第41話 動物園

まずは、最重要事項といえる那澄の服装のチェックだ。薄い生地の半袖パーカーに、ショートパンツ。これに加えて、以前この日のためにネットで注文した指先まですっぽりと覆うアームカバーと、タイツを着用する。このタイツは、つま先と踵の部分だけ切り取られており、トレンカという名称があるらしい。ファッションに疎い僕とファッションを気にする必要のない那澄は、ネットで調べるまで二人してその存在を知らなかった。

これでフードを深くかぶって、踵の高いスニーカーを履けば、直接正面から顔を見ない限り「肌が見えるはずの部分」はなくなる。さらに、これに日傘を合わせることで正面からの視線も傘で防ぐことができる。

徹底して日差しから肌を守っている人のような、そんな完成系になった。ファッションの良し悪しはあまり気にしていなかったが、さほど悪目立ちするような格好ではないと思う。マスクもつけようかと話し合っていたが、今日の暑さを考えると、やめておこうという判断になり、念のためにカバンの中に入れておくだけとなった。

服装のチェックが終わると、那澄に荷物の整理を任せ、僕は昼ご飯用のおにぎりをつくる。少し時間に余裕があったので、卵焼きもつくってタッパーに入れ、おにぎりと一緒のカバンに入れた。園内にはレストランもあるそうだが、周りに人がいて長時間拘束される状態というのは、一番危険だと容易に想像がついたので、間違えても入るつもりはない。


準備を終えた僕らは、人が少ないだろうという理由で、ちょうど開園時に着くよう時間を見計らって出発した。僕を先頭に慎重にアパートの階段を降り、アパートの敷地を出てからは街路樹の生えた道に沿って歩く。道路を行きかう車や、時折すれ違う人に注意を払いつつ、できるだけ平静を装うようにした。

今日はネットの予報通り、うんざりするほどの真夏日だった。カラッとした太陽が容赦なく地上に熱を送り込むせいで、僕の視線の先に陽炎ができている。

那澄の体調にも気を配りながら、歩くこと二十分。

動物園に着いた。

正確には、動物園の駐車場あたりのところで僕らは足を止めた。想定外の光景に、僕の思考が一瞬止まる。動物園の入場ゲートに続く長蛇の列がここまで伸びていた。これまで何回か動物園の前を通ったことがあるが、駐車場のところまで並んでいるのは初めて見る。

とはいえ、想定より人が多いというだけで引き返すほど、弱気でもなかった。それだけ練った計画であり、そもそも、僕の本来の目的が「外の世界で何ができるか確かめる」という以上、物怖じしてばかりなのも良くないからだ。

「那澄、行こうか」

と、言って彼女の方を見る。

少し間を置いてから、「うん」と返事が来たので、僕は那澄を連れて最後尾に付く。

僕らの後ろにもすぐに人が並び、たいして時間をかけず、新たに列が伸びていった。

がやがやとした人の声。

僕らの前には若い女性のグループ、後ろには中年の夫婦が並んでいる。普通にしていればバレることはないとわかっていても、やはり那澄のすぐそばに人がいるという状況に緊張してしまう。僕は、那澄を安心させるためと、自分が安心するために、日傘を持っていない方の那澄の手をぎゅっと握った。

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