第9話 幼馴染み

 舞は、もう竜之進が藩主の息子で間違いないことを確信していた。


 城内で舞を披露したときに、その姿を何度か見ている……確か、藩主のすぐ側にいたはずだ。

 それに、『時空の腕輪』のことも知っているし、自分の母から「娘が男の子の捜索に出た」と届けがあったことも知っている。


 ならば、本来は余人に見せるべきではない時空間移動だが、別に見られても問題ないだろう……いや、信頼できない者であれば、この子を脱出させるために、ますます急ぎで腕輪を使用しなければならないではないか。


 舞はそう考えると、荷物を背負い、自分の左手と男の子の右手を、専用の皮ベルトで外れないようにしっかり繋いだ。

『時空の腕輪』には、重量制限がある。自分と荷物……今回の場合、男の子の体重を合わせて八十キログラム以下でなければ時空間移動できないが、それはクリアできていた。


「……では、一旦仙界を経由して、先にこの子の両親が住む集落に向かいます。そこで待機していますので……」


「ああ、すまぬが、よろしく頼む。我らもすぐに出立する」


「はい、では、失礼します……『マロール!』」


 舞が呪文を唱えた瞬間、彼女と男の子が、フシュン、という風きり音のみを残して忽然とその場から姿を消した。

 残った三人は、一様に


「おおっ!」


 と感嘆の言葉を漏らした。


「……本当に一瞬で姿を消したな……あれでもう、集落に着いているのか?」


 虎次郎は、信じられないという表情でハヤトをちらりと見やって尋ねた。


「えっと……一度、仙界を経由するという話でしたが、それもほんの少しのはずなので今頃は……」


「なるほど、『見習い』と言いながら、仙界の道具を使いこなすことに関しては、もはや母親であるユウ殿を超えているという情報は本当なのだろうな……」


「……竜之進様、その情報はどこから?」


「仙人殿から父に伝わり、そして俺へと伝わったのだ。だからこそ、今回の『先見組さきみぐみ』の話が出たのだが……」


「さきみ……ぐみ?」


 聞き慣れない言葉に、ハヤトは少し首を傾げた。


「今回のような人捜しや、あるいは藩主である父が気になる事を、直接命令として受けて、捜査を始める組員だ。基本的には藩内の問題を、芽の小さい内に摘み取ってしまうという目的で作られた。その芽がもう大きくなっているようであれば、父に本格対応の要請連絡を入れるようになる。今のところ、ここに居る三人に、舞、桃を加えた五人。これで藩内のあちこちを巡ることになる」


「……我々だけで、ですか?」


「そうだ。もっとも期待されているのが、仙界の道具を自由に操れる舞だ。しかし彼女だけでは危険が伴う。そこでハヤトも護衛に付くことになったが、男女二人だけというのはどうもよろしくない。そのために、桃も一緒に旅してもらう事になった。彼女は体重が軽いから、舞と二人で時空間移動もできるだろう」


「……なるほど……でも、それだと、なぜ竜之進様が一緒なのかが分かりません」


「先程、父の言葉を伝えたであろう? 『野に下って藩の内情を知れ』と。俺と虎次郎の二人だけでも良かったが、舞の仙術も必ず役に立つだろう、という父の意見を押し通された結果だ」


