在しません。無人島で、『幽霊島』という別名が付いていること、いくつか不可解な伝承が残っていること、地元の漁師でも滅多に立ち寄らない、というぐらいの情報しか存在していません。今表示しているのは西暦2031年時点の大島の航空写真です。この時代においても、大島は無人島です。海岸から約八キロ、二里の沖合にあり、周囲も約八キロ、二里です。中心部は標高約二百メートル、六百六十尺です。島の周囲は切り立っていて、島の西部にある入り江に船着き場があり、小型船のみ接岸することが可能です。珊瑚礁に囲まれており、複雑な海流の為、潮の流れが速いとき、海が荒れているときには迂闊に近づけません。人が住むには厳しい環境です。ほぼ全域に渡って樹木に覆われています。島の南部に鍾乳洞らしき痕跡が見つかっていますが、入り口付近が倒壊しています。内部はかなり続いている可能性もありますが、調査は行われていません。なお、西暦2031年時点の情報では、『幽霊島』という呼称はどこにも存在していません」


 舞が抱えている薄い板が、絵を表示したまま女の子の声でしゃべりだし、時々動いたのを見て、三人は完全に言葉を失った。


「仙界、つまり三百年後の世界においても無人島、ということですね……」


「……舞、今のは何だ? 誰が喋っていたのだ?」


 竜之進が、驚愕の表情で話しかけた。


「あ……えっと……説明していませんでしたね……彼女の名前は式部、人工知能……まあ、簡単に言えば、『巻物の妖精』とでも言えばいいのでしょうか? 私にも詳しくは分かりません、仙界……つまり三百年後の御技です。そしてさっき、彼女が言ったとおり、これは三百年後の情報ですから、その時には船着き場が出来ていて、崩れた鍾乳洞が見つかって、『幽霊島』なんていう名前は誰も覚えていない、という事になります」


 舞としては、なるべく分かりやすく説明したつもりだったが、やはり竜之進、虎次郎、桃は唖然としていた。


「……俺も最初は驚きましたが、仙術道具とはそういうものだ、と無理矢理納得することにしました」


 一足先にこれらを体験していたハヤトが、半ば理解を諦めたようにそう言った。


「なるほどな……これは確かにこのまま受け入れるしかない。やはり其の方、タクヤ殿に劣らぬ仙術使いだったか……これは期待できる。そこで確認なのだが……」


 竜之進は舞の方に顔を向け、真剣な表情になった。


「ハヤトと桃は、藩の忍となった以上、我らの命令に従う義務が生じる。しかし、巫女・舞、其の方は藩に仕える者というわけではない。『先見組さきみぐみ』に入るかどうかは、其の方の考え次第、ということになる。以前からタクヤ殿には話をして、其の方の意思を最も尊重する、との回答を得ている。まずは、大島の調査から、という事になるが……我らと共に、この五人で藩の為に働く事に異論はないか?」


 竜之進は、舞のことをじっと見つめている。


 いや、彼女だけではない。


 虎次郎も、ハヤトも、桃も……まるで自分達の今後が、彼女の返事一つで決まる……そんな緊張感の籠もった視線を投げかけていた。


 舞としては、事態があまりに急展開すぎる事と、先程の、桃が自分の従者となる、という言葉も思い出されて、戸惑った……しかし、気がつくと、心が、魂が、勝手に返事をしてしまっていた。


「はい……私は、この藩に生まれました。父と母が出会い、仲間が出来て、藩主様のご厚意とご協力があって、みんなが一致団結して、この藩は豊かになったと聞いています。でも、父はいつも言っています、まだまだ、みんなが本当に幸せにはなれていない、と。だから、私も少しでも藩の為に協力したい……このお話、お受けします! 私だって、みんなのお役に立ちたいですっ!」


 緊張しながらも、覚悟を決め、そして、はち切れんばかりの笑顔でそう宣言した巫女に、一同安堵し、そして彼、彼女等も笑顔で頷いた。

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