第32話 ドライブ②

中心街を抜け、三十分ほど国道を走ったところにある、道の駅に入った。建物はトイレ以外の明かりは消えていたが、駐車場には僕らの他にも普通車やトラックが数台停めてあった。

これから丸一日運転することになるため、今のうちに僕は仮眠をとる。その間、藤沢さんは後部座席から人が来ないかを注視する。

万一、僕と藤沢さんが二人とも寝ているときに、人が尋ねてきたり車内を覗かれたりすることがないよう、必ずどちらか片方は起きているようにしようということが先日の計画で話し合われたのだ。

那澄も藤沢さんに促され、眠りについた。


朝六時、自然と目が覚めた。

道の駅には明かりが灯っており、トラックから降りた運転手が建物の中に入っていくのが見えた。

「立紀君おはよう、朝食買ってくるから那澄ちゃんをよろしくね」

そう言って、藤沢さんが車から降りる。

後部座席を見ると、那澄は目のあたりをこすりながら眠たそうに体を起こしていた。

「おはよう」

と声をかける。

「ん......おはよう」

力の抜けた、ぼんやりとした声が返ってきて、僕はフフッと笑った。


そうして、朝食の総菜パンを食べた僕らは、最初の目的地へと出発した。

事前の予報通り、今日は快晴だった。

那澄が念のためと言って、てるてる坊主を作っていたが、そのおかげもあるかもしれない。


車窓から見える景色は、ゆっくりと移り変わっていく。

密集した住宅、煙が立ち昇る工場地帯、広がる田園、木々が生い茂った森。

僕にとっては見慣れた風景だが、カーテンの隙間から外を覗く那澄は、そのどれもに感嘆の声を漏らしていた。

藤沢さんは、そんな那澄のリアクション一つ一つに対し、優しく相槌を打つ。

まるで、楽しそうな我が子の様子を微笑ましく見つめる母親のようだった。


森の中のトンネルを抜けると、車窓の景色は一面海に変わった。

これには那澄だけでなく、僕と藤沢さんも声を上げた。


近くの駐車場に車を停め、僕だけ外に出て、辺りを見渡す。

「どう?いけそう?」

藤沢さんが運転席側にひょいっと顔を出しながら聞いてくる。

「遠くの堤防で釣りをしてる人がいるけど、大丈夫そう」

「やったー」

藤沢さんが嬉しそうに笑う。


僕らは駐車場の階段を降り、浜辺に足を踏み入れる。

「那澄、風吹いてるからフード気を付けてね」

「うん」

那澄はフードをぎゅっと手で押さえながら、海を正面に立つ。

「那澄ちゃん、海は初めてでしょ?」

「うん、すごい」

「私も海に来たの久しぶりなんだよねー、綺麗な貝殻でも探しますかー」

藤沢さんは腕を上げてぐっと背伸びをする。

冬に入ったばかりの海の色は透明で、晴れているのも相まってか、波が綺麗に輝いていた。


藤沢さんが貝殻探しに夢中になっている間、僕と那澄は波打ち際に行き、しゃがんで海水をちゃぷちゃぷと触る。

「海水、舐めてみてもいい?」

那澄は冗談ではなく、真剣に聞いているようだった。

「いいけど、汚いよ」

僕がそう言うと、躊躇しているのか、那澄は静かになった。


少しして、那澄が口を開く。

「......まずい」

「あはは、舐めたんだ」

僕が笑うと、ちょうど、ひときわ大きな波がやってきて那澄のパーカーの袖を濡らした。それに驚いて、那澄はしりもちをつく。

「あー、袖が濡れちゃった」

「おしりもだよ」

僕の言葉に那澄はすっと立ち上がり、後ろに手を回す。

「うわあ、ほんとだ!」

「あはは」

「もう、笑わないでよー!」

那澄もそう言いながら笑う。


「......あーあ、恥ずかしいなぁ」

那澄が後ろを抑えながらつぶやく。

「周りに人いないよ」

「そうだけど、それでもなんかやだなあ」

「......じゃあ、これ腰に巻きなよ」

僕は羽織っていたジャケットを脱いで、那澄に渡す。

「え、でも、立紀君が寒いでしょ?」

「今日晴れてるし、これくらい大丈夫だって」

「ほんと?」

僕が頷くと、那澄は「ありがと」とお礼を言って、それを腰に巻いた。


「ねー、二人とも見てー!」

遠くから藤沢さんが走ってくる。

「すごく綺麗な貝殻見つけたよ!」

そう言って藤沢さんは握っていた手を開くと、そこには淡いピンク色の貝殻があった。ホタテ貝のような、左右対称の形だ。

「うわー、かわいい!」

「こんな色の貝殻あるんですね」

僕と那澄が貝殻に顔を近づける。

「ふっふっふ、いいでしょー、欲しいでしょー」

そう言って、藤沢さんが自慢げな顔をする。

「子供ですか......」と苦笑しかけた僕を遮って、「欲しいー!」と那澄が言う。

藤沢さんは那澄を見てニヤリと笑い、貝殻を持った手を上げる。

「あげなーい、私のだもん」

「わー、ずるいよ詩乃ちゃん!」

那澄はそれを取ろうと、背伸びやジャンプをする。そうやってキャハハと笑う二人を見て、僕は思わず笑みが溢れた。





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