「……まあ、それに加えて、舞は竜之進の……」


「虎次郎、余計な事は言うなよ」


 竜之進の鋭い言葉に、虎次郎は肩をすくめた。


「それから、ハヤト。俺のことは『竜』と呼んでくれ。藩主の息子と知られてしまうと、いろいろ面倒な事が多いのだ」


「……はい、承知しました。竜様、ですね……では、虎次郎様は……」


「俺は、その字はともかく、コジロウという読みはよくある名前だからそのままでいい。別に藩主の息子ってワケでもねえしな」


 ハヤトは、では一体、どういう身分なのだと尋ねたい気持ちを抑えて、彼に対しても


「承知しました」


 と言うしかなかったのだった。


 それから三人は、半刻 (一時間)ほど歩いて集落に到着した。

 待ち構えていた人々が、歓声を上げる。


 それを聞いたようで、一件の民家から、舞と、年頃の娘が一人、そして先程助けた男の子と、その両親と思われる男女が出てきた。

 特に両親らしき男女は一目散に駆け出し、竜之進達にひれ伏して、何度も礼を言っていた。


「面を上げよ、そんなに頭を下げる必要は無い。我らは何もしていない。その子を助け出したのは、後ろに居る巫女だ」


 竜之進の言葉に、顔を上げた男女はどうしていいのか分からない様子だったが、舞は二人に近づき、自身も身をかがめて、後ろからそっと抱きかかえるように寄り添った。


 そして、


「私は、母から授かった使命を果たしただけです。良かったですね、無事に帰ってきて。お礼の言葉は先程から、十分に頂きました。私はそれだけでとても嬉しかったです」


 と、彼女も涙を浮かべて言葉をかけた。


「あ、ありがとうございます、天女様!」


 二人とも、舞に抱きついて泣きじゃくっていた。


 それからすぐに、五人とも


「また次の使命を果たさねばならないから」


 という理由で、住民全員に見送られながら、早々に集落を後にした。


 彼等が見えなくなったところで、舞と共についてきた、もう一人の年頃の娘が片膝をついて右手を胸に当て、頭を下げた。


「お初にお目にかかります、竜之進様、虎次郎様。阿東藩のしのび、桃と申します」


 とかしこまって挨拶する。


 集落では軽く会釈をして名乗ってはいたのだが、今回のような正式な挨拶をしなかったのは、村人達に『竜之進』という名前を聞かれないためと、自分が忍であることを知られないためだった。


 そこで竜之進と虎次郎も名前を告げ、立ち上がるように促し、簡単な挨拶をして、今後はそれほど気を使う必要はないことや、『先見組』についての説明など、先程ハヤトに行ったのと同じような説明をした。


 それが終わると、


「ハヤト、久しぶりっ! 半年ぐらい会ってなかったかな? 私も、正式な忍になったんだよ!」


 と、満面の笑みを浮かべながら話した。


 身の丈は舞よりほんの少し小柄で、この時代においても小さな方だ。

 満年齢で十三歳。

 顔立ちは整っており、大きな目と、小柄な顔が対照的だ。


 唇にさした紅が冴えるものの、まだ少しあどけなさが残っている。

 それでも、幼馴染みのハヤトからすれば驚くほど成長していたようで、


「桃、だいぶ背が伸びたな……化粧もしてるし、驚いたよ」


「綺麗になったでしょう! 研修で『女の技』も覚えたし、もう一人前の女だよ!」


「お……女の技!?」


 ハヤトが驚きで目を見開く。

 彼だけでなく、舞もその言葉に目を丸くした。


 女性の忍……いわゆる『くノ一』にとって、色仕掛けのような男性を惑わす技は必須修得項目だ。その事を二人とも、頭では理解していたが、目の前の、年下の娘が修得したと聞くと、なにやら、信じられないような、先を越されたような、そんな気持ちになってしまった。


「あ、でも、習っただけで、実技はなかったんだ……ハヤト、今度練習相手になってくれない?」


 少し赤くなりながら、恥ずかしそうにそう話す彼女。


「ば、ばかなことを言うな……お前とは、兄妹みたいなものだっただろうが!」


 ハヤトは明らかに動揺していた。

 その様子を、虎次郎はニヤニヤしながら、そして竜之進はこめかみを押さえて、やや面倒そうに


「……ハヤト、早くも桃の術にかかりかけているではないか……平常心を保て」


 と言われて、はっとした様に表情を引き締めた。


「申し訳ありません……桃、今後俺にそんなからかいは通用しないぞ」


 彼の真面目な一言に、


「ちぇっ……からかいじゃないのにな……」


 と、不満そうに口を尖らせていた。


「桃ちゃん、ずいぶん大きくなったね。私、背の高さ抜かれそう!」


 顔見知りである舞も、笑顔で声をかけた。


「舞様、お久しぶりですっ! 私、忍として舞様に専属でお仕えすることになったんですよ!」


 彼女は、昔から舞のことを『舞様』と呼ぶ。

 母親である『ウメ』という女性から、


「大恩あるタクヤ様の長女で、彼女も生まれながらの天女だ」


 と教育されていた。


 そのウメ自身は、「舞ちゃん」と呼んでいるのだが、桃は自発的に『舞様』と呼び、敬語を使っている。桃自身、それが気に入っている、というのもあるらしい。


「まあ、元気があるのはいいことだ。若干、不安はあるが、それはこれから追々指摘していけばいいだろう……早速だが、さっき集落の者達にも伝えたように、既に次の指令が来ている」


「えっ……もう何かあるのですか?」


 ハヤトとしては、先程住民達に説明した話は、お礼をしたい、と引き留める住民達の元から早く帰るための方便と思っていたのだ。


「ああ……といっても、かなり曖昧な指令だ。桑野川の河口から見える、『大島』という、人が住んでおらぬ島があるのだが、最近、奇妙な情報が入ってきているのだ。その真偽を確かめよ、というものだ」


「大島……え、あの大島、ですか? 前から奇妙な噂は立っていたと思いますが……」


「それは、昔から伝わる奇怪な伝承のことだろう。そうではなく、もっと具体的なものだ。狼煙のろしのようなものが上がっていたとか、近くに見たことも無い船が泊まっていた、とかだ。何者かが住み着いた可能性があるらしいのだが……」


「……あの島に、ですか……」


 ハヤトは、明らかに乗り気で無かった。

 そして女性陣二人は、やや顔を引きつらせていた。


 竜之進が言うとおり、その無人島については、奇怪な伝承が多く残されていた。


『大島』の別名は、『幽霊島』だった。

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